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水切り

作者: とくみち
掲載日:2025/12/24

「何歳になっても『好きです』って言って付き合いたいけどね」


飲み会でふと出た俺の台詞は、違和感なく受け止めれるほどには似合っていなくて、すぐに笑い飛ばせるほどふざけているようにも見えなかったのだろう。

一瞬沈黙が流れた。


「いや、まず彼女……つくれって」


沈黙の後に言われた言葉は単純ながらもすごく惨めなものだった。

俺は恋愛経験がない。

そう、キャラに合っていないというのは悲しい方だ。

女に困ったことがないとか、遊んでいるとかそういうことでは無い。


「うるさいっ!!」


間髪入れずに返してハイボールをぐいと飲むと周りは笑ってくれた。

彼らは高校からの仲間だ。それぞれ違う大学に通う今も、気兼ねなく話せる。

一人が聞いてきた。


「学校にいい人いないのかよ、お前の学部の男女比なんて理想なんだから」


俺は教育学部に通う1年生だ。

正直、周りに素敵な人なんて数え切れないくらいいる。

だから困っている。

その中でも特別なのが好きな人というのなら、大学ではそのような人に出会えていない。


「好きなタイプは?」


「それが無いんだよな……」


これは本当だ。

今まで失敗し続けてきた片想いの相手はタイプがバラバラで。

ただ、どんな人がいつもそばにいて欲しいかと考えた時、今ふと頭に降りてきた像があった。


「水切りしたいって言う目的だけで一緒に出かけてふらっと帰れる人」


こんな戯言、降りてきても表に出すことなんてできない。


「俺の事好きになってくれるなら、万々歳すぎるだろ」


氷で薄まった残り少ないハイボールに口をつけた。


――————――————――————――————――————――————――


「いいよ。いこうか」


映画の帰りに入ったファミレス。

チョレギサラダを口に運ぶ手を止めて、(はる)先輩は言った。


「来てくれるんですか」


「だって私も行きたいもん。何が起こるか分からない感じがいいね」


「水切りして終わるだけかもしれませんけど」


「それはそれで、いい経験だよ」


我ながら突飛な誘いをしたものだと思うが、晴先輩なら受けてくれるかもしれないという不思議な自信もあった。


晴先輩は同じ高校の1つ上の女子の先輩だ。

今は美大に通う大学2年生。

俺が高校2年生の時の文化祭実行委員で同じ係になり、一緒に校内を駆け回った。

長い綺麗な髪と女子にしては少し高い身長はクールな印象を与えてもおかしくないのに、柔らかい声とふわふわとした言動のお陰で全く近寄りずらさを感じない。上品なはずなのにどこか抜けていて、話しやすいはずなのにどこかプライベートに踏み込ませない空気感のある不思議な人。

先輩の卒業式の日に俺が言った「卒業しても仲良くしてください」という言葉を守って別々の大学に通う今でも3カ月に1回ほど、遊んでくれている。

あの日廊下で偶然会わなければ、きっと言えていなかった言葉なのに。


「どこに行きたいですか?」


「うーん。城崎湖(しろさきこ)


