番外編〜ふわふわ王子と綿菓子姫〜
本編に登場した葛城友里亜と土橋薫の恋愛模様です。本編の裏でこんなことがあったのか〜と読んでいただけたら幸いです。
たぶん4話くらいで完結します。
私、葛城友里亜は小さな頃から「一番可愛い」を欲しいままにしてきた。
父親がイギリス人で母親は日本人(といってもカナダ人と日本人のハーフ)という国際結婚により生まれた私は、生まれも育ちも日本である。因みに父は国内の外資系企業で勤めてはいるが出張だらけで、海外出張の度に母は父に付いていってしまう。
そんなラブラブな二人のなりそめは、かれこれ25年前に遡る。
若かりし頃の父が日本に留学した際、当時大学生だった母に一目惚れをしたらしい(よくある話だ)。そして猛アタックした末に、なんと結婚(父は全てをすっ飛ばしてプロポーズしたという話だ。親戚一同口を揃えて言うから間違いない。そしてお気楽な母は『カッコいいし紳士だからいいよ』とその辺まで散歩に行ってくるわ的なノリで承諾したとのこと)し、父が母の実家に婿入りした。1年の留学に来たはずが父はちゃっかり日本で就職先まで見つけ、今に至る。父は相変わらず母にベタ惚れだし母も能天気だから(加えてイケメン好きなので)今でも二人でイチャイチャしている。…この年齢になって弟や妹はできないと信じているんだけど、時々心配になるのは仕方ないと思う。
とにかく、そんな両親の間で長女として育った私は、否応なしにしっかりするしかなかった。出張で家を空けるに飽き足らず、しょっちゅう二人でデートや旅行に行ってしまうのだから、弟と妹を面倒見るのは必然的に私の仕事となる。小学生高学年になる頃には家事全般はできたし、家計の遣り繰りもするようになっていた。…当然、私に自由は無いわけで、当時から目標は『力をつけてこの家を出て自由を手に入れる』だ。動機は微妙だが、目標達成のために勉強や自分のためになると判断したものについては全力で取り組んだ。お陰さまで高校は地元で一番の進学校、その中でも上位に入ることができた。それが私のステータスになっているのだから、努力に応えてくれる頭脳と勉強をしたくなる環境を与えてくれた両親には感謝している。
前置きが長くなったが、私の容姿は整っている。自意識過剰だとか自画自賛するなとは言わないでほしい。過去に何回か芸能界にスカウトだってされたことがあるほどの外見だ。第三者が見ても可愛いと思うのだし、自分で自分を誉めてもバチは当たらないはず。
私の外見は両親の良い所…つまり手足が長いこと、髪は栗毛で緩いウェーブがかかっていること、緑がかった瞳に大きな二重の目、細面できめの細かい肌など、凡そ世間一般の女の子が羨ましがる要素を持ち合わせている。日本人離れした容姿は人に西洋のお姫様を想像させるらしく、ついた渾名は『綿菓子姫』。
そんな私を皆がちやほやし、私も容姿を有効に利用して順風満帆な生活をしてきた。ただ、日々の生活に追われて、それを堪能できなかったのは口惜しい。けれどもそれは大学に入ってからのお楽しみだ。どこにいたって、『皆の一番のお姫様』になれるはずだものね。
…なんて暢気に考えていた自分が今となると恥ずかしい。
期待が打ち砕かれたのは、大学の入学式の日。私はややテンションの高い両親と別れ、正門から会場である大講堂に向かって歩いていた。
