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番外編〜ふわふわ王子と綿菓子姫 第5話〜

「大体さ、何で気づかないかなぁ…」

そう呆れる先輩に、私はうっと言葉を詰まらせた。

「周りの奴らは俺が友里亜のことを大好きだって知ってるのに」

こうして冷静に考えてみれば思い当たる節はいくらでもあったのだ。そんなわけない、と否定していたから気づけなかっただけで。

自分の不甲斐なさに顔を両手で覆った私に、楽しげな笑い声が降ってきた。

それにさ、と先輩は言葉を続ける。

「友里亜は高校時代、何で俺とくっつけるようなことを周りがしたのか知らないだろうけど…実は俺、荒れてた時期があってさ。誰もが手を付けられなかったのに、友里亜と一緒にいるようになってから落ち着いたから。俺と友里亜を離して面倒を起こしたくなくて、皆は俺を友里亜に押し付けただけだしさ」

知らなかった先輩の過去と事実。…それで周りが私と先輩をくっつけたがったのか…。真実が解ってくると何とも脱力しそうな話でしかない。

それにしても、何で先輩は私を好きになってくれたんだろう?出会った当初の私は先輩を嫌って、ツンツンしていたのに。

顔から手を外して見上げれば、そんな疑問を口にすれば、話すのを忘れてたね、と微笑まれた。

「高校時代の友里亜がよく行ってた駅前のスーパーを覚えてるかな」

「はい。…って何で私が駅前のスーパーに買い物に行ってたって知ってるんですか」

そんなことを先輩に話した覚えはない。そう訝しむ私に先輩は笑いながら種明かしをする。

「俺の実家、そのスーパーなの。だから客としてやってくる友里亜を、高校に上がる前から知ってた」

「…そうなんですか」

初耳だ。そんな話も先輩から一度も聞いたことはない。

「まだ中学生の友里亜が買い物かご片手に商品選んでてさ、最初は子供が買い物をしてる物珍しさで興味を持ったんだ。

友里亜はしょっちゅう買い物に来るし、たまに小さな弟や妹を連れてる姿も見かけたよ。『お姉ちゃん、今日のご飯はなぁに?』なんてじゃれる弟を見て、あぁこの子が家事を請け負って弟妹の面倒を見てるんだって分かった。

…ちょうどうちは両親が離婚するとかで揉めてたから、友里亜もそういう家庭で家事をしなければいけないんだろうと勝手に親近感を覚えたりもした」

まぁ、実際は海外出張でしょっちゅういない両親の代わりだったわけだけど。

そう苦笑して、先輩は私の髪を撫でる。先輩の細くて長い指が髪をすく度に、背中がソワソワして落ち着かない。

「そうやって眺めるだけだった友里亜が高校に入学して、テニス部に入部してきた時はビックリしたよ。で、どんな子だろうと見ていれば、誰よりも早く来て練習したり自主練したり…頑張り屋なんだなって感心した。そうしてるうちに友里亜を好きになって…そこからは必死だったよ」

慈しむような色に、胸がきゅっとする。思わず目を伏せれば、先輩に抱き寄せられた。

「友里亜の心が俺に傾いたと思えたら告白しようと決めてたのに、なかなか友里亜の気持ちが解らなくて言えなかった。それがまさか友里亜を悲しませるとは思わなかったんだ。ごめん」

先輩の心音が伝わってくる。運動した後のような激しく小刻みな鼓動に、私の心臓も早鐘を打ち始めた。

先輩が私のことを想ってくれているのがじわじわと伝わってきて、あぁ大事に想われていたとやっと実感することができた。

「友里亜、俺はキミが好きだよ。多分中学生の時からずっと。長い間キミだけに恋してきた。そして、これからもキミに恋をし続ける…そんな予感がする。だから、俺の隣にいてその笑顔を見せてほしい。俺だけのお姫様になってくれませんか?」

