~第二の人生、請け負います!~
とりあえず思いつきで書いたものなので、どこまで続けるかは不明です。
異世界に転生するということがどういうことか、様々な思いを書き連ねられたら幸いです。
「……異世界転生株式会社」
駅前で配られていたティッシュの広告、そこに書かれた文字の不可思議さに気が付いたのは、春風が陽気に吹き荒れる4月のこと。
辺りに漂う花粉のせいか、くしゃみが1分程止まらなかった時だ。
「なんなんだこの企業名は。これはさすがに……違和感しかないぞ」
巷では異世界転生を題材としたコンテンツが流行っていた。小説、ゲーム、アニメ、映画……様々なジャンルのコンテンツで、異世界へ転生する物語が展開されている。だから、これも流行りに乗ったのだろうことは想像がついた。
ただ、今回に関しては違和感を拭うことは出来なかった。"株式会社"だ。法人だ。もはやコンテンツでもなんでもない。
何を意図してこんな名前をつけたのか……気になって仕方がなかった。
「ホームページのQRコード載ってるじゃん」
ポケットからスマートフォンを取り出し、QRコードを読み取る。するとすぐ、ブラウザの画面いっぱいに
"第二の人生、請け負います!"
と目が痛くなる程主張の激しいフォントで、キャッチコピーが表示された。
「は?第二の人生?」
第二の人生、請け負います。とはどういうことか?ゲームでも作っていて、その中に自分の分身となるキャラクターを作って「第二の人生を生きようぜ!」とでも言いたいのだろうか。
そのまま画面をスライドさせると、コース一覧という表が出てきた。
「Aコース、剣と魔法の世界。Bコース、三国戦争世界。Cコース、ほのぼの文明退化世界。Dコース、オーダーメイド世界」
……どいういうこと??
A~Cまで、なにやら細かな説明と共に風景画像が添えられている。
Aコースは、魔法と剣の世界らしい。王国支える民として王国で平和に生きるか、騎士や魔法使いのように王国を守る民として危険に立ち向かうか!?……らしい。画像には、中世ヨーロッパ風の建物が立ち並ぶ中、鎧を着て剣を持った数人の集団とその後ろで杖を掲げるローブを羽織った人間が映っている。
Bコースは、三国が覇権を争う世界で、どう人生を歩んでいくか!?と。三国って、完全に三国志やないかい。画像も中国風な衣装をまとった大きな男達が、馬に乗ったまま薙刀振りかざしている。完全に魏呉蜀やないかい。
Cコースは、ほのぼのとは書かれているものの、槍を持った原始人のような男達が大きな虎数体を前に威嚇している姿があった。倒せマンモス!食料を確保せよ!!といった説明も記載されているが……そんなテンションでマンモスに挑まれても困る。
「……気付いた方もいらっしゃるかもしれないが、俺は困惑しかしておりません」
つまりはそういうこと。こんなホームページを見て、頭が混乱しないはずはない。営利組織として株式会社という側面を持った組織が作っているとは思えない程ふざけたホームページだ。
「異世界に転生できる?あるわけがないだろうが」
人生は漫画やゲームやアニメみたいにはいかない。
ましてや、自分が異世界に転生して、王妃様とばったり出会い、恋をして、強くなって王妃を守って結婚するなんて美味い話になるわけもないし。
自分に特殊な能力が備わっており、一目ぼれした少女のために辛くとも苦しくとも痛くとも、何度も困難に立ち向かって最後はハッピーエンドになるなんて大層な話になるわけもないし。
はたまた、今の世界の知識文明を異世界で広めることで、億万長者になって悠々自適な生活をする話になるわけもない。
俺は今までもこれからも、この世界の波に飲まれながら生きていく……それが人生だと思った。
「今はまだ学生だしな」
それも引きこもりの。学校へは全く行っておらず、毎日家の中で動画を見ながらゲームをしつつ、毎日惰眠をむさぼりけり。
ゆとり教育の成れの果てがこの姿だよ、と大勢の大人達に言ってやりたいと思う。……いや自分が堕落したクズであることは承知の上で、だ。
人生が漫画やゲームやアニメみたいになるのであれば、俺はすでに引きこもってないわけですよ、ええ。
ボーカロイド曲を聴き、歌い手踊り手コスプレイヤーといった嫌悪すべき存在の嫌悪すべき広告やネットニュースを見ながら、悶々とした感情を抱くこともないわけです。
「しかもこれ、いくらくらいするんだろ」
株式会社のサービスとして存在している以上、無料ということはあり得ない。異世界への転生は、価値としていくらくらいのものと設定されているのだろう。
「価格価格……あ、参考お見積もりがある」
ボタンをクリックすると、価格表が出てきた。
「1、10、100、1000……3650億……3650億!?!?」
思わず大声が出てしまった。
「バカにしてんのか!?っつかポケットティッシュで宣伝するレベルの額じゃねぇじゃん!!」
