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第二十六話 無事にデビューでキルコール

「は あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 六機が展示飛行を終え地上に戻り、ウォークバックが終了してショーのすべてが終わった。お客さん達から見えない場所に移動した私の口から飛び出したのは、オッサンみたいな溜め息だった。こんなキーパーの様子はとてもお客さん達には見せられないと思いつつ、出てしまったものはしかたがない。


「よく頑張った。初めてにしては上出来だったぞ」


 坂東三佐がねぎらいの言葉をかけてくれる。しかられるより良いけれど、ほめられるだけじゃ足りない。そうだ、御褒美(ごほうび)!! 私にもなにか御褒美(ごほうび)をください!!


「私にも御褒美(ごほうび)飴玉(あめだま)ください!! 新しい芸をしたんですよ!!」


 そう言って手を差し出すと、三佐は困った顔をした。


「そんなこと言ってもなあ……なにか持ってるか、赤羽」

「残念ながらなにも。飴玉(あめだま)要員は浜路と決まっていますから」

「理不尽だ……」


 こういう時こそいちごミルクのような甘い飴玉(あめだま)が欲しいのに、私の作業着のポケットに入っているのはいつものニッキののど飴だ。白勢一尉はもうアナウンス担当ではなくなったんだから、のど飴も卒業して良いはずなのに、なぜかいまだに一尉のリクエストはこのニッキののど飴。


「ああ、来た来た、おい、白勢、お前のドルフィンキーパーが飴玉(あめだま)がないとご立腹だぞ」

「そうなんですか? あるにはあるんですが、さすがにここで飴玉(あめだま)を渡すのはちょっと」


 顔を上げると、一尉がこっちにやってくるところだった。かけていたサングラスはかぶっている帽子の上にあげられているので、ショーの時のようないかめしさはなくなって、いつもの一尉に戻っている。


「なんでここにいるんですか? お客さん達にサービスしなきゃだめでしょ」

「ライダーは六人以上いるんだ、一人ぐらいさっさと雲隠れしてもばれないよ。展示デビューおめでとうって言いにきたんだ」

「それより飴玉(あめだま)持ってるんですか? よこせ、ください」


 手を差し出すと、一尉はポケットの中から水色のキャンディーを一つ取り出した。お魚の形をしているように見えるのは気のせいだろうか。


「いくら身内ばかりとはいえ、ここで渡すのはまずいからあっちで」


 そう言った一尉に、私は建物の奥へと引っ張っていかれた。そして外のザワザワとした喧騒(けんそう)が聞こえないところまでくると、一尉は歩調をゆるめてこっちを見下ろす。


「二人ともこれで、無事に展示デビューを果たしたということだな。最初はどうなることかと心配したよ」


 そう言われて、一尉も航空祭での飛行展示が初めてだったことに気がついた。緊張しすぎてすっかり忘れていた……。


「ありがとうございます。白勢一尉も航空祭デビューおめでとうございます。私としては、出来ることならこれ以後は、離任するまでずっとリモート展示でお願いしたいです」


 私の返事に、一尉は愉快そうに笑う。そして立ち止まると、手に持っていた飴玉(あめだま)を差し出した。


「まあまあ、そんなこと言わずに。きっと女性キーパーを見て、自分もキーパーになりたいって思う女の子も増えるだろうから、未来の空自の人材のために頑張らないと。はい、御褒美(ごほうび)飴玉(あめだま)。なんとイルカの形をしているソーダ味のキャンディーだ。俺ってなかなか気がきくだろ?」

「可愛いですね、一体どこで見つけたんですか? これを毎回の御褒美(ごほうび)にしてくれるなら、少しは頑張れるかも」


 そう言って差し出されたキャンディーをつまもうとしたところで、一尉に手を取られて引き寄せられる。そして気がつけば、一尉の腕の中に閉じ込められた状態になっていた。


「?!」

「俺は三番機のパイロットになった。そしてるいもドルフィンキーパーとして展示デビューを果たした。もうそろそろ良いよな?」

「え?」


 急に口調が変わったので戸惑って見上げたけど、その笑顔はいつもの白勢一尉だ。


「あのう、ここはよそ様の基地ですから、これはやはりまずいのでは……いや、松島でもまずいですけど」


 そう言いながら一尉の腕の中から逃れようとする。いつの間にか廊下の隅っこに追いやられて、逃げ道がなくなっていた。


「そろそろ諦めてキルされろよ、るい」

「ドルフィンライダーがキルだなんて物騒なことを言って良いんで……っ」


 言葉をさえぎられた。文字通り、一尉の唇で、物理的に。しばらくして一尉の唇が離れたので大きく息を吸った。そんな私の様子を、一尉は悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべながら見下ろしている。


「ここ最近はるいって呼んでるんだから、いまさらな感じはするんだけどね」

「だから、それはで……っ」


 また言葉をさえぎられた。どうやら一尉は、自分が望む言葉以外は聞く気が無いらしい。最初よりも長い時間口をふさがれ、さすがに息ができませんと肩をたたくとやっと解放してもらえた。


「もう、なにするんですかっ」

「タックネームがタックでダジャレかよって言われた時に、問答無用でキルしてやろうかと思ってたんだけど、俺ってお行儀が良いよな」


 いやはや自分でもびっくりだと笑っている。ポカンとしている私を見て口元を歪めた。


「まさかあの時に、自分がロックオンされたとは思ってなかっただろ? ま、そこはぬるく追跡していた俺にも責任があるわけだけど」

「ぬ、ぬるく……」


 私の言葉に再び悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべる。


「そう。かなりぬるくね。隊長と因幡さんにも、お前はなにをちんたらやってるんだってよくからかわれてた」

「え?!」


 なんですと?! 隊長と因幡一尉が?!


