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『加速する拳』03


「それでは、朱莉と合流する前に稽古をしておきますわね」

「よろしくお願いします!」

 ミーティングのあと、緋桐は紗雪に連れられて再びトレーニング場へと戻ってきていた。陽が昇り始めたのもあって、さっきよりは室温が高い。

 靴を脱いだ紗雪は緋桐の正面に立って深呼吸をはじめる。準備運動をするのか、と緋桐も慌てて深呼吸をはじめた。がらんとしたトレーニング場に、二人の呼吸音が響きわたる。

 まずは屈伸をしよう――――そう考えて屈みかけた緋桐の顔面に向けて、紗雪はなんの前触れもなく右の掌底を放ってきた。緋桐は突然のことに驚きながらも、とっさに腕でガードし勢いを絶つ。腕の表面に少しひりひりする感覚が残るものの、直前で威力を落としてくれたらしく、大した痛みは感じない。

 突然のことで緋桐が困惑している間に、紗雪は容赦なく第二撃を放つ。

「うわぁっ!?」

 第二撃はもう一方からの掌底。これも同じく防御すると、続けざまに左のミドルキックが迫る。胴に向けて飛んでくる足を叩き落したところで、緋桐は組み手が始まったのだとようやく悟った。

 叩き落され地に着いた足を軸に、紗雪はからだ全体を前に運ぶ。その遠心力にのせて放たれた右の肘打ちが第四撃だ。

 肘の軌道が少し大振りだったことと、組み手であることを把握したことで、緋桐にも反撃の余裕が生まれる。右の手刀で相手の腕に打ち返し、肘打ちの勢いが弱まったところを左手で弾く。そこから続く緋桐の第一撃は右の裏拳だ。

 ところが紗雪は緋桐の反撃を読んでいたかのごとく、軽く頭を捻ってかわす。追って緋桐が左拳を突き入れるも、後退されあっという間にリーチから逃れられてしまった。

 空振りし隙を晒してしまった緋桐の胴にソバットが返ってくる。

 負ける――――緋桐が確信すると同時に、紗雪の動きが止まった。これで組み手は終わりらしい。

「突然殴りかかって申し訳ありませんでしたわ。驚きまして?」

「こんなの驚くに決まってますよぉ……!」

「でもそう仰るわりには、見事に反応できていましたわ」

「いえ、そんな……どうしてこんな急に?」

「貴女の能力がどれほどのものか、僭越ながら計らせて頂きましたの。お見事でしたわ」

 へたり込んだ緋桐にスポーツドリンクが手渡される。焦りと動揺で汗だくになった彼女とは対照的に、紗雪は涼しげな微笑を保ったままだ。こうも圧倒的な差を見せつけられては、流石に落ち込まざるを得ない。

「シルヴィアは格闘家としては些か以上に小柄ですわよね」

「そうですね」

「彼女の体格では普通のパンチでも重さに欠け、リーチに欠けますわ。だからそれを補うために、シルヴィア流はインファイトに特化していますの。懐に入られたが最後、多彩な手技と容赦ない急所攻撃の前に屈するしかない…………逆に言えば、懐に潜らないのであれば相手にすらなりませんわ」

「なるほど……だから私には向いてない、と言われたんですね」

「自ら攻めていく勇気がなければ、まず使いこなせはしません。でも先ほどの組み手では、貴女もちゃんと反撃できていましたわね?」

「あれはなんというか……反射的に」

「それで良いのですわ。わたくしは基本的に朱莉の後方支援を担当するのですが、やむを得ず近接戦になった場合も想定してマジカルマーシャルアーツを使いますの。もちろん、自ら仕掛ける為の技術もありますけれど……まずは守りの拳から学びましょう」

「はい!」



 シルヴィアらと同じく和田町に訪れた枝里はいま、救仁郷家の玄関に立っている。一週間前にも訪れたその場所は未だもって差し押さえの札にまみれたままだ。

 気味が悪いほどに札が貼りたくられた廊下を抜けて居間に出る。畳に残るソファが置かれていた跡や、壁に貼られたキャラクターものの古いシールが、生活感を僅かに残していて物悲しい。枝里はそれら一つ一つを眺めながら、知っている限りの情報を思い出す。

 殺害されたのは救仁郷康夫とその妻の恵。二人は当日、水死体となって見つかった。それだけなら単なる入水自殺として処理されるところだが、遺体からは水系魔術の術式反応が検出された。以前から魔術社会の闇金融との関与があったのもあって、保険金目当ての殺害と考えられている――――。

 これまでに得られた情報のなかで枝里が最も気がかりだったのは、二人の関与していた闇金融のことだ。仕事柄その手の組織を相手にすることが多い枝里は、“ネルガル金融”という聞いたこともない組織が記録されていることに疑問を覚えたのだ。

 確証はないが、この事件には何か裏があるかもしれない――――枝里はそう考えていた。

 居間の隣にある寝室へと入り、押入れの中をくまなく観察する。やはり何も残されておらず、落胆したままに襖を閉じようとした瞬間、枝里の目が押入れの天井に不自然な傷を見咎めた。その傷はちょうど指の先を引っ掛けられる程度の大きさで、よく見ると傷の周りの文庫本一冊ぶんほどのスペースだけ、天井の木材とは微妙に違う材質だ。

 枝里は迷わずその部位を引き剥がす。外された木の板の裏には、一枚の写真が貼られていた。

 写真の中では、頬骨の浮いた痩身の男性とパーマがかった髪の女性のあいだで、小柄な少女が満面の笑みを浮かべている。


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