何処かの空で、沖縄の空へ? 3
「おみやげの買いもらし、ないですよね」
「これが最後だと思う。……チェック、オッケーだ」
最終日、おみかげを白勢さん宅あてに送る手配をした。けっこうな量だったので、念のために買いもらしがないかを確認する。とにかく人が多いから大変。同じ飛行隊所属で良かったとしみじみ思う。
「あとは、実家へのおみやげかな」
私におみやげメモを返しながら、白勢さんが首をかしげた。
「そうですね。そこはもうリクエストを聞いているので、それを買って送ります。白勢さんは?」
「うちは特に。そもそも今回の旅行のこと、話してないからね」
「はー……男の子って、そんなもんなんですか」
そう言えば、うちの弟もそんな感じかも。
「俺はもう、男の子って年齢じゃないんだけどな。それとどっちかと言えば、離れた実家に旅行のことを話している、るいのほうにビックリだよ」
「え、そうなんですか? 私のほうがマレ?」
「の、ような気がする」
普通に母親に電話して、夏休みは沖縄に遊びに行くんだって話したけど、それが珍しいことだって思いもしなかった。そして、ある考えが頭に浮かぶ。
「あー……」
「るい、悪い顔してる」
その指摘に、意識して表情を無邪気なものにとりつくろった。
「え? 話さなかったら、おみやげの出費が減って、自分用のおみやげがもっと買えたかなって」
「やっぱり。でも、もう話したんだろ? だったらおみやげは送ってあげないと。ご両親と誠君がガッカリするんじゃ?」
「帰省する時にどっさり買って帰るから、今回ぐらい送らなくても問題ないと思うんですけどねー……」
「またまた、そんなことを言って」
私のつぶやきに、白勢さんはいつものイケボで笑う。
「あ、誠へのおみやげ、白勢さんも一口のりませんか? ドルフィンライダーからのおみやげなら、うちの無礼な弟も跳び上がって喜ぶかも」
「わかったわかった。一口のるよ」
白勢さんは私の横で愉快そうに笑った。
「別にケチってるわけじゃないですよ? 最近、誠ときたら、すっかり空自さんのファンですからね」
「らしいね。次の小松基地の航空祭に来るらしいよ?」
「え?! なんですか、それ初耳!!」
いきなりの情報に驚いた。しかもそれを白勢さんから聞かされるなんて!
「なんでも、舞鶴のイベントで小松救難隊のヘリを見て、行きたくなったらしい」
「ますます初耳!!」
誠め、すっかり沼に足を突っ込んでしまったのに、そのことを姉の私に黙っているなんてけしからんヤツだ。
「なんで私じゃなくて、白勢さんに言うかなー……」
「まあ異性の姉より、同性の俺のほうが話しやすいのかな」
「あ。ってことは、誠、まだ白勢さんに電話攻撃してるんですね?! もー、迷惑だから控えろって言っておいたのに!」
まったく困ったヤツなんだから!
「たまにメールしてくる程度だよ。それに良いじゃないか、自衛隊に興味を持ってもらえるなら。もしかしたら、将来の貴重な人材になるかもしれないだろ?」
白勢さんはリクルートの延長みたいに受け取ってくれているけど、今どきの子の考えは、私達の想像をはるかに超えた方向に向かうことがあるから要注意だ。次に話す機会があったら、もう一度、きっちり注意しておかなくては。
「それに小松の航空祭が楽しみじゃないか。誠君に、ドルフィンキーパーとしての姿を見てもらえるんだし」
「……」
「るい?」
「その日、急病になったらダメですかね?」
私がそう言うと、白勢さんはあきれた顔をする。
「なんでまた」
「いやー……身内に見られるなんて、思ってなかったですから」
何度かお客さん達の前でウォークダウンをしたけれど、いまだに恥ずかしいという気持ちが消えることはなかった。できることなら整備だけして、お客さん達の前に立つのは誰か他の人に頼みたい、というのが正直な気持ちだ。
「なにを言ってるんだ。しっかり活躍しているところを見てもらわないと」
「えー……」
「これも広報の仕事だと思ってあきらめるんだな」
「えー……」
まあ、小松基地の航空祭まではもう少しある。今は無理でも、その時までなにか良い考えが浮かぶかも。
「ないから」
「はい?」
「ウォークダウンをしない選択肢なんてないからって話」
「なにも言ってないですよ、私」
「顔に書いてあるよ。なにか良い方法はないかなって」
白勢さんはすました顔で、私に指摘する。
「小松航空祭の一ヶ月前ぐらいから、俺がるいの健康管理をしたほうが良いかもしれないな」
そして、なにか物騒なこともつぶやいた。
+++++
「おお、いたいた。みやげは忘れずに買ったかー?」
定期便の離陸時間がそろそろという時間になった時、因幡さんが足早にやってきた。
「おかげさまで。昨日のうちに全部、送り出しました」
「定期便に載せりゃ良いのに。送料もそれなりにかかるし、着くのが遅くなるだろ?」
