第一話
凸凹カップルが書きたくなり始めてしまいました。設定の甘い部分等々あると思いますが、どうかご容赦ください。
「瑞希!私の恋のキューピッドになって!」
「…はぁ?」
人生でこれほど真剣に人にお願い事をしたことがあるだろうか、というくらい全力で頭を下げたのに、目の前の友人からもらったのは何とも間抜けな応答。
町村瑞希は口をポカンと開いているし、同じく友人である葛城友里亜や宮藤多江も「は?」という顔をしてこちらを見ている。
どうやら友人たちは私の本意を理解してくれていないらしい。
「だから、私のために一肌脱いで恋のキューピッドになってほしいの!」
「今度はギリシャ神話にハマってるの?残念だけど私に羽根も恋の矢も無いよ。コスプレする趣味も無いから無理」
「ちっが〜う!違うよ!確かに最近ギリシャ神話を読んでるし、瑞希がキューピッドのコスプレしてくれたら絶対可愛いから嬉しいけど…そうじゃなくて、私の恋を助けてほしいの!」
真面目な顔をして斜め上のコメントをくれた瑞希に、若干泣きそうになる。けれどここで挫けていても仕方ない。私は、もう一度頭を下げた。
「瑞希の彼氏の、恐らくお友達の佐々木凌馬さんを紹介してください!」
目を閉じれば、佐々木さんの笑顔が浮かんでくる。
ぎゅうっと無意識に拳を握り締めた私に、瑞希は「え?」とまた間抜けな声を出した。
「まさかとは思うけど…満里子、あの鬼瓦を好きになったとか言わないよね?」
鬼瓦?佐々木さんのことかな?確かに顔はなかなかの強面だったけど…鬼瓦かぁ…。あの鋭い眼光や太い眉はインパクトあるよね。好みは人それぞれだし、私は個性のある顔のが好きだな。味があって良いと思う。
それにあの体から滲み出る威圧感。カッコいいと言わずして他に何と言うのだろう。
「うん、好きだよ。あの体格や顔、雰囲気…どれをとっても素敵だよねぇ。それに………。うん、ギャップ萌えだね」
「ギャップ萌え?あの人に萌える要素は無いけど…」
「え、あるよ!笑った顔がすっごく可愛いの!あ〜…思い出すだけでドキドキする」
顔を上げて、恥ずかしげもなく想いを吐露すれば、友人たちは顔を見合せて、そして呆れたように溜め息を吐いた。
「あのさ、満里子。前から言おうと思ってたんだけど」
「うん?」
「満里子って美人なのに、何で外見の趣味がそんなに悪いの?この前、理学部の王子様と名高い土橋薫先輩をフッたくせに」
土橋先輩…ねぇ。無駄にキラキラオーラは放ってたけど、それしか記憶にない。しかも、いつ私が先輩をフッたんだろう?それも覚えがないんだよなぁ。
「てか、先輩より佐々木さんのが断然カッコいいもん」
「うわ…。あのキラキラしてる超美形の王子様をそんな風に言うの、満里子くらいだよ…絶対。先輩、何だか可哀想…」
友里亜が痛ましそうに顔をしかめる。
彼女と土橋先輩は高校時代に部活が一緒で、今もとても仲が良い。綿菓子みたいに可愛いお姫様な友里亜とキラキラオーラの先輩なら、お似合いな気がするんだけど、二人ともそういう関係じゃないって全否定するものだから、残念だなぁって思ってたりする。
キョトンとした私とガックリと肩を落とす友里亜を交互に見比べた多江が、頬杖をつきながら柔らかそうな唇を膨らませた。
「あのねぇ…別に満里子の趣味をとやかく言うわけじゃないけど、佐々木君と満里子が並んだら、確実に実写化版美女と野獣になっちゃうよ」
多江の言葉にうんうんと頷く二人。私は首をコテッと傾げた。
「え…私、美人じゃないよ?」
身長は高めだけど、体型は標準だし、顔だって特筆するところはない。典型的な東洋人の顔だ。
疑問符を頭に浮かべる私に、再度友人たちは溜め息を吐く。
「満里子って、鏡で自分の顔を見たことないわけ?」
「文学部のアイドルが何を寝惚けたこと言ってるんだか」
「というか、外見が佐々木君じゃ不釣り合いっていう部分は完全にスルーしたね」
三者三様の回答をして、今度は生温かい視線を私にくれる。…憐れむような目で見られている気がするのは何でだろう。
「まぁ、何言ったって無理だろうし…佐々木君自体は悪い人じゃないからね。良いよ、紹介してあげる。篤史に今から会えるか聞いてみるから」
フワリと笑って、瑞希はスマホで電話をし始めた。そしてしばらくしてピースサインを見せた彼女に、私は抱きついたのだった。…勢い余って、脇にあった机の上の鞄を吹っ飛ばしてしまったのは愛嬌だと許してほしい。
私は岡部満里子。地元の国立大の文学部に通う女子大生だ。身長は165センチ、体重は…秘密。髪の毛は真っ黒のショートボブで、瞳は焦げ茶色。あまり日に当たらないから肌は白くて不健康そうに見える。