今、私は…私だけの王子様に求愛を受けている。欲しくて仕方なかった心を、先輩の特別をくれると言ってくれている。

愛しい王子様の求愛を拒めるお姫様がどこにいるというのだろうか。

「…はい。私も、先輩が大好きです」

ずっとずっと。

蜂蜜みたいに甘い容姿で、たくさんの蝶を引き寄せて。不器用な愛で包み込み、時々意地悪な側面を見せる王子様が大好き。

先輩の背に腕を回して抱きつくと、先輩の腕に力が籠った。

「俺も。…愛してる、友里亜」

耳元で囁かれる睦言の甘美さに体が震わせると、幸せそうな吐息が耳朶を打つ。

体を包む温もり、蕩けそうな声、惜しみ無く差し出される心、すべてに私は満たされていく。


目を閉じれば、欲しいものを諦めて泣いていた過去の私が、良かったねと笑ってくれた。私はその言葉に大きく頷く。もう大丈夫だよ、と笑顔で返して私は目を開けた。先輩から体を離せば、色鮮やかな世界が見える。その中でキラキラ輝く王子様が、ふわりといつものように微笑んでくれたのだった。




〜おまけ〜


「それにしても友里亜の友達って、俺の顔を見ても反応ないんだよな〜」

「皆、自分の顔が整ってるから見慣れてるのかも」

「…なるほど。岡部さんに『土橋先輩はキラキラオーラの王子様ですけど、私の好みじゃないです』ってバッサリ斬られたし、宮藤さんに及んでは『彼氏以外は皆ジャガイモにしか見えない』とか言ってたから…ある意味新鮮でさ」

「………。満里子はB専だし、多江は彼氏至上主義だから」

「友里亜は?」

「…はい?」

「友里亜の好みは?」

ニヤニヤとする薫。

「う〜ん…外見は、白衣に眼鏡が似合うクールな人が良いですね。賢いです、っていう感じが堪らないです」

真顔で答える友里亜。

「それ、俺と真逆…」

薫がズドンと落ち込む。

「…あ。せっ、先輩は特別ですって!白衣に眼鏡、似合うかもだし」

慌てて取り繕う友里亜を、薫はじとりと見る。

「…俺の白衣姿見て『アイドルのコスプレみたい』って言ったの、どこの誰だったっけ?」

「…」

私です。とは言えない友里亜。

「へぇ、そうかぁ…何かヘコむなぁ。傷心の俺を、愛しい俺のお姫様は癒してくれるよね?」

「う…」

「キスしてよ。そうしたら立ち直れると思う」

そう言って、薫は目を閉じる。


…やられた。


そこでやっと自分が誘導されたことに気づいた友里亜だが、既に後の祭り。諦めて、その唇に自分の唇を重ねるのだった。


結論…土橋薫先輩は腹黒策士の王子様です。




〜さらにおまけ〜

「多江の彼氏ってどんな人?」

一度も見たことないよね。

友里亜が尋ねると、多江はちらりと一瞥して一言。

「普通の人」

「えっ?」

「顔も性格も中の中。びっくりするくらい平均的な人。3つ上の社会人だけど、給料も平均的」

真顔で告げられ、困惑する友里亜。

「あれ?でも、多江って彼氏以外の男はジャガイモに見えるって言ってたよね?え?彼氏がジャガイモに見えるんじゃないよね?」

話だけ聞いてると、今までの彼氏たちとは系列が違いすぎない?

「平均的だから良いの。平凡顔の私にはぴったりだから」

「え?今なんて?」

「…何でもない。友里亜、土橋先輩が迎えに来たよ」

「あ、本当だ。薫く〜ん!じゃあ多江、またね」

話をすり替えられたことに気づかない友里亜は理学部の王子様の方へ駆け出した。

残された多江は優雅にコーヒーを飲む。

「私の顔は平凡だなんて、言えないわよね」

皆には秘密だ。満里子、友里亜、瑞希みたいな生まれつきの美人には一生分からないだろう。

ふとスマホを見れば、彼からのLINEが入っていた。見れば食事のお誘い。多江は顔を綻ばせて返事をする。


今日も平和に一日は過ぎていく。

これにて葛城友里亜編、完結です。なんとか丸く収まってくれて良かった良かった。徹頭徹尾、友里亜大好き〜って絡み付いている土橋先輩の気持ちにとことん気づかない友里亜をどうしようと最後までハラハラしました。腹黒策士な王子様と素直で頑張り屋なお姫様…よくあるパターンですが、現代で描くとこうなるのかという感じです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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