「そこまでお世話にはなれませんよ。けっこうな量ですし」
「ま、それは良い心がけだけどな。じゃあ、載せなかった分、こっちを頼む。もう積み込みは終わっているからな。あっちで忘れずに引き上げてくれ。俺って本当に親切だろ?」
そう言って紙を差し出した。
「なんです、これ?」
どうやら、ファクスされてきたメモ書きのようだ。
「……焼酎、シークワーサージュース、それから~~?」
どれもこれも、かなりの重さがありそうなものばかりだった。
「もしかして、おみやげリストですか?」
私の横で、白勢さんが因幡さんに質問をする。
「あたり。お前達が到着した後、坂東班長から追加のリクエストが来たのさ。そっちは観光で忙しそうだし、俺が手配をしておいた。ああ、もちろんお代は折半な」
「えー?!」
私の声に、因幡さんは顔をしかめた。
「えーってなんだ、えーって。当然だろ。これ、俺じゃなくてお前達に対するリクエストだぞ?」
紙の一番上を指でさす。そこには間違いなく坂東三佐の筆跡で、因幡さんあてに『白勢と浜路に渡せ』と書いてあった。しかもご丁寧に二重の下線まで引いて。
「えー……」
「だから、えーじゃないっつーの。全額払えって言わないだけでも優しいだろ」
「そりゃまあ……いくらですか?」
そう言いながら、肩にかけていたバッグからお財布を出す。
「浜路、こんなところで堂々と財布を出すな。もうちょっとコッソリ出せ」
「だって、払えって言ったのは因幡さんじゃないですか~~」
三人でハンガーの隅っこに移動し、言われた金額を払う。三等分で端数はおまけしてくれたんだから、まあ優しいんだろう。……多分。
「班長にも困ったもんだよな。これ、お前達に渡せって書いてあるが、タイミング的に、絶対に俺が手配すると思ってたクチだぞ」
ポケットにお札を押し込みながら、因幡さんが溜め息をついた。
「だったら全部、因幡さん持ちでも良かったのに」
「んなわけにいくか。お前達が沖縄に来たから、このリストが来たんだろうが。お前達にも責任がある。俺は浜路に海老フライをおごったせいで、今月の小遣いがスッカラカンなんだぞ」
「私、そんなに食べてないですよ!!」
そりゃあ、二人分は食べたけど!!
「それで? 二人とも少しはリフレッシュできたか? ま、その顔を見る限り、問題なしみたいだけどな」
「おかげさまで」
「良い天気でしたし、楽しかったですよ。イルカウォッチングではイルカに触ることもできましたし」
海で出会ったイルカ達の手触りは、うちのイルカとはまったく違う手触りだった。まさに「ぬれた茄子」。それを知ることができただけでも、今回の沖縄旅行は大満足だ。
「ま、あえて言わせてもらえるならば、那覇基地の見学ができなかったのが、心残りなんですけどねー……」
因幡さんが笑う。
「まだあきらめてなかったのか。往生際がわるいぞ、浜路。白勢、浜路が暴れ出す前にさっさと乗り込んだ方が良さそうだ」
「ですね。じゃあ行こうか、るい」
「別に暴れたりしないのに」
「いやいや。暴れなくてもあの逃げ足の速さからして、ダッシュしたら俺達でも捕まえられそうにないからな。早々に定期便に押し込んだほうが安全だ」
因幡さんが言っているのは、私がカナブンと遭遇した時のことをさしているんだと思う。まったく。なんで蒸し返すかな、忘れていたのに。
「そういうこと言うんなら、次は三番機組、全員におごらせますからね!」
「おいおい、なんてことを言うんだ。俺を破産させつもりかー?」
「次は海老とお肉でおごってもらいますから!」
「美ら海フェスタまで積み立てをしておかないと」
因幡さんは笑いながら、私達を定期便のほうへと押していく。
「本気ですからね!」
「わかっかわかった。次に会う時までに、うまいアグー豚を食べさせてくれる店を探しておくよ」
「本気で本気ですからね!」
「わかってるって言ってるだろ? しつこいぞ、浜路」
頭をくしゃくしゃとされた。
「じゃあ、美ら海フェスタでな。白勢、それまでに浜路をもうちょっとなんとかしろよ? このままだと、ワガママ度が際限なく急上昇で大変なことになるから」
「了解しました」
「ちょっと、失礼ですよ、二人とも」
「はいはい。さっさと乗ろうか。俺達が最後みたいだし」
白勢さんに引っ張られて定期便に乗りこむ。因幡さんは私達が乗りこむのを見届けると、手を振りながら離れていった。
「アグー豚ですって! 白勢さん、食べたことあります?」
「まったく、るい。本当に因幡さんを破産させそうだな」
「そこまで食べませんよ。ただ、三番機組がそろったら、どうなるか分かりませんけどね!」
小松基地航空祭は憂鬱だけど、美ら海フェスタは今から楽しみ!
こんな感じで、新旧三番機組の交流は、遠く離れても当分の間、続きそうな気配。