航空観閲式予行
2017年度の航空観閲式、予行も本番も雨で中止になってしまったのでせめてお話の中でだけでもと小話を書きました。もちろんフィクションなので細かいところは気にしないように(^^♪
自衛隊にとって一年で一番大きな行事はなんと言っても観閲式だ。
朝霧訓練場で行われる陸自の中央観閲式、相模湾で行われる海自の観艦式、そして百里基地で行われる空自の航空観閲式。開催担当は陸海空の持ち回りで三年ごとにその役目が回ってくるので開催される場所も一年ごとに違ってくる。
もちろん陸海空それぞれの部隊がそれぞれ参加するので場所は違えどその規模はどれも同程度。……ああ、ちょっと訂正、さすがに何でも運べる自衛隊でも陸地に護衛艦をもってくることはできないので、海自の艦船が参加するのは海自主催の観艦式に限られている。
そして今年は航空自衛隊のその主催の役目が回ってきた。数ヶ月前からその準備が始まっていて、参加する陸海空それぞれの参加部隊の隊員達は百里基地に泊まり込んで準備作業に追われている。
「あっちの天気はそこそこ回復したようです。明日の予行は晴れそうですね」
雲の隙間から見える青空を見上げる。今週の頭まで遅れてやって来た台風のせいで空がぐづついていたからどうなるのかと心配していたのだ。
「この調子で来週の本番も晴れてくれると良いんだが。しかしここ二年ほどはいいタイミングで晴れるな。もしかして浜路、お前、晴れ女なんじゃないのか?」
隣に立つ坂東三佐が私を見下ろす。
「え? そうなんですか? 私はてっきり隊長が晴れ男なんだと思ってました」
「いや。俺が覚えている限りあいつは雨男だ。ここ一番というときによく雨が降っていたな」
「やめてくださいよ、縁起でもない。本番当日が雨になったらどうするんですか」
航空祭とは違って招待客しか会場に入れない航空観閲式でも、基地周辺には写真を撮ろうとたくさんの航空機ファンの人達が集まってくると聞いている。そんな人達のことを思うと是非とも晴天になってほしい。
「雨男vs晴れ女の対決だな。気合を入れて頑張ってくれ」
「どう頑張れと……」
本番当日までテルテル坊主を作り続けなくちゃいけないかなと真剣に悩んでいると、玉置二佐を先頭にドルフィンライダー達が出てきた。いつものように基地の外からカメラを構えている人達にお手振りをしてからそれぞれ自分が飛ばすイルカへと散っていく。そして白勢一尉も三番機の前で待機している私達のもとにやってきた。
「おはようございます、坂東三佐、赤羽曹長。今日もよろしくお願いします」
いつもの爽やかな笑みと声で朝の御挨拶。だけどそこに私が含まれていないのは何故?
「あの、一尉。なんで私をいないことにするんですか」
「だってるいにはもう起きた時から散々おはようを言っただろ?」
「っ!!」
とたんに顔が熱くなる。私と一尉が付き合っていることは既にこの基地内では周知の事実となっていた。だから隠す必要はまったく無いんだけれど、こういうことを人前で公然と言われるのはなかなか慣れることができない。
「仕事中に名前呼びはダメだって言いませんでしたっけ?!」
「だからってなんでそこで赤くなるのか俺にはまったく理解できないな」
ニッコリと微笑んだ一尉はヘルメットと荷物をコックピットに放り込むと機体のチェックを始める。機体下を屈みこんで目視点検をしたところで、私がムッとした顔で立ち尽くしているのに気づき体を起こすとこっちを見た。
「浜路三曹、なにをぼんやり立っているんだ? 勤務中だぞ? 安全ピンは全て抜いたのか?」
わざと仕事用の真面目な顔をしてそんなことを言っているけど心の中ではニヤニヤしているのが丸分かりだ。まったく誰だろう最初にタックさんのことをブルーの爽やかイケボ枠だなんて言った人は。……あ、私だったっけ?
