【11】魔王軍、本格始動!
「ねーねー、そこのやつ誰なのー? 教えてよー!」
攻め込んできた人間の兵士たちを撃退してから数刻。
人型を保った俺を含めた三人は玉座の間に戻って来ていた。
「まさかトーファスがあれほどの力を持っておったとはのぅ……」
相変わらず俺に対する問い掛けを繰り返すトーファスを眺めながら、感嘆の声を魔王様が口にする。
あの時、焦りの念ばかりが先行していたせいで、俺も魔王様も戦闘の様子についてはまったく見てはいない。
だが少なく見積もっても五十人はいた兵士の一団を、俺と魔王様が玉座の間から城の前まで駆け付ける短い間に全滅させたのである。
「トーファスよ、おまえいったいどう戦ったのじゃ?」
「んー? そこの人型について教えてくれたらこたえるー」
主の問いにトーファスは俺を指差し、間延びした口調で答えた。
相変わらずのその敬意の欠片もない態度には、もはや何もツッコむ気にもなれない。
「……こやつは我が城じゃ。我やおまえがいる、この建物の意識が人型を成しておるのじゃ」
魔王様も同様なのか、やや疲れた顔を一瞬浮かべてからトーファスに俺の事を紹介した。
「城ー? おまえ城なのかー。城って、喋ったり動いたりするんだなー。すげーなー!」
「いや、普通は喋らないし、動かないけどな……ここ、魔王の城だから喋ったり動いたりするんだよ」
「へー」
説明されて、やたらと大袈裟に驚き感心するトーファス。
残念ながら、顔は暗黒騎士の兜のような造形のせいで表情などはうかがい知れず、それがどんな感情による反応なのかまではわからないが。
しかしこの感覚、まるで子供だ。
生まれたばかりと言うのは、魔物でもこんなものなのか。
「……我の知る限りでは、このような事はないのじゃがのぅ。どうしてこうなってしまったのか」
俺の浮かべた疑問にすぐさま答えてくる魔王様、やっぱり常に思考が読まれているのは便利だ。
「不埒なことは考えるなよ」
……いや、いきなりそんな釘を刺されても戸惑いますが。
別に今はそんなことは考えてなかったですし。
「えーと、僕の戦い方だったよねー? うーん、なんて言えばいーのかな?」
こちらのやり取りに不思議そうに首は傾げたものの、まずは約束した通りに魔王様の質問を答え始めるトーファス。
まさに子供同様なだけで、純粋無垢ゆえの態度なのかもしれない。
「剣とか槍とかで向かってきたから、エイ! ってやったの。こんな風にー」
そう言ったかと思った途端、横の壁に向かって腕を伸ばし手を開いた。
「グボァッ!!」
トーファスの手の平の先にある壁が爆発、そして俺をとてつもない激痛が襲ってきた。
「しししし、城っ!?」
悲鳴を上げた俺に戸惑いの声を上げ狼狽える魔王様。
あまりの激痛に意識が保てず、人型がその場に崩れていった。
「あれー? 城、壊れちゃった?」
朦朧とする意識の片隅に、トーファスののんびりこんとした不思議そうな声が微かに聴こえてくる。
「ジョーっ!? おい、返事をしろーっ!!」
必死の声で俺を呼ぶ魔王様。
それを聞きながら、俺の意識は一気に闇へと沈んでいった。
「……トーファスよ、城の中で魔力を放ってはいかんぞ」
「はーい! わかりましたー!」
魔王様からの注意に、軽い調子で返事をするトーファス。
トーファスの魔力で城の一部を破壊され、そのダメージで気絶した俺を魔王様が魔力で回復させてくれて。
そうして今のやり取り、である。
「話を戻すぞ。して、トーファスよ。おまえはさっきのようにして、人間どもを全滅させてのじゃな?」
「うん! そーだよー!」
「そうか……おまえの強さは理解できたぞ」
「えっへっへー、僕つよいでしょー」
「うむ、さすがは我の作りし魔物じゃ。では、また城内の探索をしてくるとよいぞ」
「はーい! それじゃいってきまーす!」
会話のやり取りだけならば母親と子供、或いは先生と小学生、と言った雰囲気なんだが……
いかんせん母親または、先生役が露出度が高く、スタイルも良く、長い金髪の美女。
そして子供または、小学生役が見るからに暗黒騎士然とした容姿のゴツい魔物である。
もはや何かを超越したコントにしか見えない。
「はぁ……ただでさえ精神的疲労が激しいと言うに、お前の余計な一言までやられると余計に堪えるのぅ……」
頭を抱えて心底疲れきった口調で言う魔王様。
……すいません、つい。
「お前には言うても無駄なのはわかっておるが……まさか我の作りし魔物までも、こうだとな……」
向こうのワードへの問いかけすら出てこないとは、魔王様の心労はかなりのものなようだ。
まぁ、確かにトーファスのあの様子を見れば、それも生み出した本人ともなれば仕方のないことではあるが。
「……我のこの疲れはお前を回復させて、大量の魔力を消耗したことが主な原因じゃ……」
……え!?