地元の国立大だけど、自宅からはかなり遠くて下宿生活ができることに内心受かれていた私。並木道には既に散った桜の花弁が敷き詰められて薄桃色の絨毯が広がっていて、その上を歩くと自分が特別な存在になった気がする。長い坂道を登りながらその美しさを堪能していると、スーツを着た子が一本の桜を眺めているのが視界に入った。その子は自然な笑顔を作り、そしてふと私の方に顔を向けた。
「綺麗…」
目を見張るほど、綺麗な子だった。外見は化粧気もなくて野暮ったいが十分整っていたし、何より清楚の言葉がぴったりな雰囲気を醸し出している。
負けた。
別に容姿は勝ち負けじゃないけど、彼女を見た私の第一印象はそうだった。そしてその直感通り、彼女は文学部の一番人気の女の子になり(よりによって同じ学部の同期だったのだ)、私は『二番目に可愛い子』に格下げされた。
昔に戻れるなら、私は過去の自分に教えてあげたい。上には上がいるんだよ、と。
彼女、岡部満里子を言い表すなら、『天使』という表現になるのではないだろうか。
体型は標準よりやや細めで華奢な印象を与え、儚げに見える。すらりとした足はモデルのよう。髪は真っ黒でショートボブ、瞳は焦げ茶色、というよくある色合い。けれどもビックリするくらい顔が小さくて、大きな目や桜色のぷっくりとした唇、綺麗な鼻梁に、透明感のある白い肌は絶妙なバランスで彼女の顔を彩り、精巧な美術品に見える。中途半端な美しさではないから、やっかみなど生まれるはずもなく、周りは羨望の眼差しを向けるしかない。住む世界の違う人間、とでもいうのだろうか。
生まれつき可愛い容姿をもった私でさえ羨ましいと思うくらいの美貌。
しかしながら、驚くことに当の本人は自覚がない。最初は何の嫌みかと思ったが、本当にそう思っているらしい。彼女の自信の無さが言葉の端々に散りばめられていて、それは嘘に聞こえなかった。
人の欲や悪意を嫌というほど見てきた私は、言葉の裏にあるものを読み取ることは得意だ。けれども彼女には裏は感じられず、素直に思ったことを言っているだけのようだった。結論、超がつく天然で鈍感という、性格まで可愛らしいことが分かり、天は二物を与えないというのは嘘だと叫びたくなったくらいだ。
最初は彼女のアラを探していたワタシも、いつしか懐柔されて友人となっているのだから、天然物は本当に怖い。
岡部満里子、町村瑞希、宮藤多江と私は今でこそ信頼できる友人同士になったが、出会った当初はそれぞれの意図をもって接触していた。
満里子は独りの淋しさに堪えかねていた。瑞希はお人好しだから一人ぼっちの満里子を見捨てられなかっただけ。宮藤多江は瑞希のお兄さんが好きで間を取り持ってもらいたかった(まぁ、今は別の人を好きになってその人と付き合ってるけど)。そして私は満里子のアラ探し。
そういった思惑があったはずなのに、気づけば仲良くなり、今では親友と言っていいほど互いのことをよく知っている。
そして私たちはそれぞれが整った容姿だから、美人4姉妹なんて言われ、ある意味私の念願通りにちやほやはされている。
「友里亜の友達の岡部満里子さんって、本当に綺麗だよなぁ…」
うっとりと呟いたのは、私の隣に立つ男。私は思わず息を止めた。そんなことに気づかない男は恍惚とした表情で宙を見つめている。他の人が同じ表情をしたら絶対にだらしなく見えるのに、『理学部の王子』とあだ名される綺麗な顔はそれすらも帳消しにしてキラキラオーラを放っていた。
「あんな美人がこの世にいるんだな…。俺、岡部さんに微笑まれたら鼻血噴くかもしれない」
キラキラオーラの王子様は、ドン引きなことを平然と口にする。鼻血噴くって…もっと違う表現があったでしょうに。
…それよりも、今。この人は岡部さん、と言った?
