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児童文学

戦争へのカウントダウン

作者: 空見タイガ
掲載日:2026/04/02

 うん、まだ準備が終わってないようだ。おじいちゃんとここで待っていようね。ああ、これお気に入りのぬいぐるみかい。クッション? かわいいくまさんの顔なのにね。ねずみなのかい。お尻に敷くのはかわいそうだね。ソファはじゅうぶんにふかふかだ。ねずみさんは横にのけておこう。

 おじいちゃんのひざに乗りたいのかい。いいよ、もうおまえと会えるのは最後かもしれないからね。はい、はい。会うたびに大きくなるね。いっぱい食べて。ずっしりと。そろそろおひざに乗るのは卒業しないとね……おじいちゃんは本気で言ってるよ。

 そう、そうかい。戦争の話が気になるのかい。そうだね、戦争の話でもちきりだね。戦争ねえ。

 むかし、この国は大きな戦争で負けてね。もう戦争はこりごりだと思ったんだ。毎年のように反省してね。戦争は痛くてかなしくてつらいものだから絶対にやめようねと言い聞かせられてきた。だけど今では戦争をほんとうに体験したひとたちも少なくなってね。自分たちは悪くないのになんで反省しなきゃいけないんだって声のほうが大きくなってきたんだ。自分たちが悪いんだけどね。

 あのね、ひとの頭には、だれかの気持ちを思いやり、未来を想像し、自分にやれる範囲をわきまえ、やってはいけないことをがまんするためのパーツがあるんだ。で、老化や病気、生まれつきの障害によって、そのパーツが動かなくなると、がまんができなくなって、自分がうまくいかないのは自分以外のやつらが邪魔しているからだと決めつける、せっかちな怒りんぼうになってしまう。

 つまりイカレが増えたんだね。

 生きづらいのなら通院すればよいのに、大国との戦争で行きづまりを打開できると言い出してね。もちろん勝てるはずがない。でもパーツがね。たとえ自分ひとりの人生ですらうまく舵とりできなくても、自分は有能な軍師だと本人はつよく思いこんでいるんだ。これはなおらない。パーツをとりかえたらなおるというものじゃないからね。軍事費より研究費にお金を使ってなおせるようにしてほしいもんだ。

 もちろん健常者は戦争に反対した。勝ち目がないからじゃない。政権交代を防ぎたい一心で戦争をあおる政治家のために、死にたい健常者なんてひとりもいないからだ。

 いつの時代もそうなんだ。自分たちの経済政策の失敗でとんでもない不景気になったのに、あいつらは責任をとりたがらない。権力を失ったら、これまで握りつぶしていた不正がばれて牢屋に入れられてしまうからね。国民の不満を外国への敵意にすりかえ、失策をうやむやにするつもりなんだ。

 あやつるのは国民の感情だけじゃなくてね。いろいろな国にいばりやすくなるつよさを国力と言いかえてみようか。この国力は経済がうまくいっているとか資源がいっぱいとか人口が多いとか土地が広いとか兵器をたくさん持っているとかをひっくるめたパワーでね。政策の失敗で経済の成長が止まったことをごまかすために、軍事費を増やして国力がおとろえていないように見せかけるんだ。統計の改ざんみたいなその場しのぎの馬鹿みたいな対応だよ。健常者はだまされないさ。

 だけど、健常者は多数派(マジョリティ)のように見えて少数派(マイノリティ)だった。政府がつくりだした流れにのっかるひとたちが多くてね。

 パーツはさ、ほんとうに大切なパーツなんだ。想像してごらん。お母さんやお父さんとの思い出をなくしたおまえはおまえだろうか。そいつはおまえとはまったく変わっている別人で、おまえとは違った見方をすると思わないかい。ひとはね、自分の思い出から出発して考えることでひとになるんだ。そしてひとはだれしも基本的人権というもので守られているんだよ。

 そのパーツがしっかり動かなくなれば、ひとでなしになる。コピーアンドペーストするように出所不明の考えを述べる。外国人と深く関わったわけでもないのに、外国人をひどい嘘つき呼ばわりしてしまう。女の子と話したこともないのに、女の子をあしざまにののしるみたいにね。

 パーツが正しく動いていれば、これまでの体験をつうじて大まかな傾向を発見できる。次はうまくやれるようにその傾向から対策し、さらに失敗や成功をくりかえすごとに自分の発見を修正できる。こういう行動をしたらこうなる可能性が高いと予測し、状況に応じてきびきびと動けるように成長できる。

 でもパーツが動かないと経験則というものをつかめない。電池がなければ動かないおもちゃは電池がなければ動かないだろう。そういう風にできない。絶対にできない。不可能なんだ。

 そして経験則をつかめなければ、発見も反省も修正も予測も成長もできない。自分ができないことを相手はできると考えるだけの想像力も持たない。だからだれかが会話やインターネットでおひろめした経験則があくまで経験則にすぎないと一生わからない。あるいは傾向をわざと大げさに言っただけのジョークだと死んでも気づけない。教科書に書かれた計算の公式を覚えるように、だれかの経験則をそっくりそのまま暗記してしまう。

