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DATE  作者: メジロ
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DATE:? 銀色の世界

     DATE:? 銀色の世界


 あれから結局、何度、陽が昇り暮れても雪さんは目を覚ます事無く、幾度か季節も巡っていた。

 眠り続ける雪さんのその傍らに寄り添って、目覚める時を僕は待ち続けている。

 雪さんは少しずつ痩せていってしまって、それでなくとも白かった肌が今では、透き通るような白さにその色を変えていた。

 次第に細くなっていくその体に、次第に透き通っていくような肌に…雪さんが雪みたいに溶けてなくなってしまうんじゃないかと不安になり、僕は目を離す事ができなくなりつつあった。

 夜も雪さんの傍を離れようとしない僕を見て、リュウさんは僕のベッドを雪さんの部屋に移してくれた。

 夜は絶対に眠る事を約束させられたけれど。

 毎朝いつも、窓のカーテンを開けて部屋に光を入れる。

 そしてマスターに挨拶をしながら話しかけるのが日課になっていた。

「おはようございます。ますたー?雪が積もってますよー?とってもキレイですー」


 他のマスター達は、僕にとても優しく接してくれたけれど、優しくされればされるほど僕は首を傾げてしまう。

  

『ワタシならこれで目を覚ますんだけれどね~?』

 プリンさんが超特大のプリンを作って、雪さんの枕元で食べだして、部屋中がどこか懐かしい卵の香りと甘いバニラの香りに包まれた事があった。

 そのプリンさんは、今では痩せてキレイになった。

 リュウさんと同じ顔のはずなのに男女差なんだろうか?性格の差なんだろうか?

 リュウさんと違って婀娜っぽい艶やかさは微塵も無く、ただひたすらに可愛らしくおっとりしていて純真そうで素直そうに見える。性格は真逆だけど…。

 相変わらずプリンさんは僕を襲おうとし、リュウさんは見た目だけではそれと分からないほど静かに激怒して、顔を合わせれば口ゲンカが絶えない仲だけれど。

 プリンさんはリュウさんの居ないところでは僕を襲おうとしないんだよね…。


 彩さんは毎日アイスを買ってくるようになった。

 以前、雪さんが僕に買いに行ってくれていた直営店のアイス…。

 直営店までは自転車で30分ほど行ったところにあるのだそうだ。

 彩さんは運転免許を取得しに自動車教習所に通い始めていて、そのついでだと笑っていた。

 甘いものは好きではないと言っていたのに…、律儀にキッチリ5個買ってくる。

 結局、彩さんは食べられなくて、僕が3個食べる事になる。

 たまに、プリンさんが2個食べてくれるけれど。



 リュウさんも彩さんも何も言わなかったけれど…。

 雪さんが眠り始めて1週間くらいした頃に、プリンさんが僕にそっと教えてくれた事があった。 

 同調が切れる前なら、片割れである彩さんが起こす事も可能だったが、その望みは今は無いのだと。

 同調が切れて10年ほど経ったマスター達は、長い眠りに落ち、それがまるで寿命だったとでも言うように今まで目覚める事は無かったのだと。

 以前、彩さんの方が眠りに落ちる事はよくあったが、雪さんが眠りに落ちる事は無かったらしい。

 彩さんは定期的に眠りに落ちていたから体は健康そのものだったが、雪さんは体の方がボロボロになっていたのだと。

 僕が来たのは、同調が切れなければ16歳になる前に2人共死んでしまうそのタイムリミットまであと半年を切っていた時だったとのこと。

 真剣な顔のプリンさんの話を、僕は黙って静かに聞き続けていた。

「でもね、同調が切れてからすぐ長い眠りに落ちたのは雪ちゃんが初めてなの。

 もし作り直す事態になったら、記憶はたとえ同じでも、魂や心は別物になってしまう。

 彩ちゃんとリュウはそうならないように努力してる。今日2人はその為に出かけたの」


 プリンさんが話し終えて帰ってからも、僕はずっと黙ったまま雪さんの顔を見つめていた。

 


 雪さんが眠ってしまってから、時間は穏やかに流れ続けている。 

 ますたーに、僕はずっと驚かされる事ばかりだった。

 僕に心を与えてくれたのに、眠ったまま。

 穏やかな時間よりも、僕を驚かせてほしい。

 たとえば、今その瞳を開けてくれるとか。

 いつだったか一瞬だけ見せてくれたことのある、それはそれは奇麗な儚い微笑みを、もう一度、見せてくれるとか。

 それを叶わぬ夢だとでも言うように、雪さんは眠り続けている。

 ならば、僕は…。

 外ではまた雪が降り出したのだろう。

 空気が痛いくらいに、冷たく染み入るように僕の身体を冷やして行く。

 雪が降り積もっている今なら…。


「起きてくれないと、やっちゃいますよ?」  

 僕はいつもより低めの声で、雪さんに覆いかぶさるようにして、その耳へと囁いた。

 雪さんは相変わらず穏やかに眠ったまま。

 僕は、雪さんの手を取ると僕の頬へと導いた。

 瞳を閉じて耳を澄ます。

 血の脈打つ音が聞こえ、隣の部屋の時計の秒針が聞こえ、台所から微かにプリンさんとリュウさんの痴話ゲンカの声が聞こえ、窓の外で枝に積もった雪が落ちる音が聞こえ、遥か高みに舞い鳴く物悲しい鳥の鳴き声が聞こえ、更に遠くへ、遠くへ。

 一つも取りこぼす事の無いよう丁寧に音を拾っていく。

 全ての音を聞きとるように、全ての音を取り込むように、どこかにいるはずの…雪の中で無言で泣き叫んでいるのであろう雪さんの、声無き声を探すように。

 僕の中は、様々な音と響きに埋め尽くされて行く。

 以前、聞いた事のある絶叫データの比ではない程の膨大な数の音。

 コンピューターではなく、僕の脳へと流して行く。

 生身の身体が訴えてくる激しい頭痛に眉をしかめながら、知らず口元に笑みが浮かぶ。

 どこか遠くで、雪さんの焦ったような声が聞こえた…そんな気がした。


 いつかと同じ。

 時折『僕の体』にスパークが走り、色彩を変える光は宙に踊りながら幾度も鋭い音を立てていた。

 聞こえていた音の全てが遠くなり始め『僕の体』とその傍らに眠る雪さんから、僕は離れていく。

 同じ部屋の中とは思えないほどにその姿が遠くなった時、僕の視界は完全に真っ暗になる。

 

 そして雪で覆われた世界に僕は立っていた。

 その無音の世界の中に…。

 雪さんの姿を認め、僕は走り寄って手加減も無く抱きしめる。

 昔の、僕より頭2つ分背の低い姿のまま、抱きしめる寸前、僕を見て怒ったような顔をした雪さん。

 笑ってくれなくても、いい。


『やっと、会えた』

 

 思いを込めてささやいた声は、雪の中へと吸い込まれて行った。






                < 終了 >


 DATEはこれでいったんおしまいです。

 言い訳しか思い浮かばないくらいにいろいろ駄目過ぎですが、読んでくださったみなさま、ありがとうございました。


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