「土橋先輩も、やっぱり満里子が好きなんですか?」
私は動揺を抑え、彼に問い掛けた。声が微かに震える。
「好き?あ〜…どうかなぁ?でも、落としてみたいな。彼女になってくれたら良いのに。なぁ、友里亜。満里子さんは俺のこと、タイプだと思う?」
ふわりとした髪を掻き上げ、先輩は私に目を向けた。弧を描く唇が無言で私の言葉を催促する。
「知りませんよ。そもそも私には関係ないですから。勝手に告白でも何でもしてくれば良いじゃないですか」
最初は勢いの良かった声は、語尾に向かうにつれて小さくなっていく。
鼻がツンとして俯くと、ポタリと涙が靴の上に落ちた。涙はエナメル製のクリーム色のパンプスにぶつかって弾ける。
私は唇を噛み締め目を見開くと、皆が可愛いと賞賛する笑顔を作って右隣の土橋先輩を見上げた。
大丈夫、ちゃんと笑えてる。
「その代わり、満里子を泣かせたら承知しないですから。覚悟してくださいね」
挑発するように唇の端を吊り上げて、拳を腰に当てた。
思ったより、普通に言えた。
心臓はドキドキしているし、目だってきっとよく見たら涙が溜まってると思う。けれども声はいつも通りの高さだ。
大丈夫。
私は口の中で呟く。
先輩は一瞬眼を丸くし、そして蕩けそうなくらい優しく微笑んで頷いた。
胸がつきりとする。
大好きで大嫌いな先輩の笑顔が眩しくて思わず目を伏せると、大きな手が肩に乗せられた。
「大丈夫だよ」
その言葉に、鼓動が跳ねる。
何で今、それを言うの?
体が急激に冷えていく。心が凍りついていく。
「友里亜、次の講義に間に合わなくなる」
「…うん!」
足取りが遅くなった私を先輩が急かす。私は顔を上げてにっこりと笑ってみせた。
土橋先輩は高校のテニス部の先輩だ。
うちの高校は校則が緩いので先輩は髪の毛を明るい茶色に染めていて、眉毛は脱色してある。大きなアーモンド型の目は内斜視で、薄い唇はアヒル口。子犬のような表情は年齢不詳の可愛らしさだ。先輩が『王子』と呼ばれるのはこの童顔のせいでもある。高校の時から女の子に人気で、隠れファンクラブがあったくらいだ。
その王子様の隣には、いつも私がいた。物語の王子様はお姫様と結ばれるのがセオリーだから、周りも何も言わなかったし、寧ろ私たちをくっつけようとする輩まで存在した。
最初はそれが迷惑だった。
理想像を押しつける人たちも、それを拒絶しない先輩も、みんな嫌いだった。けれども、それが嫌じゃなくなり、私は先輩に恋をした。蜂蜜のような外見と言動にほだされて、いつの間にか私は心を絡め取られてしまったのだ。
先輩はいつも私に
「大丈夫」
って笑ってくれる。泣きそうな時、辛い時、逃げ出したい時、いつだってそう紡いで肩に手をのせるのだ。先輩は言葉数が多くないし、自分の中で完結してしまって説明不足なことも多い。
それでも先輩が「大丈夫」と言ってくれたら、すべてうまくいく気がしていた。
「大丈夫」
は私のお守りだ。大切で特別な呪文。先輩が大丈夫と微笑む度に、私の心に魔法がかかる。先輩を好きになったきっかけも多分、この言葉だと思う。
先輩は私のことをただの後輩だと思っている。それは先輩の口から嫌というほど聞いてきた。
でも、私は。
私は先輩が好き。
伝えられない想いに蓋をして、私はいつも怯えていた。
いつか先輩が彼女を作ってしまったら、私は先輩の隣にいられなくなる。そしたら本当に、ただの後輩になってしまう。
欲しいものを欲しいと言えないのは私の悪い癖で、いつだって他の人に譲ってきた。まるで、欲しくなかったからあげたかのように。本当は欲しかった、と叫ぶ心を無視して笑う。
今回も、そう。
きっと私は先輩に手を伸ばせずに、先輩が誰かのものになるのを指をくわえて眺めるだけ。
けれどもそれが先延ばしになってくれたら、いつか先輩が私を好きになってくれたら。
そう願うだけの私には、やっぱりご褒美はもらえない。
ねぇ、先輩。
臆病な私はいつまで貴方の隣にいられるの?
いつまで、好きじゃないフリをしたらいい?
私は、どうしたらいい?
先輩が「大丈夫」と言ってくれたら、どんな未来も信じられるけど。今回だけは信じたくない。
満里子がフッた土橋先輩は友里亜の想い人です。
友里亜は見た目フワフワのお姫様ですが、中身はしっかり者のお姉さんです。周りのことにはよく気がつくのに、自分の好きな人に対しては鈍感です。…そんなはずはない!と心のどこかで否定するからなのかな〜…