 自分の経験に基づいた法則ではないから、経験を積んでも修正されようがない。はじめに真理として丸覚えしたものが女の子への憎しみだったら、実際にはやさしくされた思い出があっても、女の子からのやさしさはノーカンで、どんなにかくそうと試みても、言葉の端々や発想のひとつひとつから女の子へのあざけりがもれてしまうみたいにね。

 というわけで、やさしい外国人と接しても、青春時代にインターネットの匿名掲示板で流行していたから身につけただけの憎悪はなくならない。逆にやさしくない外国人と会ったら、やっぱりそうなんだと思いこみがはげしくなっちゃうけどね。やさしいはずの外国人に会っても、やさしくないところを見つけてムカつきだすだろう。真理を日常のなかで再発見するのは、彼らにとって自分の有能さをたしかめられるようで、とても気持ちのよいことなんだ。真理ではないし無能なんだけどね。

 憎しみのはてに、外国人を殺せと罵倒するだけならまだマシだ。マシでもないか。でも明らかな差別はまわりのひとも注意しやすいからね。問題は、無意識の偏見が彼らの思考の根っこにあるところなんだ。

 たとえば彼らがどんなに理性的にふるまおうとしても、不正によって国民をつねにだましつづけている政府の声明はうたがわないのに、外国の声明には疑心暗鬼で、ねつ造だ、デマだ、でっちあげだと信じない。根っこが間違えていると、そこから伸ばした枝も咲いた花も、ぜーんぶ間違いになるんだね。

 最悪なのは暗記だけは得意なパターンだ。ばつぐんの記憶力のおかげで受験や試験に成功してしまうと、自分の頭のよさに自信を持ってしまい、反論してくる相手をあほうだとみなして何も聞き入れなくなる。

 このように経験則を自力であみだせないひとたちの生は暗い。幼児的万能感から一歩も動けずに、ウンチをたれ流すだけで一生を終えるんだ。うんうん、くさいね。

 彼らは自分の真理をおびやかされそうなときだけ、裏づけ(エビデンス)を求める。それで相手が裏づけを提示すれば、わかりやすく説明しろとわめく。裏づけの文書を正しく読み解けるような頭に生まれてこなかっただけかもしれないし、自分にとって不都合な証拠が書かれていたらいやな気持ちになるから読みたくないだけかもしれない。とにかく丸投げで無責任だ。戦争に行くのは自分たちではないと思うのと同じようにね。

 とても親切なひとたちが教えてやっても、彼らはてこでも動かない。むずかしい内容をだれにでもわかる言葉で説明できないやつは頭が悪いと勝ちほこる。あるいは正しさに殺されると抜かし、ふだんは見下している弱者のガワを借りて相手をちくちくと非難する。戦争に反対したいだけで、お世話係はしたくない健常者はもうお手上げだ。

 が、やはり健常者。頭が回った。彼らはひとつのメッセージをばらまいた。たった十五文字の、わかりやすいスローガンだ。


 戦争は高齢者に行かせるのがアド

 

 ここで言うアドとは、アドバンテージ……有利って意味だ。戦地に高齢者を送ると有利になる。さて、どういうことだろう。

 かつて兵士として戦うのは若者だった。年かさの男たちがむちゃな計画をもとにむちゃな指令を出してね。戦地で相手の兵士とはげしく殺し合ったんだ。それで多くの若者たちが死んだし、生き残ったものも障害を負った。

 たしかに元気な若者たちが戦闘に参加したほうが勝てそうだね。だけど若者を兵士にすると、将来的に困ることがたくさんあるんだ。

 まず健康な若者が亡くなると、その分だけ社会で働けるひとが減って、人手不足になってしまう。

 目が見えなくなったり耳が聞こえなくなったり、手足がなくなる者もかならず出てくる。からだは健康そうでも、心に傷を負っているかもしれない。お国のために戦った若者たちを見捨てたら何が起こるかわからないから、健常者のようには動けなくなった彼らを国が助けてやらねばならない。つまり労働力がへるだけではなく、多くのお金をずーーーーーーーーーーーーーっと払わないといけなくなるんだね。おっと、死にわかれた家族への支払いも忘れずにね。

 それとね。戦争では技術力を競うように画期的な兵器が登場して、これが思いがけない後遺症をもたらす。たとえば新兵器によって子どもをつくる能力が失われてしまったらどうだろう。未来の労働力まで少なくなってしまうね。

 で、表向きの理由としては正義だとか防衛だとか、相手国の資源や土地をうばって国力を高めるために戦争をはじめるわけだけど、相手が大国だと一方的にボコボコにされて終わりだろうし、負けたあとは今よりもっとまずしくなるかもしれない。戦争賠償も考えないといけないからね。