「気がついていなかったのはるいだけかもな。第11飛行隊のクルーのほとんどは、俺がるいのことを追尾しているって気がついていたと思う」

「それっていつから?」

「多分、俺がここに来て一ヶ月ぐらいから?」

「そんなに前から?! あ、でも……」


 ん?と一尉が首をかしげた。


「整備員は知らない人が多かったんじゃないかな。だって……」

「だって?」

「だって……異動になる前にって告白してきた人が何人かいましたよ? もちろん断ってましたけど。あ、断ったのは白勢さんは関係ないですから!」


 その時は、お付き合いよりもT-4の整備のほうが大事だからと断っていただけで、断じて白勢一尉のことが気になっていたわけじゃない。


「それ、ここ最近は言ってくるヤツいた? 三月の異動日前日あたりだけど」

「ありません。……え?」


 どういうこと?と一尉を見上げると、そこにはなんとなく不穏な笑みを浮かべた顔が私のことを見下ろしていた。


「あのう?」

「そりゃ、自分が狙っている相手を、他の誰かに横からかっさらわれたら大変だからね。俺の領空に侵入してきた不届きなヤツは、全員もれなく蹴り出させてもらった。どうやって蹴り出しか知りたい?」

「……いいえ。聞かないほうが平和な気がしてきました」

「うんうん、それが賢明だ。それで俺にキルされる気になった?」


 そしていつものさわやかな笑みを浮かべる。


「あの、一つだけ質問しても?」

「どうぞ?」

「今までにそのイケボで腰が砕けた女性は何人?」


 一尉は困ったような顔をした。


「……まったく君ときたら。ここでそれを聞いてくるのか」

「そこだけですよ気になるのは。それに答えてくれなかったら、キルもるいって呼ぶのも以後は認めませんからね」


 天井を見上げてから一尉は溜め息をつく。


「……俺が知っているだけで十三人。待った、だからと言ってその全員とつきあったわけじゃない。あっちが勝手に騒いで、それを藤島が面白がってカウントしていただけだ」

「じゃあつきあった人は?」

「質問は一つだけだったんじゃ?」

「まだ気になります」

「……一人だけ。それもアラートがあったり訓練があったりで、気楽に酒も飲みにも行けないような堅苦しい生活は真っ平御免と、一ヶ月でふられました。それ以後は仕事一筋」


 溜め息まじりに白状した。


「これで満足かな?」

「まあ大体においては」

「だったらキル?」

(はなは)だ不本意ですが……キルされたような気がします」

「こりゃ先が思いやられる」


 笑いながら一尉がもう一度私にキスをしようとしたところで、わざとらしい咳ばらいが聞こえてきた。そこに立っていたのはなんと玉置二佐だ。


「……まったく、いくら自由奔放が常の空自でも、遠征先で不埒(ふらち)を働くのはどうかと思うぞ。この基地の人間を、あっちこっちで通行止めにするこっちの身にもなれ」

「申し訳ありません。無事に彼女が展示デビューを果たしたので、つい羽目を外してしまいました」

「それで? キルしたんだな?」

「はい」

「あの?」


 あっちこっちで通行止めってどういうことですか?


「人生初の撃墜認定ご愁傷様(ごしゅうしょうさま)だ、浜路三曹。だが考えものだな、同じ三番機のドルフィンライダーとドルフィンキーパーが付き合うというのは」


 二佐がどうしたものかという顔をした。


「浜路、お前……」

「え、私は三番機から離れるのはイヤですよ。白勢さん、他のを飛ばしてください」

「おいおい、また無茶なことを」


 とたんに二佐が笑い出す。


「まったくな。こういうキーパーで良かったと感謝するんだな白勢。浜路なら、仕事中に勇ましいおしゃべり以外の余計な私情をはさむこともないだろう」

「はい。自分にとっては得難(えがた)いキーパーです」


 一尉がうなづいた。


「だが、ドルフィンライダーはなにもしなくても、注目を集める立場だと言うことを忘れるな。どこで誰に見咎(みとが)められるか分からないんだからな。今まで以上に清く正しく任務に励め、人の目がある場所ではな。それと浜路」


 まだニヤニヤしながら二佐は私を見る。


「なんでしょうか」

「ちゃんと芸をこなした御褒美(ごほうび)だ。飴玉(あめだま)をやるかわりに今回は白勢の後ろに乗って帰れ」

「本当にいいんですか?!」


 三沢にいた時にどんな時に役立つか分からないからと、上官のすすめで低圧訓練を受けて搭乗資格は取得していた。まさかそれがこんなに早く役立つ日が来るなんて!


「もちろん。その代わりと言っちゃなんだが、これからも三番機と三番機のドルフィンライダーを頼むぞ」

「はい!」


 どうやら私、隊長から直々にタックさんの専属キーパーを任命された模様です。

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