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転生したら魔王城になっていた!?【初稿版】  作者: 光樹 晃(ミツキ コウ)/原案・黒崎游
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【1】俺が魔王城!?

「らっしゃせー」

 俺の名は尾野真おのま じょう

しがないフリーターで、今はコンビニのバイト店員だ。

今日も今日とて入れ替り立ち代わりやって来ては去っていく、有象無象の客を相手にただ黙々とレジを打っている。

ピッピッピッ。

「735円になりまーす」

 ただ商品を持ってくるだけの客は楽だ。

スキャナで商品のバーコードを読み取り、レジに表示された金額を読み上げ出された金を受け取るだけだからだ。

「これお願いね」「タバコくれ」「肉まん一つ」

 面倒なのはこういった、店員の手間を増やす注文をしてくる客だ。

レジの前から移動し、商品を取り出し、それからレジに打ち込む作業となる。

そんな面倒をしても、俺の給料にプラスがある訳でもないと言うのに……

「すいませーん。おでん取ってもらえますか」

 冬場はさらに厄介な客も現れる。

それが『おでん取ってください』族だ。

せっかく客が自ら選んで取れるようにしてあるにも関わらず、わざわざ店員を呼びつけあまつさえリアルタイムに選びながらこちらに取らせる。

「おーい、レジまだー?」

 そこへ来てレジ待ちの客から催促の声まで飛んでくる始末。

「少々お待ちくださーい」

「早くしてくれよ、こっちだって急いでるんだから」

だったら別の店に行け。

ぶつくさと文句を垂れる客に本音をグッと堪え、丁寧に返事をしておでん取りを続ける。

「あ、ちょっと待って。やっぱりガンモやめて、餅きんちゃくにするわ」

 いい加減にしろ。

自分の食うおでんの種ぐらい、事前に決めておけ。

「かしこまりました」

「汁は多目にね」

ここでも我を押し殺し、俺はプロのコンビニ店員として冷静にこなしていく。

「おい、早くしろよ。いつまで待たせんだよ!?」

 カツカツカツカツと床を靴で鳴らしながら、レジ待ちの客が苛立った声を飛ばしてくる。

見ればわかるだろう、俺は先客の相手をしている。

だいたい、このコンビニは基本的に店員は三人体制だ。

なのにどうして店内には俺しかいないんだ?

恐る恐るレジへと目を向ければ、不機嫌な顔をした男の客。その後ろにも二人も並んでいる。

「あ、他に買う物選ぶから、それ置いといてちょうだい」

 おでんの客はそう言って、店内の散策へと向かっていった。

なぜおでんを最後にしなかった?

俺はとりあえずおでん容器を奥の棚に置くと、急いでレジへと向かう。

「ったく、さっさとしろよなクソボケが!」

「お待たせして申し訳ありません」

 いったいどこに俺に非があるのか?

頭の中で浮かべた疑問の声とは正反対の低姿勢の応対で、苛立つ客に謝罪しレジへ商品を通していく。

手早くレジ操作を済ませ、ようやく苛立った客を華麗に捌いたところでバックヤードから店長が姿を現した。

「ありがとうございましたー」

 にこやかな笑顔で退店する客への挨拶を口にする。

貴様、店内を映すカメラはあっただろう。

なぜ今ごろになって出てくる?