「ピンポイントですね」


「なんかピンと来たんだよ。〇〇は何か行きたいところない?」


晴先輩が俺の名前を呼び、問いかける。


「俺も城崎湖行きたくなってきました」


「ほんと?」


「本当です」


――————――————――————――————――————――————――


2週間後。

快晴だが少し肌寒い。

秋も本格化してきた気温をしている。


「やっぱり空気が澄んでるね」


Tシャツにカーディガンを羽織り、リュックを背負った晴先輩が隣で気持ちよさそうに言う。

5両編成のローカル線から降り立った城崎しろさき駅は年季の感じる木造で、改札を抜けると草の鮮やかな緑とそれに負けないくらい元気な空の青が飛び込んできた。


「本当に山の中の空気って違うんだ」


「地元から出てないと忘れちゃうよ」


城崎湖は山の中にある少し隠れた観光地。

夏休みはキャンプやBBQで賑わうが、今はオフシーズンで周りに人もまばらだ。


「城崎湖はここからバスで30分くらいかかります。結構しますね」


「うーん。そうだね」


晴先輩は何か考えている様子で頷く。

疑問に思いながらも俺がすぐそこにあるバス停に向かって歩き始めたとき、晴先輩の声が後ろからした。


「歩いてみない?」


いつも自信げな晴先輩にしては言いにくそうな切り出し方だった。


「結構距離ありますよ!? ここから歩いたら2時間くらいです」


「でも……どうせ着いても水切りするだけじゃん」


最初に聞いた時は勇気のいる提案だと思ったが、それもそうだ。

元々の予定が弱いのだから律儀にまっすぐ向かう必要もない。


「歩きで行きましょう!」


「ほんと! 楽しそうだなって思って」


そう言って晴先輩はリュックを背負い直した。

動きやすそうな服装だし、何とかなりそうだ。

少し気合いを入れて、目の前に大きな緑が待ち構える道に足を踏みだした。


「意外と紅葉とかないのね、11月なのに」


「緑色ばっかりですよね。赤とか黄色な山ってレアなのかな」


「そういうのは有名なスポットだけなのかもね」


特に正解を探すわけでもない会話をしながら山道を進む。


「今下りだから、帰り大変ですね」


「帰りも歩くの?」


「あぁ、帰りはバスでいいのか」


「流石に足棒だよ」


それから沢山の話をした。

学校の話、バイトの話、高校時代の思い出……。

今までは互いの趣味の映画や漫画のイベントに一緒に行っていたが、その時に深く触れなかった話題がどれだけたくさんあったか気づかされた。

晴先輩が大学で書いている絵も写真で見せてもらえた。

「実物はもっとすごいんだよ」と自分で言っていたが、そんなに自分の作品たちを好きになれたのは最近のことらしい。

芸術に毎日をささげる人の苦悩は俺には分からないだろう、失礼になるかもしれないと聞くのを避けていた。

今でも芸術に悩む人の気持ちを理解したとは全く言えないが、分からなくても聞いてよいんだ、と感じた。

片や俺と言えばだらだらと授業を受けているだけで、晴先輩のように本気で苦悩もしていない。

全力で生きている感覚が無くて自分が恥ずかしくなる。

が、晴先輩に言わせると、ボランティア先に小学校であった出来事などはなかなか興味深いらしい。

リップサービスかもしれないが。

今まで俺は晴先輩にプライベートに踏み込ませない不思議な雰囲気を感じていたが、それは俺が知らない世界を広く持っているからなのだろう。

勝手に距離を置いて知ろうとしなかったのだろう。


「見えてきたよ、湖」


段々と大きくなってくる緑の隙間から光を反射する水面が見えた。

長いと思っていた二時間の散歩ももう終わりのようだ。


「疲れましたか?」


「今日は疲れたくて外に出た、みたいなところもあるよ」


「じゃあ、よかったです」


湖の近くまで来ると、もともと気持ちが良かった風がさらに心地よく体を撫でていった。

綺麗な芝生を選んで腰を下ろして少し休憩したが、特にすることもなかったので今日の旅の目的に移る。


「平たい石がいいんだよね?」


「そうだと思います、逆にそれくらいしか知りません」


湖の畔で二人して腰を曲げて石を探す。


「うーん。妥協なしでいくとキリがないよ」


「ちょうどいいやつ、見つけましょうよ」