 だが、戦地に高齢者を送れば、勝ち目のない戦争にある意味で勝ち目が出てくるんだ。

 まず高齢者が戦地で死ねば、年金の支給分が浮く。

 高齢者が重度の障害を負っても、労働力には関係ないし、障害者がもらう年金も若者のそれより少なく済む。

 種がなくなって子作りできなくなっても、高齢者だからどうでもよい。

 心がこわれようと、どうせ老化でよくわからなくなるし、すぐに寿命が来るから大丈夫。

 徴兵されたくなければ金を払えと言い、これまで隠し持っていた大量の現金を巻き上げることができる。

 政治にそこまで参加できなかった若者を出陣させると国が非難を浴びかねないが、高齢者が戦争に行くのは今まで積み重ねてきた投票の結果としてだれにも同情されない。

 なにより高齢者だ。戦争の悲惨さを何十年も語り継げない。

 高齢者が相手国の若い兵士を倒せば儲けもの。だけど相手国の若者に高齢者を殺されてもおトクだ。無謀な戦争によって若者が死ぬのは損失でも、高齢者は特攻させればさせるほど、福祉の負担が減って国が豊かになる。これが「戦争は高齢者に行かせるのがアド」の意味なんだ。

 念のために言っておくとね。ほんとうにアドだと思っているわけではないんだ。戦争の表向きの理由と裏向きの理由が違うようにね。

 反戦を訴えるひとたちがさまざまな方法でこのスローガンを宣伝した結果、ばったりと戦争推進派の声が止まった。

 ここからわかることは何だろう。考えてみるに、戦争をしたがっていたやつらの多くは、若者の死を願っていたんだろうね。はつらつとしている若いひとたちに嫉妬して、足を引っ張ろう、不幸にしてやろう、呪おうとしていたわけだ。

 うらやむ心はだれにでもある。しかし健常者はそれを表に出さない。あるいは表に出せるような前向きなかたちにととのえる。がまんする部分がちゃんと動いていれば、自分より恵まれていそうなだれかが結果的に傷つきそうなことをうれしそうに主張しない。なんか必死できついと聞き手の苦笑いを予想できるからね。

 でも真理をわかっているつもりのひとたちは違う。感情を排した論理的な正論を突きつけてやったと思っているんだ。むろん聞き手はそんな解釈はしない。それを言わなければならない必要性のなかに感情がある。わざわざ述べなくてよい話であればあるほど、よりつよく、そのおぞましい動機を取り出せる。

 ばればれの動機を逆手にとられ、若者を不幸にできなくなるどころか、自分たちが戦地に送られそうになった高齢者は黙った。

 高齢者の次に徴兵されそうな障害者もね。

 こうして開戦に一直線だった国民感情はすっと収まり、戦争をあおることでしか存続できなかった政権は倒れ、一時的に平和は保たれたというわけだ。

 そう、一時的に。

 政権を交代しても、経済は上向かなかった。震災もあったな。土地の価値は下落し、一部の地域は立ち入り禁止。電気代も水道代も高くなってね。暗い顔をした若者たちが「あれ? 高齢者を戦争に送るのってほんとうにアドじゃね?」と言い出した。

 結局、高齢出産がよくなかったんだろうね。

 核家族で両親も共働き、保育園や幼稚園や学童や塾や習い事でたらい回しにされ、ショート動画や過激なポルノ映像で脳の大切なパーツも動かなくなった若者たちが、十五文字のメッセージを文字通りの意味でとらえ、政治を変え、高齢者を戦地に送ってしまった。

 最新の兵器や通信システムは複雑でマニュアルの文字も小さいからという理由で、若者は安全な司令室でぬくぬくとビデオゲームで遊んでいた。高齢者は竹槍を両手に出陣した。

 無関係でいられるだろうと高をくくって戦争をあおっていた芸能人や資産家たちも餌食になった。戦時中は資産なんていくらでも没収できるし、拘束もカンタンだからね。それに今は情報社会だ。開戦を支持しておいて、ほんとうに戦争が起きたら逃げるようなひとたちは、世界中のひとたちから卑怯者だと嘲笑され、これまで築き上げてきた地位もすべて失い、外国で移民として人種差別を受けながら生活するしかなかった。

 だいたい外国に行ってもムダだったんだよ。外国でも高齢者を優先的に徴兵しはじめたからね。

 戦争に負けても、高齢者が減ったという意味では勝った。国民は老衰で亡くなったお年寄りを見送るような晴れやかな表情で、前向きになった。

 少子高齢化で先細りの未来しかない国より、人口比が若者にかたよっている途上の国のほうが希望があるように見える。

 それもいずれは行きづまるのだけど、戦争の悲惨さを語り継ぐ人間もいないから、すぐに次の戦争の計画が立てられ、前回は多額の賄賂を払って徴兵を免れたひとたちも含め、高齢者は全員、戦場へ送られた。

 なぜなら、それがアドだからだ。

 おっ、準備が終わったようだね。さあさ、おじいちゃんといっしょにあっちに行こうね。ああ、すごい飾りつけだ。紙がこんなにね、天井の端から端までわっかでつなげられて。一瞬のためにどこまで捧げるつもりなんだろうね。ほら、その椅子に座りなさい。おじいちゃんもここに座るからね。だめだめ、ここはおじいちゃんの席だからね。おじいちゃんのひざに乗ろうとするのはやめなさい。こっちはようやく解放された気分なんだ。ほら早く早く。きちんと座らないと何もあげないよ。三……二……一……。

 お誕生日おめでとう。

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