あと私は無類の読書好きで、一日図書館で過ごすこともあるくらい。高校生の時に「将来の夢は?」と訊かれ、迷いもなく「本に埋もれて生活すること」と答えて呆れられたのは何ともいえない思い出である。
何を言いたいかと言うと、要は私が本好きのどこにでもいる女子大生だってこと。ドラマや小説に出てくるようなタイプじゃない。
けれど恋はしたいし、いつか王子様が迎えに来てくれることに憧れてもいる。ただ、今までそんなシチュエーションが訪れたことは無くて(友人たちは私が尽くフラグをへし折っているだけだと言うけど)、彼氏いない歴イコール年齢を更新中。誰かを好きになることは時々あったけど、モジモジイジイジしているうちに失恋してばかりだ。
佐々木凌馬さんを初めて見たのは、瑞希と一緒に学食へ行った時。たまたまその日、法学部在籍の瑞希の彼氏、篤史君も一緒にご飯を食べようということになり、待ち合わせをしていた。学食の券売機近くで待っていると暫くして、篤史君が体格の良い男の子とこちらに向かって歩いてきた。その人は結局、私たちに出会う前に手前の脇道へ逸れていってしまったが、それが佐々木さんだった。
その時はただ背が高くて、がっしりした人だなぁと思っただけだった。たぶんあれが篤史君の話によく出てくる佐々木さんなのだろうと考えて、すぐに忘れてしまった。その後会話の中で、学食に来る直前まで佐々木さんといた、と篤史君が話していたから、やっぱりさっきのが佐々木さんなんだと認識したくらい。興味は全くなかった。
二回目に出会ったのは、大学の図書館。文学部の三年生である私は週に二日は講義の無い日がある。そんな時は決まって図書館に籠るのだ。
私は読みたい本があると、次から次へと本を机に山積みにする癖がある。その日も本を何冊も積んでいた。本を読んでいる時は至福だ。悦に入って本の世界にどっぷりと浸かっていた私は、何かの拍子に肘で本の山をつついてしまった。運悪く山はバランスを崩し、盛大な音を立てて床に散らばる。
「うわぁっ!」
可愛らしくない叫び声を上げて、私は手に持っていた本を置き、落ちた本を拾うべく床に座る。
一冊一冊拾っていると、前方からスッと太い腕が床に落ちた本に伸びた。驚いて顔を上げると、そこには先日見た篤史君の知り合い、つまり佐々木さんがいた。
佐々木さんはひょいひょい本を拾うと、表紙を軽く叩いた。そして呆然と見上げる私に目を向けた。
「これ、キミの?」
低くてどっしりした声。器用に上がった眉は太くて、鋭さを隠せていない目が私を窺っていた。
「は、はい。ありがとうございますっ!」
「…怪我は無い?」
頭のてっぺんから足先までぐるりと見回す佐々木さん。何故だか顔がじわじわと熱くなってくるのを感じながら、私は壊れた機械のように何度も頷いた。
佐々木さんはそれを見て安心したのか、拾った本を机に置くと立ち上がった。慌てて私も立ち上がり、頭を下げる。
「本当に、ありがとうございました!」
かなり上にある顔を見上げれば、何故か彼は鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしている。
「いや、うん。気にしないで。怪我が無くて良かった。次は無いように気をつけて」
やがてハッと我に返った佐々木さんは少しだけ照れ臭そうに、でもすごく柔らかな笑みを見せた。
その瞬間、心臓が、大きく跳ねる。
え…?
私はその背中が見えなくなっても、その場に立ち尽くしていた。動かなきゃと思うが、体を駆け抜けた衝撃と胸を満たす温かい何かで一杯になってしまい、うまく頭が働かない。
これって…恋?
今まで私は、日々の中で少しずつ想いを募らせて恋に変えてきていた。出会った瞬間に、なんてことは一度もない。小説の中では一目会った瞬間に恋に落ちるという表現はあるけれど、あくまで物語の中だけだと思っていた。
それなのに。
私は恋に落ちた、と自覚できるほど、佐々木さんに恋に落ちてしまった。
私は佐々木さんの声や笑顔を思い出してみる。胸がきゅっと苦しくなって、泣きたくなるような気持ちが溢れてきた。
そっか、恋しちゃったんだ。
すれ違っただけに等しい人に、たまらなく会いたい。
物語では王子様は迎えに来てくれる。けれども私はお姫様じゃないし、今までは待っているうちに失恋をしてきた。だったら、自分から動くしかないでしょう。
そう思い立ってからの私は早かった。こんなに能動的だったのも、これが初めてじゃないだろうか。その次の日には瑞希に頼み込み、即日、佐々木さんを紹介してもらうことになったのだから。