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『加速する拳』05

 夜の涼風が切り揃えた前髪を揺らし、鼻先をくすぐった。

 数日前までに比べて空気の匂いがすこし薄くなった気がする。夏のそれよりも不思議と淡く、素っ気ない。

 心にぽっかりと空いた風穴にいたく染み込む、そんな匂いだ。

 おかっぱの少女はベランダの壁に体を預け、ピンク色の手帳を開く。中身は無造作に貼り付けられたプリクラ写真と、それに関するコメントを書き記したものである。

 書かれている日付は最も古いものが昨年の6月からで、最も新しい日付は今年の8月。実に14ヶ月間の思い出の記録だ。

 その一つ一つの記憶を思い返しながら、彼女といっしょに映っている一人の少女を指でなでる。

 写真にはキラキラとしたデコレーションと共に“ゆずとひぎり”という文字が書き込まれていた。

 彼女――――高千穂ゆずは救仁郷緋桐の親友だった。

 知り合ったきっかけは学校の教室での他愛もない会話だったが、二ヶ月もする頃には既に唯一無二の大親友となっていた。

 互いに趣味が合うし、一緒にいると楽しいし、相談には真剣に向き合ってくれるし、見ているだけで楽しい。ゆずにとって緋桐はこれまでの人生で最も相性のいい友達と言えた。

 ところがこの2学期が始まってから間もないある日、緋桐は突如姿を消した。

 教師が言うには「親御さんが亡くなって遠くの親戚の所に引っ越すことになった」らしいが、ゆずはそんなはずがないと思った。

 あの緋桐が、人生で最高の友達が、ゆずに何も告げずいなくなってしまうことなど絶対に考えられない。

 それからちょうど同じころに町で発生しだした女子連続失踪事件のことを耳にしたゆずの中に、一つの確信が生まれる。

 緋桐は誘拐されたに違いない。

 誘拐犯はきっと何か巧妙な手口を用いて、犯行を見事に隠蔽したのだろう。

 まわりの人間は皆、そんなわけがないと言って正気を案じたが、ゆずは全く耳を貸さなかった。

 緋桐はきっと、今も助けを求めているのだわ。

 そう主張して曲げない彼女をまわりの人間が気味悪がり、避けるようになるのは時間の問題だった。

 次第にゆずは孤独になっていった。

 緋桐という支えをなくして出来た心の穴はいつまでも埋らず、むしろ日に日に大きくなっていくばかり。

 かといって一介の女子中学生に過ぎないゆずに何が変えられるわけもなく、できることと言えば、こうしてプリクラ写真を見つめて緋桐のことを想うことくらいだった。

「ねぇ緋桐。私、緋桐のせいで一人ぼっちになっちゃった…………」

 小さく呟いた言葉が夜の空気に溶け、風となってまた心の穴に滲む。

 見上げた夜空に星は見えず、ただどんよりとした雲だけが流れていく。



 クラッカーに始まり仮装アイテムやトランプ、果てはボードゲームやテレビゲームと、飽きが来るたびに次なる起爆剤がバッグから飛び出してくる。

 紗雪が集めたというパーティグッズはあまりに豊富で、緋桐たち四人は時間を忘れて熱中してしまっていた。

 あのシルヴィアですら集中している様子だったのだから、紗雪と朱里のたくらみは成功と言えるだろう。

 持ってきていた菓子を次々と平らげながら、気がつけば日をまたぐ時間まで熱狂したが、さすがに0時半を回る頃には眠気もあって熱りが冷めてくる。

 1時にはもうシルヴィアと紗雪は就寝してしまい、残った緋桐と朱里は寝ぼけ眼をこすりながら後片付けを始めた。

「今日はありがとうございました~」

「楽しかったかい?」

「楽しかったです! こんな風に大騒ぎしたの、本当に久々でしたし」

「一緒にやってく仲間だし、やっぱ仲良くやっていきたくてさ。喜んでもらえて良かった」

「いろいろ迷惑をかけるかもしれないですけど、明日からよろしくお願いします」

「……うーん。丁寧語にまだちょっと壁を感じるよ。タメ語でいいんだけど?」

「壁なんてそんなつもりじゃ……だって、朱里さんも紗雪さんも年上ですよね?」

「あたしは16で紗雪は15だね。そういう緋桐は?」

「14です」

「なんだ、たった2つじゃん。タメみたいなもんでしょ?」

「中2と高1ですよ! だいぶ違いますって!」

「そうかな? シルヴィアなんか12だけどあたしにタメ語だよ」

「あっ、シルヴィアちゃんって12なんですね。そういえば初めてちゃんと知った気がします」

「12のあいつもタメ語なんだし、遠慮しなくていいんだよ?」

「いえ! 年上にはちゃんと丁寧語じゃないと、なんというか落ち着かないんです」

「マジメだねー。まぁ無理強いするのも良くないし、仕方ないや」

 後片付けが終わり、散乱していたパーティーグッズがバッグに全て収まる。

 持ってきたバッグのうち2つはパーティ用で、泊り込みのための道具類は残り2つのバッグに2人分ずつ用意されていた。そんなところに紗雪の妙な気合が窺える。

 飲食物もあらかた片付き、二人はほっと一息つく。

 換気がてら開いた窓からは秋の涼風が流れてくる。雲のかかった薄い月明かりが、不思議と緋桐の感傷を誘った。

「何か考え込んでる?」

「えっ、あ、いえ……今日みたいにお泊りで遅くまで大はしゃぎしたのって、いつ以来だろう、って思って。そうしたらだんだん、前の暮らしが恋しくなってきちゃいました」

「……そっか」

「きっと私、まだまだ未練が残ってるんだと思うんです。大好きな親友がいて、両親がいたあの頃に。……なんというか、イシュタルで働いていくのに目的みたいなのがまだ無くて、尚更弱気になっちゃって。正直、ちょっと投げ出したいくらいです」

「うーん……戦う理由なんてのは結局その人次第だから、どうしろとも言えないよな。これはあたしの考えだけど、イシュタルで働くってことは誰かの心のために戦うってことだと思う。それは直接事件に関わってる人たちだけに限らなくても、身近にいる大切な誰かのためとか」

「身近にいる大切な人…………それって、誰のことですか?」

「あたしの場合は……やっぱり紗雪かな」

「っ~~!」

「あたしに寄り添ってくれる紗雪のために、あたしも紗雪を守ってあげたいからさ。紗雪の“理由”を助けながら、二人の居場所を維持していたい。少なくとも今は、それが戦う理由かな」

 緋桐の顔があっという間に紅潮し、声にならない唸りを漏らす。

 前に事務所で朱里と紗雪の意味深な会話を見たときと同じだ。自分の事ではないのに何故か妙に興奮してたまらない。

 緋桐は友人の恋愛話に、当人を差し置いて盛り上がってしまうタイプの少女だった。

「というか、朱里さんと紗雪さんって! どっどど、どういう関係なんですか!?」

「うん? それは……秘密さ」

「っ~~~~!!」

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