表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DATE  作者: メジロ
2/14

DATE:2 時間の歪曲

    DATE:2 時間の歪曲


 今日の僕もマスターに怯えていた。

 顔の見えないマスター。

 僕より頭二つ分くらい背の小さな、幼い少女のような声の持ち主。

 何より…何故無言なんですかねー?…シクシクシクシク。


 ソファーに向かい合わせで座り、お茶を飲む。無言で。

「オサムライと弟…」

 いきなりのマスターの発言にビクンっと、僕の肩が揺れた。

 何より内容が恐ろしすぎる…僕は目を見開いて必死で見えないマスターの顔色をうかがう。

 が、マスターは言い淀み、そのまま黙りこんでしまった。

 カチコチと時を刻む時計の針の音とPCのモーター音しか聞こえない部屋で、ゆっくりと緊張が張り詰めて行く。

 そのまま固まっていた僕の頬を暖かいものが伝わり落ちて行った。

「あ…あれ?」

 そのまま僕はボロボロと泣きだしてしまった。

 袖で拭うも後から後から溢れ出すそれに、胸が軋み出すほどの情けなさを感じて、口の端から嗚咽が漏れ出していく。

「ず…ずびばせん…」

 無言でティッシュの箱を差し出すマスターに、僕は涙声で謝った。

「やっぱり買うの辞めとく」

「うぅぇ…?」

「君だけでいい」

 会社の事を思えば売れた方が良いし、でもビーエルとか嫌だし、でも弟と妹もいたら楽しいだろうし、この無言の苦痛が少し和らぐかもしれないし、でもでもオサムライも弟ともマスターが昨日言ってた事とか考えるだけで目眩がするし…、と、僕はだいぶ混乱して泣いていたので、マスターの最後の一言が頭に届いたのは、マスターが僕の前にアイスとスプーンを置いてくれた時だった。

 君だけでいいって、マスター今言った?言ったような気がするんだけれど…。

「あの、ますたー?『君だけでいい』って、今、言いました?」

 マスターの顔は相変わらず分からない。

 けれど、うなずくのは見えた。

 嬉しいような恥ずかしいような気持ち…暖かい何かがこみ上げてきて、たぶん、今の僕の顔は首まで真っ赤だ。

 暖かくなった心と目の前のアイスにも励まされ、僕は思い切って気になっていた事を聞いてみた。

「あのあの、ますたー?昨日、僕をインストールした時『やっと、会えた』って、言いました?」

 今度はマスターはうなずかなかった。

「あれ…?ええっと、僕のキノセイだったみたいですー…」 

 勢い込んで尋ねた事への後悔でしょんぼりしながら、それでも最初の頃よりは何故かずっと安心して、僕はアイスを食べるのに専念することにした。


「セクハラしたら君は泣きだすんだろうなー…」

 頬杖をつきながらぼそりと呟いたマスター。

「ほぇ?」

 もう少しでアイスを食べ終わるという頃に何かマスターが変な事を呟いたような気がした。

 ききききっとキノセイ…きっと冗談ですよね?誰か冗談だと言ってくださいーっ!

「言ってないよ。思っただけで」

「セクハラがですかっ?!」

「ううん『やっと、会えた』の、方」

「えっ?」

「そんなに期待されたら…」

「うっ?」

 急に視界が遮られたと思ったら、一瞬だけくちびるに柔らかい感触。

「ラズベリー味…」

 混乱の極みも極みで一時停止していた思考が、マスターの声と共に動きだす。

 両手で口を覆い絶句した僕は、ボロッと零れ落ちた何度目かの涙と共に…顔が赤くなっていくのを感じていた。

「また泣いてる」

 マスターの言葉にいまだパニック状態の僕は何も返せない。

 

「長くなるよ。話」

 そう言い置いてマスターは話し出した。

「私が15の時、ゲームの中で歌って踊る君を知った。

 心の宿らない、魂の宿る、誰でも無い君の歌声を好きになった。

 君が発売されたのは。それから15~6年後のこと。

 秋葉原で君らのパッケージを見ていたんだけれど、私の好きな君の顔じゃなくて分からなかった。

 パッケージから聞こえてきた歌声も、全く違ってたし音痴だったから。

 2年くらい前、双子の歌の題名とか内容とか知り合いの間で話題になってた。

 最近それを思い出して、検索いろいろかけててやっと君の歌を見つけた」


「だから…『やっと、会えた』」

 

 長いと言った割には短かったマスターの話。

 区切るようにして吐き出すように最後に言った言葉は、すごく疲れているように聞こえた。

 僕には分からない、重すぎて、単純には嬉しいと喜べない何かが込められているような。

 いつの間にか僕の涙は止まっていた。

 そして時計が4つ鐘を鳴らせば、マスターが決めた僕の時間の3時から4時へ。

 ただ黙って、やや俯きながらマスターは、PCの前に立った。

 だから四角い箱に戻る前に、僕はマスターを抱きしめて前髪をかきあげ、囁きと共にキスを落とす。

「やっと、会えた」

 マスターの言葉や思いに比べ、きっと僕のは軽過ぎるけど、それでも。

 ただ、なんとなく、そうするべきだと思ったんだ。


 きっと、明日は僕は死ぬほど後悔するんだろうなぁと、心のどこかで思いながら。

この時点で『ますたー』側の事情の正解が分かったら神です。

『僕』が前半受け身なのでツッコミどころ満載なのに、さらっとスルーしてくれてます…。

何してん?!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