「トーファスのやつめの破壊は、かなりのものじゃったからのぅ……目覚めてくれ、本当に安心した」
魔王様が俺の意識──今はちょうど魔王様の正面の足元辺りにある──の方に顔を向けて、そう言葉を吐き出す。
顔に広がる安堵の色と、瞳に滲む涙が俺の胸に衝撃を走らせた。
そ、そんなにヤバかったんですか、俺は!?
「うむ……城の被った損傷が大きすぎると、お前の魂は消滅してしまう可能性もあるのじゃ」
……いやあの、そういう重要事項に関しては、最初に説明してもらえますかね?
「……最初の頃は、別に消えたら消えたでまた魔力を込め直せばいいかなー、と」
ちょっと待て魔王様! 使い捨て感覚なのか、魔王城の魂ってのは!?
「いや、だから最初の頃はと言っておるだろうに……今はお前じゃなきゃ、我も嫌なんじゃからの?」
はぁ……まぁ、その、それだけ俺と魔王様に信頼が出来たって事ですね。
しかしそうなると、今後についてもしっかりと考えないといけませんね。
「うん? と言うと、どういうことじゃ?」
えぇ、これからは人間との戦いも増えていくでしょう?
「うむ」
そうなれば、城への攻撃というのも増えると思うんですよ。
「む……確かに……」
と、なるとやはりもっと魔物を増やすことと、城自体の……つまり俺の防衛能力の強化と言うか、習得が必要になりますよね。
「ほぉ、そこまでしっかりと考えておるとは、やるな我が城よ。それとも、単に我が身かわいさ故かの?」
いや、そこでそういうツッコミもどうなのかと……否定はしませんが。
「やはり……」
渋い表情になり、ジト目を俺に向ける魔王様。
しかしこれは魔王様をお守りする為でもあるのですよ?
「ふむ……余計な一言やら破廉恥な思考ばかりかと思えば、急に頼りになる風を見せてくるんじゃのぅ。不思議なやつじゃ」
まぁ、大半はラノベやらゲームで得た知識が土台になってるんですが……
ともあれ、まずは結界ですかね。
魔物作りを優先したので、結界についてが後回しになっていましたが……
「そう言えばそうじゃったな。まぁ、先刻も話した通り、我とお前の魔力を同期させて城全体を覆う訳なんじゃが……」
ん、どうしました魔王様?
語尾の方でなにやら口ごもる感じになり、そこで言葉に詰まってしまう。
「……お前を助けるのに、かなりの魔力を消耗したと言ったろ?」
はい……あ、もしかして?
「そうなんじゃ。今の我の魔力では、結界を張るには足りない恐れがあるでの」
なんか、すいません。
俺がしっかりしてないばかりに……
「なんでお前が謝るのじゃ? トファースが突拍子もないことをしたせいじゃろうに」
まぁ、それはそうなんですが。
それでも俺のために魔王様に魔力を使わせてしまったので、なんか申し訳ないなと。
「そんなこと、気にせずともよい。我がそうしたくてした事じゃ」
……ありがとうございます。
そうなると、今は結界は無理として。
「他に何かあったかのぅ、城を守る良い方法が」
やっぱり魔物を増やすのが手っ取り早いですかね?
