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ある剣道部の戯れ

作者: 和戸川悠

ここはある地方都市の中学校体育館。



「我々三中剣道部、来週の新人戦は必ず獲るぞっ」



「ハイッ」



「俺たち引退した三年生は応援に回るが、お前達しっかりたのむぞっ」



「ハイッ」



「それから新キャプテンの神取、お前はちょっと残れ」



「ハイッ」



「じゃ、解散」



「ご苦労様っしたあー」



――――――――――――――――――――――――――――――


俺は前キャプテンの谷岡さんを尊敬している。力量では遠く及ばないが、谷岡さん達三年生の名誉を汚さぬ為に命をかけるつもりだ。


「いいか神取、新人戦は、キャプテンであり大将でもあるお前の剣にかかっている。わかるな」



「ハイッ」




「そこでお前には俺の秘剣を授けよう。これでお前の勝利は65%間違いなしだ」



「???」




うっ、なんて微妙な勝率。そ、そうか、それだけ高度な技ってことか。モノにしてやる…… 頑張ります、谷岡さん。



「うーん、でもどうすっかなあ」



た、谷岡さん……何故にいまさら悩んでるのですか。あれだけ自信満々に言ったのに……




「うーん、じゃあこれやってみろ」




「ハイッ」




「面を打つ、と見せかけての胴ってどう?」


な、何故に質問形?大丈夫なのですか谷岡さん。



しかもその技って小学校低学年レベルのだまし技なのでは……




「神取ィ、なんだその顔は。疑ってるのか貴様」




「い、いえ。決してそんな……」




「いいか神取。思いっきり振りかぶって胴、だぞ」




「ハイッ」




「たとえ相手の面が、がら空きだとしても、胴、だ」




「ハイッ」




「お前にとっての面、は、胴、であり、胴、は、胴、だ。どうだこの胴はどう思う?」



ううっ、もうなんだかよくわからない。しかし谷岡さんの言うことに間違いは……ないはずだ。 「それからな。今日から試合まで面っていう言語は禁止だからな」 「ハイッ」


「どうにもどうにも可愛いヤツだなお前は」




「た、谷岡さん。ただ単に、どう、って言いたいだけじゃ……」



「どうしてお前はそんなことを言うんだ?俺は悲しいぞ神取」



「済みません。俺頑張ります」




それからの俺は胴の練習の鬼と化した。そしていよいよ試合前日になった。試合前の最後の練習だ。今日は谷岡さんもそばで見ていてくれている。




「おい神取、お前の胴はなかなかどうしてどうにもいい胴だな」


「ハイッ、谷岡さん。自分もどうにかどうやら胴が好きになりました。どうもありがとうこざいました」




「どういたしまして」




た、谷岡さん……そんなご丁寧な挨拶を俺なんかに……


「ちなみにあれからまだ、面、とは言ってないよな」




「ハイッ」




「お前は元々面は得意だからな。本番ではなんとかなるさ」



「ハイッ」




「でもさあ、面を打つときはどうしてんの?」




「ハイッ、全て、胴、と叫んでおります」




「うーん中々めんどうだな。なにせお前にとっての面は胴であり胴は胴なんだからな。どうしてもめんどうだ」




た、谷岡さんがやれって言ったんじゃないスかそれ。しかも俺はもう胴の魅力にとりつかれてどうしようもないんです。どうしましょう谷岡さん。どうにかしてください。



「それにしてもお前のその小手ボロボロだな」




「ハイッ、二年間使い続けております」



「ようし、ちょっと待ってろ」




谷岡さんがどっかいっちゃった。一体何をしているのだろう。おっ、戻ってきたぞ。してその手に持っているものは……




「神取、お前にこの小手を授けてやる。はめてみろ」




「ハイッ」




うっ、臭い、臭過ぎる。ん?でもこの匂いは……




「どうした神取。気に入らないのか」




「い、いえ。ただこの匂いが……」




「なにぃ、俺の根性と汗の匂いが嫌だと言うのか」



「いえ、ただその……」




「なんだ?言ってみろ」




「家のパグ犬の……」




「パ、パグ犬?」



「ハイッ、家のパグ犬の匂いと同じであります」




「な、なんとパグ犬と俺の小手の匂いが……?」




「ハイッ、特に肉球の匂いにそっくりであります」




「そのパグ犬は元気なのか?」




