飛び降りた理由
皆さん初めまして!藤華井近です!「飛び降りた先は」とりあえずは第一話楽しんで頂けたら幸いです!
「あぁ、つまらない。俺の人生は全然楽しくない。」
高層ビルが所狭しと犇く都心の中、数あるビルの内一つの屋上。そこには二十歳前後の男性がその手に赤く濡れた刃物を持ち落下防止のフェンスの淵に佇んでいる、男の立つ場所はフェンスの外側で少しでも強い風が吹けば今にも落ちそうな不安定な場所だった。そんな危険に身を晒しながらも男は気にする素振り一つ見せず空を仰ぎ独り言を零す。
「上がれば疎まれ下がれば叱られ、色を出せば軽蔑されその色を強めれば裏切られて潰される。あぁつまらない、本当につまらない」
男は、綿貫幸人は優秀だった。家柄は何処にでもある一般的なサラリーマン家庭だったが、幸人本人は特別だった。勉学にスポーツ、人間関係や恋愛。その他あまり機会は多くなかったが喧嘩などの暴力でも負けることは無かった。それは社会人になっても変わる事無く、人間関係は勿論の事、企画書を挙げれば測採用、接待を行えば大口の仕事を取る。しかしどの世界でも羨み疎む奴は腐るほど居る、一番最初は学生時代の集団リンチ。これで潰せないのなら不登校狙いの嫌がらせなど、普段は回らない頭を全力で使い何らかの形で何かしらの妨害をしてくる。
「結局ああいう奴らには、無反応が一番効果的だったなぁ。そういう意味でならいい経験になった」
そんな学生時代の対処内容も社会人になれば通用はしなかった。社会出ればそれぞれが仕事に生活を賭け、その生活を少しでも良い物に変えよと回りの蹴落としが頻繁だった。会社でも優秀で良い成績を出し続ける幸人は一番の的となり、特に同期や1つ2つ上の先輩からは風当たりの強い毎日。そんな厳しい者達に囲まれながらも唯一の心のより所が存在した、それは学生時代からの恋人。しかしその心の拠り所でもあった彼女との別れは唐突で、とても屈辱的なものだった。いつもの様に同僚や先輩等からの嫌がれに疲れた幸人は無性に彼女の顔が見たくなり連絡もなしに家向かった、そこで幸人を迎えたのは温かい笑顔ではなく顔も知らない男の腰の上で喘ぐ彼女の姿。
「なんか安いドラマみたいだったな、今思い出して少しイラつく」
怒りに身を任せて部屋へ乗り込む、その後のことは記憶が曖昧で気付いたら必死に謝る彼女と顔を血だらけにし脅え蹲る男の姿が目の前にあった。その光景を目にしても怒りが収まることはなく、男を全裸のまま追い出し彼女を詰問する。彼女は泣きながら浮気の言い訳を話すが、要約すれば優秀すぎる幸人の彼女でいるのがストレスだった。先ほどの男はただのストレス解消の為の気の迷いで幸人が嫌いになった訳ではない、だから私を捨てないでほしい。
「いや、無理でしょ。それで了承するのは寝取られ趣味の変態だけだけだろ」
彼女と別れ、これまでの心の支えを失った幸人は周囲の環境に耐えることは出来なかった。数日で会社を辞め、何をする訳でもなく毎日を過ごす。仕事をしなければ金はなくなり、住屋を追い出されその日の生活に困有様。優秀な自分に期待をしていた実家には戻る気になれず、漫画喫茶で寝泊りをする日々。そんな堕落した生活を送るある日、幸人は目を疑いたくなる光景を見てしまう。それはあの時全裸で追い出した男の姿、これはまだいい。問題なのはその男の横を歩いているのが泣いて捨てないでと懇願していた女、あれから一月も経っていないのにこの行動、幸人の心の中で何かが切れた。幸人は足早に最寄の100円ショップへ駆け込み調理包丁を購入、包丁を隠し持ち急いで二人を追いかけ後ろから女の肩を軽く叩いた。女は何事かと振り返ると急速に顔が青ざめていく、女につられ振り向いた男も同様に青ざめた。
