チョコレートケーキ
何年か後の話
玄関から聞こえてきた物音に慌てて残っていたチョコレートケーキを口の中に詰め込んだ直後、部屋の中に榊さんが入ってきました。
榊さんは頰を膨らませた私とテーブルの上の皿をジト目で眺めます。
「……お帰りなさい、榊さん」
ケーキを飲み込んでそう言いましたが、何の返事も帰返ってきませんでした。
まあ、いつものことです。
何事もなく食器を片付けようと立ち上がったところで、ふと甘い花のような匂いを感じました。
香水でしょうか?
匂いは榊さんから。
いつも血と硝煙の匂いを纏わせているのに珍しい。
思わず榊さんの顔を見上げていました。
「……なんだ?」
苛立ったような表情で睨まれました。
「いえ……香水みたいな匂いがしたので……珍しいと思っただけです」
「ああ……仕事で少しだけ女と……な」
仕事で女性と……?
それって一体どういう仕事なんでしょうか?
「……浮気ですか?」
何気なくそう言ったら榊さんが妙な表情をしました。
言ったことを頭の中で反芻して榊さんの表情の理由に気付きました。
「いえ、なんでもありません。忘れてください」
少し慌ててそう言います。
何故か榊さんの口元がニタリ、と吊り上がっていました。
これは非常に不味い気がします、うっかり地雷踏み抜いたかもしれません。
なんであんなわけのわからない発言をしてまったのでしょうか。
もう少し弁明しようとしたところで、榊さんが私の肩を掴んで自分の方に引き寄せました。
「……随分と、可愛い事を言ってくれる」
耳元でそう囁かれ、ぞわぞわと鳥肌が立ちます。
……これはちょっと、いえ、だいぶ不味いことになったような気がします。




