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『加速する拳』14

 紫煙が風に攫われ、藍色の空に溶けてゆく。そのさまを眺めていると、いつか自分自身まで煙になって空に霧散していくのではないかと、下らない不安感に襲われる。

 煙草は特別好きなわけじゃない。煙草を吸っている間は誰もが孤独だ。根元に向けてちりちりと進む火を見つめているとき、自分だけの世界に浸っていられる。孤独な世界は沈思黙考するのにこの上なく適している。

 手持ちの最後の一本を吸い終わり、相模は眼前の現実へ意識を引き戻した。

 イシュタルの魔法少女たちが潜伏先として使っていたマンションの一室。扉を開くと、中では二人の魔法少女がテーブルを挟み話し合いをしていた。朱莉と紗雪だ。

「遅くなってすまない――――現場に残ったというのは君たちか」

「お疲れ様ですわ、相模さん」

「緋桐はブッ倒れて、シルヴィアはその看病をするって言って聞かなくて……結果、あたしら二人しか現場に残ってないッスね」

「付け加えて、アナトが何やら緊急で開かれる会談に出席するという話も聞き及んでますわ。おそらくその間のイシュタルの事務や、アナトの警護にそれなりの人数が割かれると考えられます。どちらにせよ二人が限界でしてよ」

「そうか……やはりクル・ヌ・ギアの動向をかなり警戒しているんだな」

「今回の集団拉致事件で糸を引いていたのがクル・ヌ・ギアだったと分かった以上、警戒せざるを得ませんわ」

「あれだけ強引な手で魔法少女を補充したんだから、近いうちに何か仕掛けてくるのは間違いないね。あたしらも備えなきゃ」

 にわかに覚悟の輝きを宿した朱莉と紗雪の目を前にして相模は途方に暮れる。敬愛する上司を亡くし未だ失意に沈んだままの相模と違い、腹の決まり方が違う。

 年の程は10歳ほど離れているが、経験において相模は二人に遠く及ばない。その差だろう。

 全く情けないことに、年長たる相模が一番のビギナーなのだ。

 能力も経験も劣っているが、大人として少女たちを守り導かねばならない。この類の重圧や責任感というやつは、今まで庇護される側であった相模にとって初めての経験だった。



 オフィス棟の扉を開くと、事務員や魔法少女たちがひどく慌しげに駆け回っている様子が目に飛び込んできた。おそらくアナトの会談出席にあたって人員の振り分けが発表されたのだろう。皆、それぞれの仕事を早急に済ませようと必死のようだ。

 枝里も調査の最中に連絡を受けて急ぎ帰ってきた一人だ。

 周りの熱気に圧されて逸る気持ちを抑え、混雑するオフィスの中にアナトの姿を探す。

 時を同じくして、アナトが二階へ続く扉からオフィスに戻ってきた。向こうもこちらに気付いたようで、人混みを縫って歩み寄ってくる。

「やあ。連絡は既に?」

「えぇ、急いで帰ってきたわ。それで私の配置はどうなるの?」

「枝里には本部に残ってもらう事にしたよ。僕が不在の間、代理で指揮を執ってほしい」

「私なんかに任せて大丈夫なの? 大海先輩とか、他にもっと適任な人がいるでしょう」

「指導者としてより成長して貰える良い機会かな、と思ったんだ」

「それは嬉しいけど、中々なプレッシャーね……」

「何も起こらなければ、特にすることも無い。そう気張る必要はないよ。……ところで、独自捜査のほうはどうだったんだい?」

「まぁ、大方の見当はついたのよね」

 そう言うなり、枝里はポケットから一枚の写真を取り出した。写真は望遠で撮影したものなのか、少々画質が荒い。写し出されているのはマンションの前に佇む黒服の不審な男。その面貌はアナトもほんの少しだが目にした覚えがある。昨日シルヴィアたちが捕まえた犯行グループのうちの一人だ。

「やっぱり架空の金融組織だったの。この男、見覚えがない?」

「昨日、シルヴィアたちが捕まえて異対部に引き渡した連中の一味だね」

「緋桐ちゃんと家具を整理しに行ったあの日、家をこいつが見張っていたのよ」

「! ……まさか緋桐までもが標的だったとは…………早めに保護できて良かったと言うべきか」

 アナトはイタチ顔の表情から複雑な心情を覗かせる。

 犯罪組織から緋桐を守りおおせたこと自体は素直に喜ぶべきことなのだが、しかしその陰には20名もの被害者たちが隠れている。彼女たちを緋桐と同様に無傷で守り抜くことができなかったのだと思うと、手放しで安堵してはいられない。

 そんな忸怩たる想いをひそかに察し、枝里は早々に話題の焦点を犯罪組織へと向けることとした。

「この連中、魔術犯罪の下請組織らしいのね?」

「うん。今回はクル・ヌ・ギアに雇われて誘拐事件を実行していたようだね」

 魔術犯罪のなかでも、今回の誘拐事件のように長期的かつ連続して犯行が繰り返される場合、実行犯の術式痕は繰り返し現場に残さざるを得ない。それが少人数にであればあるほど、術式やマジックアイテムの情報はより多く晒されてしまう。そういったリスクを分散させる為に重宝されるのが下請け組織だ。

 下請け組織を雇い人数を水増しするか、あるいは実行を委任すれば、依頼者にかかるリスクを極端に分散させることができる。

「どうやら前に関わった詐欺事件で使った架空組織を流用、救仁郷夫妻を騙していた……らしいのよ。でも少し疑問もあって」

「他に誘拐した子たちと違って、緋桐にだけこれほど周到な手口を用いるのは不自然だ、ってことだね」

「そう。わざわざ家庭環境を圧迫するだけして、ころあいを見たら両親を殺害……あまりに手が込みすぎてるのよ」

「親族を殺害までされているのは、緋桐の家庭くらいだね。ほかの地域からも被害者は出ていたようだから、まだ断定はできないけど」

「聴き込みもより広範囲で展開しなきゃいけないわね……。和田町にばかり被害者が集中していたことと、緋桐ちゃんにだけ異様に手の込んだ追い詰め方をしていたことから考えて……やはり緋桐ちゃんか救仁郷家そのものにこの犯罪計画の中心軸があったことは間違いなさそうなのよ」

 先日発見した写真も気になる、とまで言及しようとしたところで、枝里は言葉を飲み込む。

 救仁郷家とは別の家族が映された謎の写真。それと事件の中心が何かしらの形で密接に関連しているように思えてならないが、しかし現状、具体的な裏づけがあるわけではない。予感に過ぎない情報を手がかりとするわけにはいかないだろう。

「……まだ伏せておきたい情報があるのかい?」

「お見通しなのね。……まぁ、これはまだただの勘でしかない段階だから。これから捜査の中で裏付けていきたい所なの」

「うーん……やっぱり代理指揮は別の子に回して、枝里には独自捜査を続けて貰ったほうがいいかもしれないね」

「いえ、代理指揮は請け負うわよ。むしろその方が調査を進めやすいから……代理とはいえ代表権限を利用して魔法少女たちに手伝って貰うことにするけど、良い?」

「普段ならあまり褒められた事ではないけど……この件は僕としても興味深い。少数なら許可するよ」

「助かるわ」


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