「あの時の2人の顔は傑作だったな、人間あそこまで顔色が変わるんだなと逆にこっちが驚いた」
女は何かを必死に喋り掛けてきている、恐らく何か言い訳を言っているのだろうがまったく耳に届かない。そんな様子を見かねたのか男がフォローに入ろうとしたが声を出すことが出来なかった。男が話し出そうとしたと同時に幸人が腕を振り抜く、隠し持っていた包丁が男の首を撫で切っていた。器官まで刃先が届いたのか傷口では血が泡立ち、そのまま倒れた男は地面で言葉にならない声を出しながらもがいている。幸人は100円ショップの商品にしては良く切れるなと思うと同時に、予想していたほど人を切るのに抵抗がなかった自分の心に少し驚いた。
「切る事自体は問題なかったけど、切る感触自体は気持ち悪かったな。、、うぇ、今思い出しても気持ち悪くなってきた」
男が倒れた事に気づいた通行人が騒ぎだし、瞬く間に周囲はパニックとなる。横の女は腰が抜けたのかへたり込み足元に水溜りを作っている。どうやら水分を出すのは下だけではなかった様で瞳からも止め処なく水がつたう。何か言葉を発しようとしているのは分かるが恐怖のあまり上手く喋れない様子、幸人はそんな事は気にせず包丁を突き刺そうと腕を振り上げるがその腕は動かない。幸人の意思と反して動こうとしない腕、視線を向けても異常は見えない。誰かに掴まれている訳でもなければ突如怪我をした訳でもない、そうこうしている内にサイレンの音が耳に届く。通行人の誰かが通報をしたのだろうと考えながらも反射的にその場を逃げ出す、その後姿を女はただ呆然と見ているだけだった。
「サイレンの音って何もしてなくて緊張するよなぁ、何でなんだろうな。まぁ今回はその何かをした訳だけど」
走り出したものの特に行き先は無く、とりあえず裏道に入るとビル裏の階段が見えたので特に考えは無いが駆け上る。たどり着いたのは転落防止のフェンスで囲まれた人1人居ない屋上、幸人は通信網が発達したこの時代でここまで捕まる事が無かったは奇跡に思えた。そして今に至る。
「まぁここまで無事に逃げてこられてもどうしようもないけど、警察から逃げ切れる気がしないしね」
ビルの足元が騒ぎ始め道路をパトカーが封鎖する、お前は包囲されているとお決まりの文句が聞こえまるで映画のワンシーンの様な状況。幸人はその光景を見下ろし不思議と笑みが零れた。
「怖いのに楽しい、この感覚は初めてだな。最後に良い経験をしたかな。それにしても嫌な人生だった、同級生や先輩に疎まれて嫌われ、信じていた彼女には裏切られる。自画自賛でも優秀な方だと思ってたから、もう少しは楽に楽しく生きられると思ってたんだけどなぁ」
幸人は決意を決めて体から力を抜く、重力に逆らわず傾く体は身を空中へ投げ出された。数十メートル下のアスファルトへ落ちていく最中幸人は思う、未練は無い、しかし疑問が残った。
「なんであの時、殺せなかったんだろ、、」
鈍い音が鳴り響く、人垣で囲まれるアスファルトにはに赤黒い歪な華が咲いた。
その場に居ずとも赤い華の開花を見つめる女が1人、その女は声色に期待を載せて呟く。
「、、貴方に決めました」
「飛び降りた先は」第一話楽しんで頂けたでしょうか?小説を書き出して間もない私ですので温かい目で見てもらえると幸いです。第二話もできるだけ早く投降しようと思っているので期待して頂ければ嬉しいです!!