「魔物か……うーむ、しかしのぅ」
もしかして、魔物作りも今の魔力量では厳しい、とか?
「いや、そうではないんじゃが……トファースの事もある。少々、魔物を作るのに自信がな」
あ、そういうことか。
それじゃあ、魔物を作ること自体は大丈夫なんですね?
「う、うむ。それは問題なくやれるが……」
じゃあ、試しに何体か魔物を生み出しましょう。
「た、試しにって……その、それは……」
まぁ、気持ちはわかりますけど……今は恥ずかしがってる場合じゃないと思いますよ、魔王様。
「お前、変な時は積極的じゃの……わ、我の恥ずかしい姿が見たいだけじゃなかろうな?」
それはまぁ、見たくないと言えば嘘になりますし、そもそも恥ずかしいってよりも可愛イデッ!
「……破廉恥」
あー、もうツンデレやってる暇はありませんよ。
「なんじゃ……? ツン……?」
それについては後で説明しますから。
とにかく、魔物を生み出すにあたっては俺も考えがあります。
それを試しましょう。
「ふむ……お前がそう言うのなら」
じゃあ、とりあえずまた玉座に意識を移しますよ。
「うっ、もうやるのか……?」
いつまた人間の兵士たちが……いえ、もしかしたら次はもっと大規模な集団で来るとも限りません。
準備はしっかりと整えておかないと。
「……まるで軍師じゃな、お前は」
そんなに頭は良くないですから、あまり期待はしないでくださいよ。
「仕方ない、それじゃあ始めるかの……」
お願いします、魔王様。
渋々と言った様子ではあったが、観念して魔王様が玉座へと歩いていく。
それを追うようにして、俺の意識も玉座へと移動していった。
「じゃ、じゃあ始めるぞ」
背もたれに留めた俺の意識へ向かって魔王様が緊張した面持ちと声で言う。
ちょっと待ってください、魔王様。
「ん? どうかした?」
やっぱりこの時は素に戻りますね……
「う、うん。だった、気持ちを一つにしないと魔物を作ることが出来ないから……」
えぇ、それはわかってます。
ただ、トファースを生み出した時は、何を考えてましたか?
「え? ……ええっと、なんだろ? ジョーが信頼できるな、とか。ジョーとならきっと良い魔物が生まれるな、とか」
なるほど。
魔王様の……おっと。ススの話を聞いて、俺の中にある推測がより確かなものへと変わった。
「名前で呼ばれるの、なんかくすぐったいな……でも、推測って?」
あんまり素に戻りすぎないでください、魔王さ……スス。
恐らく気持ちが重要なんです。
「気持ち? あ、あの……もしかしてそれって……」
たぶんススの考えてるのとは違います。
「うぅ、私の心読めるの……?」
……い、いや、なんかスス見てると俺もちょっと破廉恥な想像が……って、それはこっちに置いといて!
「それを私がこっちに戻して」
コントか!?
「そ、そんなに怒らないでよぅ……」
はぁ、ススって本当の顔は、そんな感じなんですね。
魔王には本当に向いてない気がしてきた。
「だってぇ……」
それはいいですから、とにかく俺の話を聞いてください。
「うー……わかったよ」
たぶんですけど、魔物を作る時の俺やススの気持ちと言うか感情が、生まれてくる魔物の性格にも大きく影響すると思うんです。
「ん、どういうこと?」
その……ちょっと恥ずかしいですけど、トファースを生み出した時は俺もススも、お互いへの信頼の気持ちが強かったと思うんです。
それで、あんな呑気な性格になってしまったんじゃないかなと。
「んん? それじゃあ、どうすればいいの?」
そうですね……生み出す時、俺とススの魔力を一つにする瞬間に強い魔物になるように願うのは、どうでしょう?
「強い魔物になるように、か……うん、やってみよう」
では、早速始めますよ?
