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『加速する拳』13

 心身共に磨耗した緋桐をまどろみから呼び起したのは、窓に差し込む陽の茜だった。

 眼前には上段ベッドの底面と、シルヴィアの端正なる面貌。どうやら緋桐は寮に運び込まれ寝かされていたらしい。

 時計の針は午後6時を指している。あれからまたさらに5時間近く眠ってしまったのか、と緋桐は肩を落とした。

「……起きた」

「なんだか私、気絶してばっかりだね……今日だけで10時間くらい寝てるかも」

「いや、18時間」

「えっ? …………まさか」

「あれから丸一日以上眠っていた」

「……心配かけてごめんね」

「身体に異常は」

「ないよ。多分」

「そう」

 確認を取るなり、語るべきことも思い浮かばず口を閉ざしてしまう。もはや何度見たかも忘れた光景だが、緋桐はいつの間にかこの沈黙に慣れてしまっていた。今ではむしろ心地良いと思える。それも夢の中に見たかつての思い出とは真逆の立場だと思うと、妙な感慨すら湧いてくる。

「もしかして今までずっと……看ててくれたの?」

「……」

 シルヴィアが静かに首肯する。よく見ると彼女の目元にはうっすらと隈が浮かんでいた。

「ごめんね……何もしてないのに寝てばっかりだよ、私」

「……ヒギリは自分を卑下しすぎる」

「そうかな」

「今回は充分すぎるほどに活躍した。もっと誇るべき」

「みんなが……シルヴィアちゃんがいたから怖くなかった。いつだってそう。シルヴィアちゃんがついてるって思えば何でも大丈夫だし、何にだって立ち向かえる」

「…………」

「思えば初めて会った時から似た気持ちを懐いてた。シルヴィアちゃんと会ったとき、テレビに見る有名人と対面したような……そんな感覚がした。そばにいるだけで不思議と誇らしくなってくるんだ」

「…………」

「たぶんその気持ちの正体は……憧れだったんだ。私はずっと、シルヴィアちゃんの奏でるオカリナの音に憧れてた」

「……思い出したの」

「うん、断片的にだけどね」



 斜陽が山々の彼方へ沈みはじめ、同時に空から赤系の彩りを奪っていく。夕空のパレットは徐々に藍色に侵食され、然る後に闇へと移り変わった。

 ひんやりとした風が紅葉の予感を香らせる。残暑もすっかり鳴りを潜めてきた。

 少女は風に揺れるカーテンを眺め、ふと誰に告げるでもなく独りごちる。

「冬の訪れか先か、それとも……」

 二の句に続くであろう不穏な言葉。口は災いの元という諺をとっさに思い出した少女は、あわてて口を噤んだ。

 少女の身体は随分と弱っている。ベッドから下りることすら叶わず、今さっきもすぐ脇の窓枠に寄りかかる形でようやく半身を起こし、外を眺めていた。

 さながら老人の如く衰弱している少女だが、外見はとてもそうは思えないほど若々しく麗しい。目鼻立ちは薄いながらも気品ある美しさを有し、腰まで伸ばした黒髪は絹糸よりも優しい手触りを誇る。

 高校生から大学生といったところの年齢に見えるが、大人びた雰囲気と所作が未成年のそれとはかけ離れている。一言に表すなら、妖しい。がらんとした部屋に一人佇む姿は、一輪だけ咲いた彼岸花のようだ。

 そんな少女の部屋に、扉をノックする音が響き渡る。やって来たのはアナトだった。

「あまり風に当たりすぎると身体に障るよ。最近はだいぶ涼しくなってきたからね」

「無用な心配だわ。どちらにしろ先は長くない」

「出来ればその言葉は聞きたくなかったな……尚更無理をさせられないよ」

 アナトは花瓶に生けられた向日葵を抜き、どこからともなく取り出したコスモスの花を代わりに差す。抜かれた向日葵は瞬く間に枯れ萎み、塵芥となってしまった。

「もうそんな季節……向日葵畑は今日が見納めだったのかしら」

「そうだね。このあとコスモスに植え替えてこようと思ってるよ」

 魔術を統べる幻獣・アナトにとって、畑の花をすべて入れ替えることなど造作も無い。ものの30分ほどで向日葵畑は完全に植え替えられてしまうことだろう。

 少女は窓の向こうに広がる一面のコスモス畑を想像する。コスモスは彼女が特に好いている花だ。しかしそれをアナトを持ってくるのは、決まってよくない報せを運んでくる時ばかりだった。

「…………何かあったのかね」

「クル・ヌ・ギアの動きが最近かなり活発になってる。おそらく近い将来、何かが起きるだろうね」

「エレシュキガルのやつ……何を考えてるのやら」

「改革派の彼女のことだ、きっと大きく出てくる……。僕は今週末にでも“眷属”たちを集めて臨時会合を開こうと思う。その間、面倒は代わりの子に任せていいかい?」

「構わないが……いい機会だわ。シルヴィアに頼んで貰っていいかね?」

「わかった」

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