「こちらへどうぞー」

俺が向ける鋭い凝視などまるで気付いた様子もなく、レジ待ちの客そのニをもう一つのレジへと促す。

「いらっしゃいませ」

 こんなところで店長を睨み続けても意味はない。

すぐに切り替え、次の客の接客に移る。

そこへ駆け寄るのは、さっきのおでん客だった。

「ちょっとちょっと、こっちを先にやんなさいよ!」

「すいません、少々お待ちください」

「待てないわよ! さっきおでんを渡してるんだからこっちが優先でしょ!?」

 手早く今の客を済ませようとする俺の意思を、喚き散らして執拗に妨害するおでん客。

ちなみに言動からわかる通り、見るからにモンスターと呼ぶのが相応しいおばさんだ。

「順番ですから、お待ちください」

「だーかーらー、順番で言ったらこっちが先だって言ってるでしょー!?」

「おいアンちゃん、さっさとしてくれよ。俺だって暇じゃねえんだからよ!」

 しつこいおでんおばさんの口撃は止まず、さらには今相手をしている客からまで文句が飛んでくる。

一方、さっき出てきた店長はと言えば客の応対はすんなりと済ませ、さっさとバックヤードに戻っていた。

このあと、俺がこの極めて悪質な客を処理出来たのは、八分ほどの問答を繰り返した末のことだった。


「ったく尾野真くんさぁ、新人じゃないんだから接客ぐらいちゃちゃっと済ませてくれ。まったく使えないんだから」

「……すいませんでした」

「大して客の多い時間帯でもないのに、どんだけ時間掛けてんの? あんたみたいな役立たずでも、時間分の給料は払わなきゃいけないんだからさぁ」

「……すいません」

「すいませんすいませんって、謝ってやり過ごしてりゃいいいとかバカにしてる? これだからいい歳してフリーターってのは……」

 無駄な修羅場を乗りきった俺を待っていたのは、客のいない店内での店長からの罵倒だった。

そもそも貴様がさっさとレジに入ってればあんなにもたつきはしてないだろう。

喉まで出かかった言葉を呑み込み、ひたすらに謝罪の言葉を口にする俺。

屈辱以外の何物でもないが、反論したところで無駄……

どころか下手にこいつの機嫌を損ねれば、後に待っているのは理不尽極まりない『クビ』の仕打ちだろう。

プライドを優先し、仕事を失うなど愚か者の所業である。

ここはひたすらに罵倒を受け止め、平謝りをしてやり過ごすのがセオリーだ。

 ちなみにもう一人いる店員は若い女。

先ほどは延々とバックヤードに引きこもり、出てきたのはついさっき。

「店長ー、あんまり言っちゃ可哀想ですよー」

その顔はどう見ても言ってることとは真逆のものだろう。

罵倒される俺をニヤニヤした顔でさも面白そうに眺めていた。

追記するとこいつは店長のお気に入りで、どれだけ仕事が出来なかろうが絶対に咎められることなど無い。

つくづく理不尽だとは思うが、それが社会というものなんだと俺は悟っている。

「しょうがないなぁ。彼女に免じて今回はこれぐらいにしておいてやるが……ちゃんとやらなきゃマジでクビだからな?」

 女の前でいいカッコしたい店長がそこで話を打ち切る。

その後ろでは「ちっ、もう終わりかよ、つまんねー」とでも言いたげに不満の顔を浮かべる女店員の姿。

「チッ」

あっ、舌打ちした! 絶対あいつ舌打ちしたぞ今!!

だが俺に出来るのは心の中でのツッコミ、それだけ。

「時間なんで上がりまーす」

 時計を見やり、勤務時間の終わりを確認して速やかにバックヤードへ入る。

「あっ」

「おまっ」

「きゃー、変態!」

退勤の為にとバックヤードに入れば、そこにある光景は店長と女店員が抱き合う現場。

呆れ返る光景に思わず声を上げた俺に、気付いた店長は不快感を露にした声を、女店員からは変質者扱いの悲鳴。

むしろ変質者は貴様だ、ふしだらな女店員よ。

客の到来を知らせるチャイムが鳴り、勤務が終わったはずの俺が出ていく羽目になったのは言わずもがな。


「……おつかれっしたー」

 勤務時間終了後の接客を終え、バックヤードの方も一段落して、ようやく俺の仕事が終わる。

もはや儀式でしかない挨拶をして、さっさと店を出ると俺の口からは深い、深いため息が吐き出される。

まったく、今日も最悪の労働だった。

時刻は夕方を過ぎた頃、今からどこかに行くのも面倒な気持ちの方が強い。

いつも通りに一人暮らしのボロ部屋に帰り、数少ない俺の楽しみであるラノベでも読み耽るとしようか。

「はぁ、いいよなぁ、異世界転生モノ……」

 昨今のラノベで主流となったジャンル、それが異世界転生モノ。

多くの作品が世に出ているが、どれも概ね大筋は同じ。

現代世界に生きる主人公が不慮の事故で命を落とし、次に覚醒した時には異世界の住人として生まれ変わっている、というものである。

そしてそれらの作品の多くに共通するのが、転生先で主人公は特別な力や膨大な魔力、とてつもない必殺技などのいわゆるチート能力と呼ばれる特殊な力を身に付けていることだ。

