お嬢様、激おこ
ここに、開花の時をみた。
群生する花々の中、他と違う自らを自覚し、蕾のままであることでその群れの中に溶け込もうとしていたその花が、ついに花咲く時がきたのだ。
常に相手をたて、自らは必要以上に目立たず、家族といればそれに寄り添い、友といれば支えになる。優しく、控えめで、茶目っ気もあり、それでいて頼もしい。
そう、蕾でありながらも周囲を惹きつけてやまなかった彼女が、そうやって周囲に溶け込もうと気を配っていた彼女が、ついに自ら咲き誇ることを決めたのだ。
それは、人の輪に溶け込めなくなる覚悟を決めたということだ。
彼女が重大な覚悟を決めたこのとき、私は自らの職分を全うする為、常以上に気を引き締めざるをえなかった。
自分の異能を自覚した時、蕾のまま生きることを決めた、健気なこの子を見守ろうと決意して幾年が過ぎたことだろう。
それは思うよりも早く訪れた。しかし、見守ろうとした時からこのときを、私は誰よりも期待していたのだ。
背筋が震えそうになる。が、私は私に期待される職分の一つに「冷静さ」があることを理解している。ここで感情に任せた挙動はできない。
それは、とある調査内容を伝え終えると同時におきた。報告の途中にその変化の兆しはあったが、劇的な変化は内容を全て聞き終えたときおこった。
お嬢様は堪え切れないといった様子で椅子から立ちあがったのだ。あまりの勢いに椅子が倒れる。そして、ついに、
お嬢様は激怒した。
常日頃の、誰にでも分け隔てなく接するあの笑顔がそこにはない。
夏の草原に咲き乱れる花のような陽気に満ちた姿はそこにはない。
お嬢様は激怒なされたのだ。
ここにあるのは「敵」に対する明確な怒りだ。
その表情、立ち居振る舞い、全てに怒りがみてとれる。
その眦は、いまやかつて見たことがないほど吊り上り、握りしめられた掌からは血の気が失せていた。
指示を飛ばすその声も怒りに震えている。
この、異色の花は、咲き誇ったその瞬間から他を圧倒する。
自らの異能を自覚し、孤独を恐れ、それゆえ閉じこもることを選んだ彼女は、己のためではなく、友のためにその枷を解き放ったのだ。
もう、彼女は止まらない。
もう、彼女を止める事はできない。
もう、彼女は群れに、戻れない。
歩む方向をみつけ、進むことを決断した彼女は先ほどまで蕾であったことが嘘のように可憐にして苛烈だった。
この苛烈さは棘だ。
そして、その棘は自らにも向けられている。
友の窮地を気付くのが遅れたことを悔やんでいるのだ。
友の苦悩を知らずに過ごしていたことを恥じているのだ。
友の孤独に気付けなかった自分が許せないのだ。
―お嬢様―
私はその開花に感動し、見惚れ、危うくすべてを受け入れてしまう寸前で、己に己の職分を言い聞かせたのだ。
私に声をかけられたお嬢様は、ハッっとした様子で私をみた。もちろん私を忘れていたわけではない。自身が冷静でないことに気付いたのだ。しかし、私は己の職分を全うする。
―お嬢様―
再びの声掛けに彼女は常のお嬢様へと瞬く間に戻られた。
―いや、「常のお嬢様」ではない。孤立を恐れ、孤独に怯えて隠れていた女の子は、今や強かにその才能を隠している。逃げ隠れているのではない、戦いに備えているのだ。必要とあらば、その爪は容赦なく「敵」にふるわれることだろう。
「あの子の身辺警護をせねばなりません。人選は任せます。必要なだけさきなさい。」
「ふぅ、まぁ細かいことは現場の判断に任せるわ。すべて滞りなく進むようにね。惜しみなく使っていって。人も、お金も。情報も。」
「それと、これは戦争よ。」
いくつかの打ち合わせの後お嬢様は宣言した。
そこにはなんの気負いもない。
「私の友達を取り返すのはもちろん、二度と同じことができないように懲らしめてやるの。そうね、さしあたって幾つか権利を譲ってもらいましょう。誰に喧嘩を仕掛けたのか理解してもらうためにね」
決意を込めて語るお嬢様。その間お互いの視線がそれることはない。見つめあったままお嬢様は続ける。
「私が指揮を執るの。貴方、自分の行先がわかって?」
―もっとも、困難な戦場に―
私は、貴女の剣になりたい。私は、貴女の盾になりたい。だから
「ハズレ。と言いたいけどあながち間違えではないわね。」
「私がもっとも困難な戦場に出るわ。貴方は私を守りなさい。私の命令で戦い、死になさい。」
「いいこと?私の命令以外で死んじゃダメよ?」
―Valor Resolute 貴女を守り、貴女の為に死にます―
お嬢様が蕾であることを選んだ日、私は騎士であることをやめた。
お嬢様が花開いた今、私は再び騎士になる。
―Valor Resolute―断固たる勇気をもって、私は貴女の剣になり、盾となる。
私は、私の職分を理解している。