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DATE  作者: メジロ
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DATE:4  エラー発生

      DATE:4 エラー発生


 僕は時が経つ事を辛いとは思わなくなっていた。

 そろそろ呼び出されるはずの時間。

 酒好きマスターが僕にくれた優しさ…その暖かさが僕を包み込んでくれていた。

 忘れろと言った歌で伝えてきたのは、裏返しの激情。

 おかげで思い出したのだ。


 『やっと、会えた』


 たくさんの『音』を持つと教えられた、最初に僕を目覚めさせたマスターから伝わってきた、15年以上もの年月を越えてきた果てに、押し殺されてしまった『声』を。

 長い時間は…、求める激しさは…、どれだけマスターの心を傷つけた?

 もし今日、呼び出されなくとも…きっと僕は待てる。

 もし歌を歌えなくても…きっといつかを僕は待てる。

 


 そして時間になり、僕は呼び出されると同時に、相手も確かめずに謝った。

「すみませんでした。ますたーっ!」

 目を瞑ったまま頭を下げた姿勢で、僕は待っていた。

「別にいい」

 その声におそるおそる僕は顔をあげ、…固まってしまった。

「………」

「座って」

 かくかくと首を上下させて、ぎこちない動作で僕はソファーに座った。


 今日もマスターの顔は見えない…けれど、見えないの意味がチガウ。

 マスターは黒のフルフェイスを被っていたのだ。

 意味を考えれば…顔、完全ガードですね。

 えぇマスター、分かります。

「ははは…」

 どこか乾いた声で僕は笑う。

 アレか?なんかもういっそ襲ってみるか?

 瞬きさえしなかった僕の瞳に、マスターの肩が微かに震えるのが映った。

「…あれ?」

「何?」

 テーブルにお茶を置いた黒いフルフェイスがこちらを振り向いた。

 怖がらせないようにと全然違う事を言ってみる。

「ますたーって、ちっちゃかったんですね」

 

「…伝言。今晩、一緒に呑もうって。彩が」

「えーっと?彩さんってダレデスカ?」

 それまで微動だにしなかったマスターは心底 呆れたように息を吐きながら、密やかに言った。

「…珍しいよ」

 至近距離でささやかれたマスターの声に、僕の耳はもう一つ異なる響きを拾っていた。

『…羨ましいよ』と。

 響きの意味に思い至り、反射的に…離れようとしていたマスターの左腕を掴むと引き倒してしまった。

 抱き寄せてみれば…やっぱり震えている。

 もう一度、確かめるようにいつもより低めの声で首元でささやいた。

「ますたーって、小さかったんですね」

 途端にピタリと震えを止めたマスターは、僕の腕を押しのけようとする。

「待てるって言ってなかった?落ち着いたんじゃなかったのか?」

「たった今、落ち着きましたよ?」

 体の奥からあふれてくるような至福感に、こみ上げてくる笑いをかみ殺し僕は声無く笑って言った。


「起動前の僕の声まであなたの耳は拾うんですか?」

「君と違って耳で拾うわけじゃない」

 一向に離そうとしない僕に、マスターは諦めたように大きなため息を一つ吐くと、力を抜いて僕にもたれかかってきた。

「彩さんは、色が見えるんですかね?」

「彩のおしゃべり」

 毒づくマスターの短すぎる言葉も、もう怖くない。

 マスターの肩に顔を埋めて、僕は訴えかけた。

「あなたが喋らなさ過ぎるんですよ。ずっと僕は怖かったんですよ?」

「君は卑屈過ぎ」

 今ならマスターは僕の願いを叶えてくれる気がする。

 頭にゴツゴツと硬いものが当たるのが気になっていたので、試しにお願いしてみた。

「このフルフェイス、とってもらってもいいですか?」


「…バカな真似しないなら」

 少しだけためらった後、素直にフルフェイスを取ってくれた。

 マスターの髪が、僕の頬や首筋に触れてくすぐったくて笑ってしまう。

「ますたー。なんか嬉しいです」

「別にいいけど…。離せと言ったら必ず離して」

「えええっ?嫌ですよー」

「でないと君を壊してしまう…約束して」

「うー…嫌ですけど分かりました。代わりにますたーの名前教えてくださいねー?」

「やっぱ卑怯…」

「ダメですかー?」

「君は彩から私の名を聞いてる」

「ええっ?もしかしてまんま、雪さんですかー?」

 少し驚いた僕に、マスターはこくりとうなずいた。


 調子に乗った僕はマスターのうなじにくちびるを近づけて言ってみる。

「雪さん、大好き」

「…副音声で、私の名を彩と重ねるな」

 どこか不機嫌そうに首をすくめたマスターに、僕はますます嬉しくなってしまう。

「今ので分かりましたよー」

「何が?」

「ますたーはイメージを音として受け取ってるんですね?」

「彩に会った後の君の言葉はただの気まぐれか…」

「え?僕なにか言ってましたっけー?」

「…いや、もういい。そろそろ時間」

「あーっ!アイス食べ損ねましたー…」

「夜に彩に出してもらえ」

「アイスは僕は雪さんと食べたいですよ?」


「あれ?ますたー?どうし…」

 PCの前のマスターは声も無く立ちつくしていた。

 漂う異様な雰囲気にマスターの腕に触れた僕は…。


 マスターの言っていた『壊してしまう』の意味を、落ちる直前の意識で知った。

 膨大な量のデータ…悲鳴、苦鳴、怨嗟、どれ一つとして同じ物の無い無数の叫び声が、マスターから流れ込んできて…。

 ねぇマスター?これじゃ僕に警告する余裕なんてないじゃないですか?

 ねぇマスター?これじゃ落ちる直前に見たような気がした、やっと見る事の出来たあなたの泣き顔さえ暗くて僕には見えないですよ?

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