「こ、心の準備がまだ……」
はいはい、じゃあススが準備出来るの待ってますよ。
そして、俺とススは二回目の魔物作りを行った。
「はぁ……これ、終わった後にすっごい疲れるね」
真上に生み出された光の球体を見上げながら、呼吸を荒くしたススが言う。
確かに、魔物を生み出した直後は全身……まぁ、俺の場合は全身は城だからあくまでも感覚的なものだけだが、とにかく全身が深い疲労感というか倦怠感に包まれる。
例えるならまるで……いや、やめておこう。
「……破廉恥な思考が少し見えたぞ」
人間の男には付き物の行為なんですよ、魔王様……
「そ、そうなの……?」
いや、顔真っ赤にしてまっすぐに質問されても、それはそれで困ります。
「ちょ、ちょっとだけなら興味あるし……」
……こっそりと後で説明しますから、今は生まれてくる魔物に集中しましょう。
「わ、わかった」
付き合い始めのカップルみたいなやり取りをする間に、光の球体は収束して魔物の形が見えてくる。
あ、魔王様。魔物を少し動かしてください。
「お、おぉ、そうじゃったの。……この辺りか」
魔力によるものか、それとも別の見えない力によるものか。
魔王様が目を閉じ、少しすると宙空にあった魔物の身体は床の上へと移動した。
ゆっくりと降下するそれを、俺と魔王様は静かに見つめ待つ。
「……魔王様。私めを誕生させていただき、心より感謝いたします」
目覚めた魔物……見た目は神話に出てくる悪魔そのもの、と言った容姿。
人型ではあるが、髪のない頭の左右からは長くねじれた角が生え、背中には巨大化させた蝙蝠の羽のような翼。
そしてやや短い足に、長い手足というトファースとは違う、強そうな印象の魔物だった。
「うむ、よくぞ目覚めた、我が魔物よ」
「はっ」
言った魔王様に、魔物その二はその場に片ひざを着いたうやうやしいポーズで返事をする。
まだ強さに関しては未知数だが、性格の面に関しては問題は無さそうだった。
「大丈夫、魔力もかなりのものじゃ」
魔物の強さを感じ取ることが出来るのか、魔王様は俺の浮かべた思考に対して自信ありげに言った。
「……まだ結界は張られていないようですね、この城は」
「うむ、ちとばかり突発的な問題が起きてな。それで我の魔力が今は不足しておる」
「なるほど。では他にも魔物を生み出してもらわねばなりません」
「そうか、わかった」
状況の確認をしながら、次々と言葉を紡いでいく。
「おまえの名前は……よし、決まった」
一瞬の思案を経て、二体目の魔物の名前を思い付いたらしい魔王様の様子。
「おまえはシェイドヌーク。良いな」
「おぉ、素晴らしきおなまえを……シェイドヌーク、魔王様への忠義の証の名といたします」
まさに王に忠実に使える騎士、とでもいった振る舞いを見せるシェイドヌーク。
トファースとは大違いに、その一挙手一投足は頼れる雰囲気に満ち満ちていた。
「では早速ですが、私はこの魔王城周辺の様子を探って参ります」
「うむ、任せた」
「はっ!」
自らの考えに基づいて話し、そして動き出すシェイドヌーク。
これは間違いなく成功だろう。
「不安もあったが、コツは掴めてきたのぅ。この調子で魔物を作り出していくとするかの」
シェイドヌークが玉座の間を後にすると、魔王様はすぐに俺に向かって口を開いた。
そうですね……って、そんなに短時間にやっても平気なんですか?
「まぁ、多少は負担も掛かるが魔王軍としての形は早く整えたいのでな」
くれぐれも無理は禁物ですよ、魔王様。
「わかっておる。休む時は、お前にもそばに寄り添っててもらうとするかの」
……ま、魔王様がよろしければ。
「ふふっ、破廉恥な真似はいかんぞ? 我が困ってしまうからの」
そんなことを言われると俺の方が困るんですが……
「よし、ではやるとしようぞ」
俺をからかうような、妖艶な笑みを浮かべながら合図を口にする魔王様。
再び玉座の俺に顔を近付けてきて……
「魔王様ー! 城の探検終わっちゃったー」
絶妙のタイミングで戻ってきたトーファスの呑気な声に、儀式は中断を余儀なくされるのであった……
ともあれ、こうして魔王軍は本格的な始動を迎える。