「抜きました、確認お願いします」
グギギギとなりながらそう返事をしてからいつもの離陸前の準備を始めた。
+++
予備機を含めた七機のイルカ達が全て無事に飛び立つのを見届けてから、私達は待機しているC-130輸送機へと乗り込んだ。
今日は坂東三佐をはじめ何人かのキーパーがT-4の後ろに乗って先発したので、機内には普段は一緒に飛んでいる訓練中の次期ライダー達の姿が多く見られた。その中には今年から藤田一尉が乗る四番機の後ろで訓練を始めた牛木一尉の姿もある。
―― ジッタさんより強面でエロって感じはしないけど、あの人も正式にライダーになったらエロ属性が爆発するのかなあ…… ――
私の視線に気づいたのか牛木一尉が怪訝な顔つきでこっちを見たので慌てて視線を逸らして窓の外を見る。
ドルフィンライダーもドルフィンキーパーも任期はだいたい三年で、パイロットより長くいることの多いキーパーでも四年。
私がここに着任した頃にいたキーパーの半数近くが既に元いた整備隊や別の新しい勤務地へと転属していった。今のT-4達の整備を担当するキーパーの最古参は統括班長を兼任する坂東三佐で、その三佐も来年度には異動になりそうだと言われている。なので次期機付長となる赤羽曹長がウォークダウンに参加する三人目のキーパーを鋭意指導中だった。
―― 来年の今頃には次期三番機パイロットの訓練が始まってるのかあ、誰が来るのかなあ、三番機パイロット ――
三番機はブルーでも最も若いパイロットが受け持つことの多いポジション。ってことは古賀三佐と交替でアナウンスを任されているライダー候補の中では一番若い石黒一尉かな、なんてことを考えながら窓の外の景色を見詰めた。
―― やっぱり白勢さんと一緒に飛んだ時の景色とは全然違う…… ――
窓からは海と基地周辺の刈り取りの終わった田んぼや住宅地が拡がっている。この見慣れた景色も好きだけど、やっぱりイルカに乗って飛んだ時の広大な青空が忘れられない。
―― ここから異動になるまでにもう一度ぐらいあの景色を見られたら良いんだけどな…… ――
そんなことを考えつつ、到着まで少し休んでおこうと目を閉じた。
+++
「うっわー、なかなか壮観」
百里基地で支援機から降りた私の口から出たのはそんな言葉だった。
お懐かしのF-15イーグルやなかなかお目にかかれないF-4、そしていつも私達がお世話になっている輸送機達。陸自からはチヌークや攻撃用ヘリ、戦車、そして海自からは救難ヘリや対潜哨戒機などなど。
とにかくありとあらゆる自衛隊が所持している航空機や車輛達が百里基地に集結していた。本番当日にはここに政府専用機や米国空軍から参加することになった爆撃機やサンダーバーズまでが顔をそろえるというのだから凄い。
「さすが航空観閲式ですね!」
「まったくだ。観客としてゆっくり見られないのが残念だな。特にグアムから飛んでくる米空軍の爆撃機、じっくりと見たかったのに」
赤羽曹長が整備員らしい言葉を口にした。
「お疲れさんと言いたいところだが」
私達を待っていた坂東三佐がやってきて、声をかけたところで上空を轟音をあげてF-2の編隊が通過していく。
「もう飛んでいるんですか? 予行って明日ですよね?」
「そうだがこうやって一同が集まるのはこれ一回きりだからな。初めてここで飛ぶやつは既に確認の為に上がっているということだ」
「そうなんですか。うちはどうすることに?」
「うちは大所帯だし少なくとも年に一度は百里の上は飛んでいるからな。ブルーの予行は明日までお預けだ」
そこでニッと三佐が笑った。
「大所帯で思い出した。今年はイーグルの十機編隊が見られるらしいぞ?」
「本当に?!」
「小松の連中が去年の航空祭で披露できなかった分のリベンジをするそうだ」
「それをここでやっちゃうなんてさすが小松。ってことはアグ機も参加ってことなんでしょうか?」
「らしい」
「それは是非見たいです!」
明日の予行、見ている暇なんてあまりないように思うけど楽しみだ。
「さて打ち合わせの時間だな。点検は任せるから赤羽、俺が戻るまでは整備班のことは頼むぞ。ライダー達には休むようにと伝えてくれ」
「了解しました」
予行を前に関係各所の責任者を集めての打ち合わせがあるらしく、三佐は離れたところで待っていた玉置二佐と共にその会議が行われる施設へと行ってしまった。
「さて、俺達も明日に備えてT-4の点検だ」
「はい!」
観閲式は各国の来賓や招待客が訪れ総理大臣が観閲官を務める自衛隊だけではなく日本にとっても大事な式典だ。たとえ事前に行われる予行でも事故に繋がるミスは許されない。とにかくいつも以上に念には念を入れての点検をしておかなくちゃ。
イルカ達が駐機している場所に向かう途中で様々な機体が編隊を組んで上空を通過していく。
「私達よりパイロットさん達の方が緊張するでしょうね」
それを見上げながら呟いた。
「同じ飛行隊の航空機だけで飛ぶのとは勝手が違うからな」
ブルーのアクロ飛行では0.1秒単位の動きが要求される。見学している人達からは見えない場所を旋回しながら飛んでいても、編隊を束ねて指示を出す一番機に離れた機体の位置が確認できるようにスモークを出したりと綿密な計画を立て何度も訓練を重ねて飛んでいた。
ずっと一緒に飛び続けるライダーでもそうなのだ、お行儀よく順番に編隊飛行をするだけにしてもこれだけの大所帯、しかもお互いに初めて顔を合わせて飛ぶ人達もいるのだから大変だ。
「コントロールする管制も大変だろうな」
「まったくですね」
駐機してあるT-4の横では白勢さん達が上空を通過していく戦闘機やヘリを見上げていた。
「キーパーは整備を開始。ライダーは明日の予行に備えて休むようにとのお達しです。そこで見上げているのは結構ですがこっちの邪魔にならないようにしてくださいよ」
曹長がそう言うとキーパー達は各自がそれぞれの持ち場について動き始めた。
「俺達も手伝いますが?」
白勢一尉がいつものように申し出たけど曹長は首を横に振る。
「ダメダメ。今日は休んでいてください。それが隊長からの命令ですからね。休むのも仕事のうちです」
「了解しました」
とにかくパイロットにしろ管制にしろ整備員にしろ緊張する予行の始まりだった。