002.出会い
そんな環境で育った僕は、小学生になった。
入学式には母が来てくれた。相変わらず、「仕事が、仕事が」と言っている。小学生になってもこの環境は変わらないようだ。
僕は、学校までの道を母と歩いていた。寄り道なんてしないで歩く。
門をくぐり、学校の敷地に入った。そこには、小学校生活への期待と好奇心に満ちた子供と、そんな子供を嬉しそうに見ている親。〝一般的な親子〟がたくさんいた。僕の家と違って普通だ。これが一般的。
そんなことを考えていた僕の目を奪うものがあった。
(綺麗・・・・・・・・・。)
それは、落ちてきた桜の花びらを一生懸命追いかけている少女の姿だった。始めは、日光に照らされて少し青に見える黒髪に桜の花びらが散っているのが、夜の下で咲き散る桜のように綺麗だったので目を奪われた。少女の日に照らされた黒髪は、月に照らされた夜空を思わせた。本物の月に照らされたらもっと綺麗なんだろう。だが、見続けていた理由は別だ。花弁を一生懸命楽しそうに追いかける少女の表情に見とれてしまったのだ。
(かわいいなぁ・・・・・・・・。)
その言葉が出てきて、顔が火照った。だって、そんなことを思ったのは初めてだったから。そんなこと思ったなんて誰にも知られるはずが無いのに、自分の心に恥ずかしくなった。
「やーちゃんー、行くわよー。」
そう少女に声をかけたのは、多分、彼女の母親だろう。
「えー!あと、ちょっとー。マコちゃんに、お花、あげるのー!」
と少女がかわいらしく返す。すると、少女の母親はクスクスと笑った。隣にいた男性――――父親も笑う。
(そっか・・・・・・・・、両親が来てるんだ・・・・・・・・・。)
羨ましい。両親が喜んできているあの家族が羨ましかった。いつもだったら、こんな感情は押さえつけてるのに・・・・・・・・、今日は駄目だなぁ。思ったより、浮かれてたのかもしれない。
「あ!採れたー!!」
そう言うと少女は母親に駆け寄り、
「採れた、採れたよ!!」
と握った手をブンブン振る。その手の中には花弁が入っているのだろう。
「マコちゃーん!お花だよー!桜だよー。」
少女は母親の腕の中にあるものに言った。そう、母親の腕の中には赤ちゃんがいたのだ。
「あ!マコちゃんがニッコリしたー!」
「良かったわね、やーちゃん。」
「うん!はい、マコちゃん、あげる。」
少女は、花弁を母親の腕にいる赤ちゃんに渡そうとしたが、背の低い少女には届かない。ピョンピョンと跳ねている。母親は少女が届く高さまでかがんだ。そして、少女は赤ちゃんに花弁を握らせた。
「・・・・・・・。」
「如何したの?やーちゃん。」
「マコちゃん、お喋りしない・・・・・・・。」
「あらあら。生後一週間じゃぁ喋らないわよ?」
「えぇーー!!?」
当たり前だよ!!
少女を眺めた後、僕は昇降口に行った。保護者は体育館に集合なので、ここには生徒しかいない。
僕の前にいたさっきの黒髪の少女は、自分の下駄箱を見つけると、
「おぉー!ちゃんと名前が書いてあるー!!」
と言っている。逆に、名前が書いて無くってどうやって見分けるのかを訊きたい。その後、上履きを入れると、
「は、入ったーーー!!」
と言う。いや、入らなかったら問題があるから・・・・・・・・・。
何か、調子が狂う。つっこまずにいられない。いや、ツッコミどころが多すぎるんだ。そんな自分に混乱していると、黒髪の少女は初めて僕を認識した。
「・・・・・・・・。」
(何!?何故かすごく見られてる!!?)
僕がパニックに陥ってると、
「っあ、水原瞬だ!!」
と少女は叫んだ。え!?え!!?僕は思わずフリーズしてしまった。駄目だ・・・・・・、頭が追いつかない。
「・・・・・・・、」
少女はしばらく僕をジーっと見つめた後、
「・・・・・・?」
コテンと首をかわいらしくかしげ、僕に背を向けていってしまった。