生ける繊維
「死刑囚03-108番、移動の時間です」
開かれる牢屋の柵。
今ではこれほど開かないでくれと思う瞬間もない。
重々しく腰を上げなんとか1歩踏み出す。
ここにはヘマして捕まった。それ以上の事はない。
減刑は却下され求刑どおりの死刑。
そして昨日あたりから俺にだけ特別優しく接してくる刑務員共。
俺だって何人も見送ってきたから察しがついた。
死刑の前だって。覚悟していたはずなんだが実際のところ感情はあまりに憂鬱だった。
好き勝手生きてきただけなのにあんまりな仕打ちだって心臓が鳴る。
そして柵の向こう側にはご丁寧にいつもの送迎するメンツだけじゃない。
普段見ないおえらいさんのようなやつらも複数人。
無言で歩みを進めた。
「では、確かに」
「遺言……この中で一番難しい作業だったな」
俺はやはり死ぬらしい。
ひと通りの準備を終えさせられた。
死ぬ前に遺言を書けと言われたのは少し驚いたが。
写真も取られたし出すものも出し切った。
その他もろもろとやったから。次へ向かうのは絞首台か。
「こちらへどうぞ」
さすがに勇気を決めて踏み込む。
だが案内された先は……椅子しかなかった。
正確に言えば小さい机の上にゴチャゴチャと物が置いてあるが。
わけもわからず促されて座らされる。
「ではリラックスしてくださいね。最後の剃髪を行います」
「あ、ああ」
なんだ? そんなこともするのか。
てっきりもう死ぬのかと。
そして普通の床屋のようにビニールを身体に取り付けられスムーズに剃髪された……
廊下を歩くボウズ。俺。
うーむ見事にツルッツルにされてしまった。
まあ元々長くは無かったが……
「こちらです」
そうして案内された先は……また絞首台じゃない?
奥の壁の中へと続くベルトコンベアだ。
ここは空港だったのか?
「では失礼して」
背後の扉が厳重に閉まる。
その代わり俺の拘束具が外された。
周囲には武装した屈強な男たち。
抜け出すのは不可能なのはわかりきっているが……って!?
なんだ!? 全身を男たちが掴んで……持ち上げた!?
「ちょっ、ちょっと!?」
「解説を行います。あなたは新バイオ技術による死刑になりました。とてもめでたいことにこれから社会の役に立てるのです」
俺の驚きを純粋な疑問と受け取ってつらつらと解説が入った。
くっ!? 今腕に何かが刺された!?
「ここでまず特殊な麻酔処理を行います。その次にベルトコンベアへと乗せられ――」
その言葉のとおりベルトコンベアへ寝かしつけられた。
かっ身体が動かねえ!
「奥の部屋で生まれ変わるのです。知っていましたか? 今は食べかすからもポリエチレンを抽出し服へ変化可能な事を。この技術は、その部分をさらに踏み込みました」
な、なんだ!? 何を言っている!?
たべかす? 服? 変化? ……まさかこの先は!?
「ええ、本当におめでとうございます。あなたも新たな繊維として生まれ変わるのです!」
「ぅあ、ぃあうあ!」
麻酔が回って拒絶の声すら出せない!
狂っているやつらが送られる俺を見ながら拍手してやがる。
笑うな! 喜ぶな……!!
「あっ」
急に地面の感覚が消えた。
暗闇に身が投げ出される。
「があああぁー!!」
絶叫を! まだ俺は生きているって声を!
無理矢理ひねり出す!
今どうなっているんだ!?
身体の感覚が乏しい代わりに変な音が鳴り響いてる。
機械の音……俺に何をしている!?
俺に、何を……
「〜〜〜〜〜ッ!!」
「本当に素晴らしいことです。かの繊維は血とその魂を1本1本練り込み出来上がったものは浄化の儀式のあと他に類のない服へと変化するのですから」
「ほほう? 見学には初めてきたのだが、アレはもしや生きているということなのか?」
「ええ。そのために意識を残したままなのですから。彼も心の底から喜んでいるでしょう。下手に脳に電極を刺すよりも全身を根本から覆すような快感と共に、永遠に服としていられるのですから。髪の毛は機械に絡まる可能性があるので事前に分けてありますが、貴重な素材として利用されます」
別室のモニター部屋にたたずむ2人。
運び込まれた様子を見て満足そうに語り合う。
「ふふ、何せ生まれて初めて社会の役に立つのだかな。どうしようもないクズでもまさに生まれ変わらせれば……」
「生まれ変わりの快感と共に社会に奉仕できる喜びに打ち震えられるのですからね」
「それで、繊維は具体的にどう特別なのだ?」
そうたずねられた片方の男は耳打ちをする。
「あまり公言できないのですが……少量でも練り込めば生きる服として着用者の能力を引き出すのです。なので戦線で活躍するものたちに……また認められた立場の者ならば、高額を積んで多量に含んだその服を着て、自身に無いほどのカリスマ性すら手に入れるとか」
「なんと、よもやそのようなことが」
「また、服は繊維単位で生きておりますから、実に良い着心地なのだとか」
「そうか、きっと味わえるのだろうな……自分のために、尽くそうとする、その魂が……!」
ふたりの笑い声はどこまでも続くベルトコンベアの闇の奥へと吸い込まれていった。
数年後。
そこにはひとつのオーダーメイドの服があった。
特殊な繊維で作られたというその1着はまるで自身の主人がいつ現れるかをワクワクしながら待っているという。
そして今日ついにその持ち主が現れる。
手に取り。早速試着して。鏡にうつして見たりもして。
これで大丈夫と取引成立し。
服屋の外へと足を踏み出す。
(たす[ありがとう! ごしゅじんさま、うれしい! きられるの、きもちいい!]け――)
その声だけは誰にも届くことがなく。
ふと歓喜の感情が持ち主の脳裏にかすめるだけだった。