もはや意味がわからない。3650億円ってそもそもどれくらいの金額だ?時給1000円のバイトを8時間週5でやって年金とか保険引いたら大体12万円くらいか?ってことは月収手取り12万円なんだから、年収にすると144万円。3650億円を144万円で割ると……
「3650億円まで……2534722.222222222(以下省略)年!?!?!?」
吸血鬼か。
253万4722年間、時給1000円のバイトを8時間週5でやらなきゃならない金額らしい。
「どういうこと?こんな値段、総理大臣が隠居した後、異世界転生しますみたいな想定なわけ?」
総理大臣でも届かないだろう。金額設定がおかしすぎる。そもそもそんなに稼いでる人間がいたら、多分異世界に転生する必要もない。十分な幸せを手に入れる術を持ち合わせてると思うんだが……
こんなの買えるわけがない。意味がわからない。
「勝手に株式会社名乗ってホームページ作るのはいいけどさぁ、あんまり人の人生遊んじゃダメですよ。異世界転生株式会社さん」
少し面白そうだと思ったのに、値段でがっかかりさせられた。まぁそりゃ異世界転生なんだから、馬鹿高い金額を要求されても無理はない。だからこそ、少しでも面白そうに感じてしまったことが、悔しいし寂しかった。
ブラウザを閉じようとした時、画面の下端辺りに、
「……無料招待くじ引き実施中?」
また少し面白そうな文字を見つけてしまった。
「くじ引きを実施し、出てきたコードを弊社に送付した方の中から抽選で、異世界転生へご招待。……しかも、無料で!?」
どういうことだ。3650億円の商品を無料で差し出すつもりなのだろうか?異世界転生株式会社はだいぶクレイジーな企業なのだろうか?
くじを引く、というボタンの上に、ガラポンの画像が映し出されている。
「これは……俺に引け、とでも言っているのか、神様」
天命だと感じた。いや、天命なのだ。俺がここでこのくじを引くことこそ、俺の人生の道なのだ。そうだ、そうなんだ!
心の中でくじ引きをすることを正当化しておく。人間が嫌になり、学校が嫌になり、世間が嫌になって部屋の中でゲームしかしてこなかった俺の人生を変えるには、これくらいの不思議な運命を引き当てるしかないんだ。
「とにかく、やってみよう……」
くじを引く、というボタンの上にマウスをあてがい、深呼吸をして、意を決して左クリック。
ガラポンの画像が回り始め、"ガラガラ"と効果音を文字にして映し出すという安っぽい演出が入る。早くしてくれ、これで俺の運命が決まるんだ。段々とガラポンの回転が遅くなっていき……
中から、金色の玉が出てきた。
「……おめでとう、ございます。一等の、異世界転生無料ご招待!!!!」
当たった。当たってしまった。
「え!?マジで!?当たった!?」
当選、おめでとうございます!の文字。本当に当たっているらしい。
「よっしゃあ!当たってしまった!だいぶ嬉しいぞこれは!」
実際に異世界転生するかはさておき、単純にwebページのくじ引きで一等が当たったことがものすごく嬉しかった。良い運が回ってきてる……そんな気がした。
当選の文字がすっと消えていき、その後ろから当選コードとかかれた30桁程の数字と英字の羅列が表示された。
「えっと、このコードを当選確認画面で入力するのか」
当選確認画面で、メールアドレスや住所氏名等々、必要事項と共に当選コードを入力する。個人情報を入力することに少し抵抗はあったものの、ここまで来て無料招待くじの結末を見る前にやめてしまうのはもったいない。
OKボタンをクリックすると、間髪入れずにメールが届いた。異世界転生株式会社からのメールだった。
「このたびは、異世界転生の無料招待くじ引き一等当選おめでとうございます。つきましては、今後のプラン及びスケジュールを相談させていただくため弊社までご来訪いただければと存じ上げます。ご足労おかけして誠に申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたします」
文章の他に、訪問先住所と電話番号が記載されていた。
東京都某所。GoogleMapで確認すると、東京の中でもトップを争うほど人の多い街の、大きな通りに面したビルの5階にあるらしい。場所としては特に問題はなさそうだが、いかんせん得たいのしれない企業だ。訪問することで何かしらの事件に巻き込まれる可能性だってある。
「怖い、なぁ」
怖い。本当に危ない目に遭うことも考えなければならない。けれど、それ以上に俺はこの企業への興味関心が高かった。企業だけでなく、異世界転生のサービスへの興味関心もだ。
「……とりあえず、行ってみるか」
どうなるかはわからないけれど、どのみち今の人生でどうなろうが知ったことではない。引きこもってこのまま惰性で生きる人生だ、面白いもの見に行くくらいいいだろう。
そう考えることで、幾分か恐怖は薄れた。俺は久しぶりにコンビニ以外の場所へ行くことを決意し、まだ春風吹き荒れる4月の陽気の中、パーカーを羽織って家を出た。