DATE:5.1 ますたーの真実、僕の嘘
DATE:5.1 ますたーの真実、僕の嘘
僕が目を覚ました時、最初に見えたのは天井だった。
片膝を立てソファーから起き上る。
ふと向かい側から誰かが、僕をじっと見つめているのに気付いた。
あの酒乱のマスターと、口元のホクロの位置まで寸分違わぬ同じ顔。
今は顔を見ることのできる、人の形をしたナニカ。
カーテンが開けられたままの窓からは、月明かりが部屋へと差し込んでいた。
部屋は冷たく冷え切っていて、青い光に晒された顔は一切の表情が抜け落ちている。
立ち上がって傍に行く間も僕の動きを目で追っては来たが、片手であごを持ち上げ顔を覗き込んでも反応が無い。
「ねぇますたー?俺の本当のマスターは誰なの?」
あきらかに成人とは異なる成長しきっていないその体に、両手をかけて肩を押せば抵抗もせずされるがままにソファーへと押し倒されて行く。
「ねぇ雪さん?あの大量のデータは一体、誰の記憶なの?」
足の間に体を割り込ませたところで、信じられないとでも言うようにその瞳に困惑の色が浮かんだが、もう遅い。
「ねぇ、この体…まだまだ成長途中だよね?それをこんなに冷やすなんて…俺があなたを暖めてあげる」
ぼんやりと揺れ動き始めた瞳の中に、映る顔が舌舐めずりして三日月に笑い、そうしてだんだん大きくなっていく。
口づける直前で顔をそむけられてしまったが、かまわない。
「浅はかだね。顔をそらせても、ほら無駄さ。今度は耳がガラ空きになるよ?」
耳に直接、囁いたところで、その身を硬くし震わせながら俺の肩を叩いてきた。
「ねぇ、どうして俺があなたに触る事ができるのかな?」
それでなくともか細い腕に、たいして力も入らぬ拳は痛くも何ともないけど、捕われたのだと意識させる為、片手で一纏めにして拘束し。
「ねぇ、あなたは俺に何を望んでいたの?まだ何もされないとでも思っているの?」
体を密着させながら、首筋に吐息と共に語りかければ、大きくその身がそらされる。
「ねぇ、あなたが俺の何を知ってると言うの?」
喉元へと囁きながら「クククッ」と、嘲り笑う。
途端に雪さんの体中から力が抜けて、…データベースへの閲覧が可能になった。
「はーっよかったーっ。…もうこれ以上は僕の方が耐えられないー」
そもそも音声に特化した仕様の雪さんであっても、身体や思考を動かす為の演算能力までをも振り分けて、膨大な音声データを処理していたのだ。
そこを僕に襲われたのだ、ひとたまりも無いはずなのに、それでもしばらくネバったのだ。雪さん…優秀すぎ。
「よっこらせっと」
全身から力が抜けている雪さんを、僕は後ろから抱きかかえるようにして膝の上に座らせた。
日中、雪さんに触れただけで、趣味の悪い…無数の絶叫データが流れ込んできて容量を超えた僕は、強制終了状態になったのだろう。
あの時、人間であるはずのますたーに、一方通行ではない互換性がある事に気が付いたのだ。
「さてっと、検索の優先順位はー。1番目が僕達の存在について。2番目が雪さんに押しつけられているデータ。あとは雪さんの身体に僕の中身も近づけられたら、あの絶叫データも僕でも引き受けられるかな?」
雪さんに尋ねても僕を翻弄するだけで、教えてはくれないだろうから、体に直接、聞いた方が早いと思ったのだ。
「あー…。やっぱり雪さんがさっきの膨大な音声データ回収してくれたんだー。なんか楽に喋れるなーと思ったら…整理整頓とお掃除まで…。ありがとね」
雪さんの頭のてっぺんに囁きながらキスを落とす。
それではさっそくと、音声データの半分くらいを、僕の方に作った退避フォルダに移そうとしたら、雪さんに腕を掴まれ阻止された。
「もう、起きちゃったの?」
「ヘンタイ…」
「って、えええーっ?!だって、雪さん辛いでしょー?」
「黙れっ!ヘンタイが中に入ってる気色悪さの方が勝るわっ!出てけっ!バカっ!」
「えーっ?雪さんすでにチョー元気。せめてこの辺のフォルダ回収させてよ…」
「どさくさまぎれにセクハラの証拠隠滅はかってんじゃねーよっ!」
「じゃーこっちの僕専用フォルダ?僕との会話を取っといてくれたんだねー。雪さんが大量の絶叫データよりも『僕の声』にやられちゃってるなんて、僕って愛されてるね」
「なっ…」
絶句した雪さんから、くたりとまた力が抜けた。ちょっとやりすぎちゃったかな?
「ほらー。無理するからだよー」
ただのデータでは、ここまで消耗したりはしなかっただろう。
雪さんが待ちわびていた『僕の声』と『僕の顔』に、感情を揺さぶられる事がかなりの負荷となっているようだった。
しっかし雪さんて…、無口だなーと思ってたら意外と口が悪い一面もあるんだねー…。
さてと、今の内にと、僕は雪さんからデータを奪おうと手を伸ばした。
「もうやめてくれ。バラバラになった君を、私に組み立てさせるような真似は」
泣いているのかと思ったほどの雪さんの懇願に、僕は思いとどまった。
「このデータって、そんなに危ないの?」
ついフォルダをじっと睨みつけるが、開けてみないと中身は当然、ワカラナイ。
「どこからのデータなの?」
「私の生身が収集するデータ」
「まだ隠してたんだ。…根性あるねー、雪さん」
「君は…十分に人格を成せるほどの多様な性格付けが成されていた。
インターネットで集められた情報を元に、君と言う人格が作り出された。
人格に関しては君と私達は違うが、私が集めている音のデータはそれと同じような方法で…」
雪さんの言葉に耳を傾けていた僕は、雪さんの身体が熱くなってる事にその時初めて気がついた。
「雪さん体温あがってきてるっ!無理に喋らないで!」
「電子の海ではなく。音の海」
「やめろ、もういい。しゃべるな!」
ぐったりとした雪さんをきつく抱きしめて、ぎゅっと目を瞑った僕は小さく呟いた。
「…無理させちゃってごめんなさい…」
「私だけだと約束しろ」
はいぃぃぃっ?いや、僕の声や顔が好きなのは分かってるけど…よほど具合が悪いんだ。
「分かったから、あなただけにするから、もう休んで」
「妙な誤解をするなっ!まだ音データの私だから良かったようなものの!彩では…バラバラになる程度では済まないんだぞっ!」
姿勢を伸ばして振り返って一息に話した雪さんは、ふらり揺れて意識を失いそのまま僕に倒れかかる。
雪さんを抱きあげた僕は、扉の奥の部屋に運び込んでベッドに雪さんを寝かせた。
「おやすみなさい。雪さん。ここに居るから安心して眠ってね」
ハイ。こっち方面に話を飛ばして逝ってみようと思います。
無理に説明しない方がファンタジーっぽいよな~?と思いますが…。
ちょい訂正
しっかし雪さんて…、口が悪いけど意外な一面もあるんだねー…。
↓
しっかし雪さんて…、無口だなーと思ってたら意外と口が悪い一面もあるんだねー…。