頭痛が痛いはなし
「過去に戻れるって言ったら信じる?」
なに言ってんだこの子は。
「ウチ、過去に戻れるんよね」
「過去に戻るって、具体的にどういう感じ?やっぱり世界線移動しちゃうの?」
「世界線ってなに?」
「はぁ、そんな適当な設定でよく言ったね」
彼女は付き合って3週間の正真正銘の彼女。
しかも正真正銘のお嬢様なので頭が弱い。
「もし君が過去にもどってなにかを変えたら未来はどうなる?」
「わかった!それが世界線でしょ!」
何がわかったんだよ。頭悪いなぁ。
「それで?世界線は移動してるの?」
「たぶん」
「たぶんってどっち?たぶん移動してるってこと?」
「してると思う」
「なるほど……」
初デートで話題がないからってこんな電波な話をして楽しいと思ってるのかね。
「今までの彼氏にはその話したの?」
「誰も信じてくれなかったから付き合わなかった」
「それで今度は付き合ってからその話をしたんだね」
「今までも付き合ってからその話をしたよ!けど、信じてくれなかったから付き合う前に戻った」
なるほど……この設定なら楽しい会話になりそうだな。
「だから大地くんが初の彼氏だよ!」
いや、その理屈はどうなんだ……。
「ウチってさぁお金持ちじゃん?だから私と結婚したいって人メッチャおるんけど、やっぱ幸せになりたいから本当にいい人と結婚したい」
「取り合えず結婚してダメだったら過去に戻ればいいんじゃない?」
「知ってる?人が本性出すのに結構時間かかるンよ。そうこうしてるうちに心がお婆ちゃんになってまう」
なんか、悟ったような表情に思わず考えてしまう。
「でもいま僕と付き合ってるのは、未来で僕が結婚するからじゃないの?」
「それは分からん」
「なんで?」
「なんでって、大地くんが決心しない限り信じる世界線と信じない世界線の両方がありえるから」
この子、本当は頭のいい子なんじゃないか。
なんかとても逃げたくなってきた……。けど今はボートの上、はぐらかしつつ今日はもう帰る方面で話をつけよう。
「僕も信じられないよそんな突拍子のない話」
「待って!今帰るって言おうとしたね?」
「してないよ!」
「今日はもう帰ろうって大地くんが言ったのを聞いて過去に戻ってきたの」
「それは証拠にはならないよ」
「じゃあ今から1分後に誰にも教えてない秘密を言って!それを今答えるから」
「わかった」
「…………。」
「やっぱり出来ないんだね」
この子変な子だ……、なにか怖いことに巻き込まれるかもしれない。早く帰んないと。
「どうして秘密を言ってくれなかったの!」
「言おうとしたよ!何で怒ってるの?」
「大地くんが秘密を言ってくれないと証拠にならないでしょ!」
「それは君が過去に戻れない証拠じゃないのか!」
「しっかり決心してから言って!じゃないと未来が決まらないから」
「今日はもう帰ろう!デートで喧嘩なんて最悪だ」
「言ったね?」
「何を?」
「今日はもう帰ろうって」
「言ったけどそれが証拠だって?」
彼女は頷く。
「今1分たった。やっぱり大地くんは秘密を言わなかった」
ますます恐ろしい。
「確かに、そうだけど……。」
「ウチね、大地くんと結婚したんよ。けど幸せになれなかった。大地くんは今日のこのときウチの話を信じてくれたけど幸せにはなれんかった」
つまり彼女は僕と結婚して、家庭が崩壊したあと今日のこのときに戻ってきたのか。
未来の僕が過去に戻れる彼女と生活しているのを想像する。想像の中の彼女はいつもどこか寂しそうだった。
テーマは「我々の知らない世界もひょっとしたらあるかもしれない」です。