「いえっ、去年死んだものであります」


「そうか。ちなみにそのパグ犬の名前は?」




「ハイッ、ゴンであります」




「ようし、その小手は今からゴンだ。決して俺の小手だと思うな」




小手……がゴン?そうかゴンだから臭いのか。承知!今からこの小手はゴンです谷岡さん。


「明日の試合はそのゴンと共に戦え。いいか、その小手はもうゴンそのものだ」




「はい、この小手はゴンそのものであります」




「後は俺の教えた胴も忘れるなよ」




「ハイッ」




「でもゴンも忘れるなよ」




「ハイッ」




「でもやっぱり胴がメインだからな」




これではまさにどうどう巡りだ。でも俺はもう、胴のことも愛してしまっていた。

――――――――――――――――――――――――――――――


俺はその晩ゴンを抱いて寝た。凄く落ち着く。しかし胴のことも決して忘れない。俺にとっての面は胴で胴は胴でどうしても胴で勝ってやるが小手のゴンも味方してゴンが小手で小手がゴンだなおやすみゴンおやすみ胴……むにゃむにゃ




――――――――――――――――――――――――――――――



いよいよ試合当日、空は青く冴え渡り、もはや勝利は自明の理。何せ俺にはゴンと胴がついている。




防具袋は肩に担ぐが、ゴンだけは胸に抱いていく。



あっ谷岡さんだ。頑張りますよ今日は。




「おーす神取。おっ、ゴンは抱いちゃってんのかお前」




「ハイッ、もういとおしくて」




「ははっ、しかしゴンはクセーな相変わらず」




「そりゃないっすよ谷岡さん。可愛いんですよコイツ」




「ははっ、でも胴も忘れないでくれよな」



「いやですよ谷岡さーん。忘れるワケないじゃないっすかあ」



「頑張ってくれよな今日は」




「ハイッ任せてください」




――――――――――――――――――――――――――――――一回戦



チッ、いきなり二対二の大将戦か。まあいいさ。俺には谷岡さんの胴があるしゴンもいる。負けるワケがないんだ。



「始めい」



ようし、面は胴で胴は胴で小手はゴンだな。先ずは面を打つふりをして



どおーうっ




か、空振りかよ。済みません谷岡さん。今度は必ず成功させてみせますから。ん?コイツ面がガラあきだぞ。でも面は打つなと言われて、うっ、いきなり攻めてきたぞコイツ。うわっ!




どおーっ


パコン



あ、当たった。しかも反射的にめ、面に。



チラッ



審判は?




「やめい」




「君、今はどこを狙ったの?」




「ハイッ、め、面を狙いました」




「じゃあなんで胴って言ったの?」


「ハ、ハイ済みません」



「ちゃんと打突部位を宣告するように」



「ハ、ハイ」




「始めい」




チクショウ、一本損した。ガチッ、つばぜり合いか。うーんゴンの肉球の匂いがする。ゴンよ一緒に戦ってくれ。頼むぞゴン。




ごーーん




ポコッ




今度は決まった。間違いなく相手のゴンに……あれっ。




「やめい」




「君、今のごーんっていうのは何?」




「ハイッ、済みません」




「君、あんまりふざけてると反則とるからね」




「ハイ」




「はじめい」


中々うまくいかない。チラッ。うっ、谷岡さん、なんであさっての方向いちゃってんですかあ。




ポコッ




「小手ありいっ」



ヤ・ラ・レ・タ



シ・カ・モ



俺の大切なゴンに……ゴンにゴンにゴンにぃーー




「二本目え」




うおおおぉぉぉぉぉぉぉっ



どうゴンどうゴンどうどうごぉぉぉーーん


○△□@×△○/@/×□!./@-×□○△



ボゴバコカコピケカス



はぁはぁはぁ、参ったかあこの野郎。俺のゴンを殴りやがってこの乱暴者がっ。




谷岡さん俺やりましたよ。やっちゃいましたよ……ってあれっ、なに下向いちゃってるんですかあ谷岡さーん。



「やめい」



「暴力行為により赤の反則勝ち」





万年一回戦敗けの三中剣道部に未来はあるのか





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― 新着の感想 ―
[一言] 旧キャプテンのどういたしましたで吹きましたわ
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