「じゃあ、私この子にしよう」


「先輩先に行きます?」


「いや、一斉にいこう。勝負するから」


「じゃ、少々お待ちくださいね……」


先輩を待たせていると意識すると逆にこれだという石が見つけられない。


「○○じっくり行くねえ」


「先輩はどんな石ですか」


「この子」


先輩が見せてくれたのは確かに平べったい、だが少し形はゆがみ気味の大き目な石だった。


「うーん水切りだから……『セツナ』」


「名前つけるんですか。これからすぐに投げちゃいますよ」


「だから『セツナ』なんだよ。それに……」


晴先輩は『セツナ』に目線を落としたまま続けた。


「長く一緒にいるだけが、いい出会いな訳でもないんだよー」


「……たしかに?」


「ふふ。これはそれっぽいこと言っただけ」


本音か誤魔化しか絶妙なラインだ。


「あ」


「あ、いいじゃん。結構薄いし」


俺が見つけたのは綺麗な円形の石だった。

俺の技量次第で、好記録へと導けそうな逸材だ。


「名前は?」


晴先輩の問いかけに答えを迷う。

石選びもそうだが、好きなものにすればいいという問題ほどスッと決められない。

晴先輩は一向に急かそうとはしない。


「『ソラ』かなぁ」


「いいじゃん」


晴先輩が笑って肯定してくれた。


「ありがとうございます」


「じゃあ、『セツナ』と「ソラ」で水切りと行こうか」


二人並んで湖の淵に立つ。

水の近くだから、地面は心なしか柔らかい。


「準備はできましたか」


右手で「ソラ」を弄びながら晴先輩に声をかける。


「いいよ。『いつでも来て』って『セツナ』も言ってる」


「うちの『ソラ』もです」


「じゃあ、せーのでいくよ」


「はい」


お互い視線は交わさずに水面を見据える。


「「せーのっ!」」


『ソラ』は大きく3回湖上をはねて沈んでいった。

『セツナ』は1回もはねなかったようだ。


「ああ! 『セツナ』……」


晴先輩が情けない声を上げた。


「晴先輩、あんなに自信満々だったのに」


「いいの! 長く続くだけが水切りじゃないんだよ」


「それは、そうなんでしょうか?」


晴先輩はあたりの地面をきょろきょろと見回した。


「まだ、いくよ」


「いきますか」


「次はこの子で」


「名前は?」


「『セツナ』が嫉妬するから付けない」


「なるほど」


「よーし……。はいっ!!」


ぴっ、ぽちゃん。


「1回はねた!!」


「おおお! 凄い」


「よーし、『セツナ』の未練は私が晴らしてあげるからね」


晴先輩は調子づいた様子で新たな石を探しに駆け出す。


「いいの? ○○。余裕持ってたら私に抜かされちゃうけど」


「よくないです」


俺も走って後を追いかけた。

お互い「楽しい」なんて口に出さないが楽しんでいるのは本能的に分かった。


「よーし、私3投目いくから」


晴先輩がすれ違いざまに言ってきた。


俺はこの人を好きになるのだろうか。

俺がいつもそばにいて欲しいと思う人は、「水切りをしたい」という理由だけで一緒に出掛けて、帰ってこれる人だったはずだ。

まだ晴先輩のことは全く掴めていないが間違いなく俺は一緒にいたいと思っている。

恋愛と友情の違いなんて分からない。

男女の恋愛も、おそらく男女の友情も、俺はハッキリ経験していない。

好きになったらこの関係が崩れるだの、友情は成立しないだの、きっと色々ある。

大切なのは後悔しないこと、だとは思う。

好きになる後悔、好きにならない後悔。

好きになって表に出してしまう後悔、行動しない後悔。

後悔の種類もきっと色々ある。


「こいつにします」


「ふーん、なかなかいいじゃん。でも私さっき2回はねたけど○○大丈夫そう?」


「ここでぶっちぎるからいいんです」


恋愛感情があると認めたら、きっとまた傷つく。

だが、認めなかったら傷つかないかと言ったらそれも違うだろう。

この人相手なら傷ついてもいいと、大変身勝手ながらそう思った。


「いきます」


体勢を低くして腕を振り上げた。


「見てるね」


しなる腕から投げ出された石は、力強く、軽やかに、光る水面をかけて行った。

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