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『加速する拳』08

 煙草臭い。それが扉を開けたイヴァナが最初に抱いた感想だった。

 町外れにあるその倉庫群は、一棟のみを残して今は使われていない。使われている一棟も、きっと正式な手続きを踏まえて使用されているものではないだろう。

 倉庫内に立ち並ぶ檻状のコンテナには、無数の少女たちが囚われている。鉄格子に縋り付く彼女らは一様に小さく震えており、中には失禁している者もいた。不自然に目が泳いでいる者や支離滅裂なうわ言を呟いている者も何人か見受けられ、とてもまともな人間には見えない。

 動物園の如き様相を呈するコンテナをざっと一望したイヴァナは、不愉快そうに眉をひそめた。

 コンテナが囲む中心には一台のテーブルと、それを囲みギャンブルに興じる四人の黒服の男たちの姿があった。イヴァナが入ってきたのに気付くなり、彼らはさっと身だしなみをを整えて起立する。

「クル・ヌ・ギアから来た。捕獲した少女たちを受け取る。……人数は?」

「和田町から8人、ほかから20人、合計28人ですな……んふふふ」

「目標数の30に達していないようね」

「んふ……1人は今さっきちょうど捕まえたって連絡があったばかりですわ」

「それでも29だ。本当にそれだけか? 何か隠し事をしているように見えるが?」

「やっぱり魔法少女様に隠し事はできねぇですなァ。1人は四人でマワしてる内にいつの間にか死なせちまったんですわ……んはははは!!」

「…………」

「ふふふふ…………うっ」

 先頭に立って報告をしていた男の汚い笑い声が一瞬にして止まる。彼の眉間にはいつの間にかダガーが深く突き刺さっていた。

 マジカライズウェポンと思われるそのダガーを引き抜いて男を蹴り倒すと、イヴァナは残る全員を禍々しいまでの強烈な眼力で睨む。

「そこの3人。こいつの二の舞になりたくなければ、ふざけた事はしないほうがいい……」

 3人は返事すら喉を通って出てこない、といった様子だ。ただあんぐりと口を開けたまま、身動き一つ取れずに固まっている。

「カットカット! 即死させるなんてナンセンスだヨ。もっと苦しみ悶えるとこを見せてくれないとサー!」

「……っ!」

 倉庫にまた別の少女の声が響き渡る。

 イヴァナが更に不愉快そうに歪んだ顔で振り返る先には、緑のメッシュの少女が呆れ顔で肩をすくめる姿があった。

「血の量も足りないし、刺し殺すなら喉とか目とか痛そうじゃないと駄目だヨ! 0点ダ!」

「貴女のクソ下品な趣向のもとに私を評価するな」

「批評家相手にムキになってちゃまだまだだネ~。ヒヒヒヒ!!!」

 新たな笑い声は倉庫のなかをいつまでも反響する。それがイヴァナに与える不快感は計り知れない。しかし相当なストレスを与えているであろうことは、握り締められた拳が確実に物語っていた。



 目を覚ました緋桐が最初に見たものは、目と鼻の先にあるシルヴィアの顔だった。いつかの朝もこんな風な目覚めだったな、とぼんやりした頭が回想する。

 やがて回想の中の時系列が気絶する寸前にまで追いつくと、焦燥からか緋桐の顔が見る見るうちに青ざめていった。

「ゆず……さっき私と一緒にいた子は!?」

「転移魔術で連れ去られた。私も後方で見ていたが間に合わなかった。……謝る」

「謝らないで……シルヴィアちゃんに責任はないよ」

「…………今は粟ヶ窪朱莉と上福元紗雪が術式痕の解析をしている。解析が完了次第、敵地に潜入する」

「そっか……」

「…………」

「私、最低だ……。あの時こそ戦わなきゃいけなかったのに。体は動いていたのに。……自分が暴力を振るう側になることが怖くて、大切な友達を守れなかった。捜査中に自分のことで勝手に動いちゃった結果がこれだなんて……」

「彼女の目の前で魔術を使いでもしない限り、面会して話すこと自体には特に問題はない」

「ううん、不安な気持ちを忘れたくて会いにいったのは、やっぱり駄目だった。……そんな甘えた気持ちでいたからこうなった」

 寝かされていたソファから体を起こす。ふと時計に目をやると、ちょうど短針が頂点に辿り着いたところだった。あれからもう4時間近く経っている。

 親友が誘拐されたというのに、4時間もずっと眠っていたというのか。

 どこまでも甘い自分が憎くて仕方ない。思い返せば思い返すほどに腹が立つ。それと同時に、確固たる決意が心の中に芽生え始めていることを緋桐は実感していた。

「私、今度こそ戦う。どこまで出来るかはわらかないけど……私が迷っている間に誰かが悲しんでいるなら、そうさせる人と私は戦わなきゃいけない」

「…………わかった」

 シルヴィアは少しだけ俯いてから頷く。彼女の希薄な感情表現が、自責と決心に燃える今の緋桐に伝わることはなかった。

 支度らしい支度もしないまま、二人は急いで玄関を出る。

 じっとしていられない。すぐにでもゆずを助け出したい。緋桐はいま、かつてないほどに心を研ぎ澄ましている。

 公園に着くと、解析を終わらせたらしい朱莉と紗雪が驚いた様子で緋桐に目を向けてくる。

「もう大丈夫ですの?」

「大丈夫です。ご心配をかけてすいません」

「転移陣は西南の町外れのほうにあるみたいだな。地図で見ると近くに廃倉庫がたくさんあるようだから、そこに目星をつけてみる」

「わかりました。今すぐ行きましょう!」

「お、おい。友達が連れ去られて焦る気持ちはわかるけど、行ったところでアンタ本当に戦えるのかい?」

「戦います!」

「……そうかい」

「少々危険な手段になりますが、目的地までは敵の転移陣を利用して移動しますわ。本気で戦うつもりですなら、今度こそ油断は命取りになりましてよ?」

「その覚悟をしてきました」

「…………言葉に偽りはなさそうですわね」

 覚悟を問いかける紗雪に、緋桐の鋭い視線が突き刺さる。普段のシルヴィアが放つそれに若干だが似てきた。

 戦うための技術と知識は最低限教えてあるし、それを振るうための覚悟まで出来ている。それならば紗雪に緋桐を引き止める理由はない。


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