大抵はその力によって活躍し、異世界の人々から称えられ、そして女にモテる。

まさに夢のような物語である。

そんな夢とロマンに溢れたラノベを、俺はこよなく愛していた。

愛しすぎて俺にもそんな素晴らしい展開が訪れないかと、日々夢想するほどに。

パーッ!!

 気持ちよく思いに耽っていた俺の耳に、大きなクラクションの音が飛び込んでくる。

「えっ?」

音が聴こえたのを認識し、クラクションのした方を向いた瞬間。


とてつもない衝撃が全身に襲い掛かり、俺の視界がぐるんぐるんと回転し、肉体は高々と宙を舞った。


「やっと覚醒したか」

 ぼんやりと意識が覚醒する。

聴こえてきたのは女の声だった。

「まったく、我が城ながらここまで手を焼かせるとはな」

徐々に靄が晴れるように、ゆっくりと意識が鮮明になっていく。

声の感じからすると、まだ若い女。

言ってる意味はよくわからないが、口調から受ける印象としては俺が最も苦手とするタイプらしい。

「まぁ、いい。手を焼かせられた分、しっかりも働いてもらうぞ」

この高圧的なしゃべり方、間違いない。

こういう女はいつも俺に対して威圧的に接して来て、しかも人を道具か何かにしか思わないタイプだ。

やれやれ、状況は飲み込めないが寝覚めは最悪の様相を呈しているようだ。

正直、このままもう一度夢の世界にでも戻りたい気分になってくる。

「おい! いい加減に起きろ、我が城よ!」

 だが、一際強い声に晒されて。

俺の意識は一気に覚醒させられてしまった。

「はい! すいません!!」

目覚めて開口一番、俺の発した言葉はすっかり怒鳴られた時に自然と出てくる謝罪の一声。

謝って、視覚に意識を集中すれば目の前に立っているのは、やたら露出度の高い破廉恥な格好をした若い女だった。

「ふん、我の造り出した城にしてはずいぶんと卑屈な性格よの」

女が長い金髪をかき上げながら、いかにも見下した口調で言い放ってくる。

……ん?

ふとそこで俺は違和感に気付く。

この女、さっきなんて言った?

『我の造り出した城にしては』、だと……?

どういう意味だ、それは?

 状況を把握しようと、周囲を見渡す。

「どうした、キョロキョロしおって。落ち着きのない奴だの、お主は」

気にくわないと言った態度を隠すこともなく、女が吐き捨てる。

それには答えず、見渡せばそこは何と言うか……お城の一室?

そんな雰囲気の場所だった。

それもお城の、王様とかが居そうなやたら荘厳な感じの。

「玉座の間がそんなに面白いのか? さては失敗したか、我は」

今度は呆れたように言う破廉恥女。

わざとか、それともそれが自然なのか、見るからに面倒くさそうに頭をわしわしと手で掻き回しながら。

とりあえず起きよう。

思って身体を動かそうとしたら、いきなり地面が揺れ出した。

「きゃっ! お前! 何をしておる!?」

 あ、こいつ今、ちょっと可愛い悲鳴を上げたぞ。

なんて思ってたら激痛が全身に走った。

こいつ、何をした!?

見れば女は床をゲシゲシと踏みまくってる。

床に女の踵が叩き付けられる度、俺の全身に鋭い痛みが襲い掛かる。

「まったく、主を驚かすとはとんでもない城じゃ!」

鼻息を荒くして、俺をなじる破廉恥女。


 そこで俺は気付いた。

自分が城そのものになっている事に。


「やっと理解したか。そうだ、お前は我が城。

我、魔王ボーラ=ススの居城そのものじゃ!」


 魔王!? 我が城!?

混乱する頭の中ではっきり理解したのは、俺が魔王城になっていることだった。

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