『加速する拳』02
数あるカップ麺の中でも、とりわけカップ焼きそばは手間がかかる部類に入る。
お湯を入れて待つだけでなく、湯切りをしなければならない。粉末をかけておくだけでなく、ソースを麺に絡ませねばならない。それらは至極単純な作業ではあるものの、他のカップ麺にはない“料理をしている感覚”が得られる。
料理が不得手な枝里にとってカップ焼きそばとは、プラモデルを組み立てるような感覚で楽しめるものだった。
ソースを絡めた麺に小さく息を吹きつけたあと、一気にすする。
食堂の端の窓際の席でカップ焼きそばを堪能する枝里は、自身がマネジメントする4人の魔法少女を待っていた。
「お疲れさーん。あれ、紗雪たちは来てないん?」
「まだ来てないのよね」
「ふーん。あたしが一番乗りかい」
最初にやってきたのは朱莉だった。夏の終わりなだけあって、彼女の肌は数日前よりもいっそう小麦色を濃くしている。
朱莉はあくびをしながら枝里の向かいに座る。残りの三人が到着したのは、まさにその直後であった。
「すいません、遅くなりましたー!」
「ううん、そんなに待ってないから大丈夫よ」
「あら、朱莉は先に着いていたのですね」
「あたしも今来たばっかりだよ」
緋桐とシルヴィアは枝里の隣に座り、紗雪は迷わず朱莉の隣に座る。三人は一息つくと、まだ少し濡れている髪をバスタオルで拭く。
カップ焼きそばを急いで平らげ、枝里は資料を手にミーティングを始めた。
「今回のお仕事は、表社会で横行する誘拐事件の捜査よ。表社会のアナログな手段では不可能と考えられる事件ばかりで、異対部は異能が関与してるものと見てるらしいわ」
「被害者の共通点は」
「女子中学生を中心に、10代の女の子ばかり攫われてるみたい。特に学校では所謂いじめを受けているタイプの子が多いそうね」
「当然だけど、気分のいい話じゃないなー。十中八九、人身売買でしょ。最悪、魔法少女の傭兵隊でも作ってるんじゃ?」
「相模さんが前回に引き続いて組むけど、あまり時間がないみたいだから殆どこの4人に任せることになるそうなのよ。みんな、くれぐれも無理はしないようにね」
「ところでその、現場っていうか、地域はどこなんですか?」
「緋桐ちゃん……あなたの住んでいたあたりよ」
ミーティングから1時間後、シルヴィアと朱莉の二人はかつて緋桐が住んでいた町――和田町――の神社に足を踏み入れていた。
神社を取り囲む鬱蒼とした林に身を隠した二人は、神社の石階段の前を通るセーラー服の少女たちに注目する。鞄を手に友人たちと談笑する彼女らは近所の中学校の生徒だ。
彼女らは学校のある方角とは逆のほうへ歩いている。まだ午前中だというのに下校しているのを鑑みるに、今日は試験か何かで早めに解散になったようだ。捜査を始めようとしていたシルヴィアと朱莉にはちょうどいい。
「変身≪メタモルフォーゼ≫」
朱莉は林の奥に身を隠し、小声で変身魔術を詠唱する。すると身に着けていたシャツとホットパンツが淡く輝き、先ほどの少女たちと同じセーラー服に変貌する。
セーラー服の清楚ないでたちに慣れないらしく、朱莉はほんの少し頬を赤らめた。
続いてシルヴィアも林の奥に隠れ、小声で変身魔術を詠唱する。変身したシルヴィアは清楚で可愛げのある衣装も相まって、いつも以上に人形のように見える。プラチナブロンドの髪がセーラー服の襟の青色と対照的でやけに絵になる。絵になりすぎて、それはそれで問題だった。
「ちょっと待て」
「……?」
「さすがにあんたのルックスじゃ目立ちすぎるだろう」
「……」
「ここはあたしがおとり捜査を引き受けるよ」
「粟ヶ窪朱莉の風体では“いじめを受けている”ようには見えない。被害者の条件に一致しない」
「そうかい? ま、そこはあたしの演技力でカバーさ!」
「実演を求める」
シルヴィアから振られた思いがけない要求に、朱莉は頭を抱える。魔法少女になる前の彼女は、避けられることはあってもいじめやちょっかいを受けるということがまず無かったので、具体的にどんなことをされるのか、それにどんな風な心証を受けるのか、まるで考えつかない。
1分弱ほど悩みぬいたあげく、朱莉のあまり容量の大きくない脳は白旗をあげた。
「…………すまん、やっぱあたしにゃ無理だよ」
「だから私が代わりに」
「じゃあ実演してみな」
「…………」
代わって今度は朱莉がシルヴィアに実演を要求する。
いざシミュレートする側に立ってみると想像がつかないのか、2分半ほど口を閉ざしたままになる。それからしばらく“自分に不都合なことをされる”“理不尽な迫害を受ける”といった状況を想像上に再現し、その際に自分がするであろう反応を、朱莉に向けて実演してみせた。
「…………」
シルヴィアの出した回答は、ただ無言のままに相手を威嚇する、というものだった。しかし数々の危険な場面をくぐり抜けてきたシルヴィアの眼光はもはや少女のそれを越えて、獰猛な肉食獣にも匹敵する迫力を宿していた。こんな視線を受ければ、そこらの暴漢など瞬く間に失禁してしまうことだろう。
「そのへんの女子中学生がそんな凄みを放つわけあるかい」
「…………」
口は閉ざしたままで、シルヴィアの面持ちがほんの少しだけ落ち込んで見えた。
「紗雪と緋桐が合流してくるまで、素直に聞き込みだけした方が良さそうだな」
「了解」
こんな取るに足らないやり取りにかれこれ十数分ほどかけ、結局わかったことは、朱莉もシルヴィアも今回のおとり捜査には向いていないということだけだった。