【小説】TORAフィック(走)インフォメーション馬 to...
おれは座って俯いたままだった。
「自分を赦し給えよ」
ゴッドファーザーが言う。
おれは嗤って答える。
「奴らはクソだしそれ変わらない」
ゴッドファーザーは肩をすくめる。
「でも奴らは裁きを受けたりしない」
ゴッドファーザーが目を細めて訊く。
「裁かれて欲しいのかい」
「裁かれて欲しいし執行猶予なんて与えたくないんだ」
「実刑を求めるのかい」
「実刑だよ、死刑以外の」
「死刑以外の」
「できるだけ長い苦しみを」
10000回転まで上がった換気扇はどこまでも走り続けるのでおれはヘルメットを置いて煙草に火をつけると煙が勢いよく換気扇に吸い込まれて行き細い風はヘルメットの隙間で死ね死ねと鳴き続けるからどうにも眠りから遠ざかり続けている気がして目を開くとまだデジタル時計は目を閉じる5秒あとの時刻を表示しているだけだった。
眠くなりそうな速度で進む記憶のテールライトを眺めながら寝がえりを打つ。
目の奥で追尾灯が光る。
「睡眠警察です」
寝返りの方向指示器を点灯させなかった。罰則で入眠時間は五分遅らされる。
「眠れないのは分かりますが、規則なので」
誤差だ。
どうせ眠れない。
秒針の音に耐えかねて設置したデジタル時計が鈍く光る。
赤い光が目を刺す。
まるでテールライトだ。またはブレーキランプかも知れない。
どちらにせよ眠りまでは遠い。
諦めは肝心だ。
歯軋り対策に咥えたマウスピースを外して寝床から這い出る。熱の溜まったシーツに冷気が流れ込む。
空冷式のベッドはひとりで乗るには広過ぎる。
だがお前はどこにもいない。
タンデムなら眠れるのか。意味の無い自問に自嘲で自答する。
終わりかかった冬でも水道水は冷たくマウスピースを洗う手が悴む。
粘性の睡魔たちがおれを嘲笑いながら排水口に流れ込んでいく。
流しに転がっていたグラスで水を飲む。挽きたてのコーヒーみたいに細胞が膨らむ。
換気扇を回して煙草に火を点ける。
煙が立ち上る。
吸い込まれて消えていく。
換気扇の電球が白く光っている。
明日のヘッドライト。
または眠れないおれの為の誘導灯。
イェッピカイェーマザーファッカー!!
ポットを火にかける。
インスタントコーヒーと砂糖をマグカップに入れる。現代社会のO型血液、汎用性ヒロポン、労働者のガソリン。ゴキゲンな覚醒。
煙草で壊れた味蕾の上にコーヒーを置く。
砂糖の味以外は何もわからない。
チロチロと浜辺を伺いながら引いていく波のような眠りを見送る。
グッドバイ。
再び煙草の煙を乗せる。味蕾はゆっくり壊れていく。
だけどこれは狼煙だから、しばらくすれば眠りはここを目指して帰ってくる。
ぬるくなったコーヒーを飲み込む。
砂糖とカフェインが血管を押し広げる。心臓がオイルを交換した直後のエンジンみたいに高速で回転を始める。
眠りは遠ざかる。
換気扇が勢いよく回る。
吸って圧縮すると爆発して送り出す。2ストロークの心臓。4000回転を越えたあたりでクラッチレバーを放す。
そうやって眠りの水源から遠ざかる。
ゆっくりと、確実に。
遠くまで来た。もう眠りは見えない。
テールライトの隙間をすり抜ける。
車列は途切れない。
苦しい記憶は終らない。
厭な記憶は途切れない。
それなのに眠りは断絶したままだ。
窓の中にいる奴らは同じ顔をしている。
おれは単車のサイドミラーをぶつけながら車列を抜ける。
「邪魔だよ、どけって」
おれはヘルメットの中で叫ぶ。
ヘルメットが風を切り裂いて高く鳴く。
死ね死ね。クラクションが鳴る。
おれは振り向かない。
違う、おれは過去に向かって逆走している。
いや、おれは過去から逃げようとしている。
眠ったら死ぬ。
車列は途切れない。
詰まった血管のような道路。
行儀の良いおれたちは脳溢血を起こして歩道を走ったりしない。それは別に法が理由じゃない。ファーストペンギンがいないだけの話だ。何故なら歩道が空いている事をみんな知っている。
だがおれもルールを逸脱できないでいる。
だから行儀良く並んでいるしかない。
「おれはいつまでもこの渋滞から抜け出せずにいるのかい」
ゴッドファーザーに問いかける。
だがゴッドファーザーは答えない。
無限に広がる奴らの罪と無限に縮んでいくおれの罪。
サイドミラーでフラッシュする記憶がハードなラックとダンスする。
イェッピカイェーマザーファッカー!
そいつはおれが死ぬまでダンスってる寸法だ。おれは記憶の奴隷だ。
「おれあいつらを赦す事はできないし、できれば不幸になって欲しいと思うんだ」
それが罪になるのかゴッドファーザーに訊く。でもゴッドファーザーは答えない。
「エノモトが味覚障害になったと聞いて心底嬉しくなったよ」
おれは煙草を吸い込んで真っ白い煙を吐き出す。フルエキゾーストの疲労。おれこそがスリップオンの労働者。
だがゴッドファーザーは答えない。
「タカハシも半身不随とかになればいいのにと思っているよ」
サイドミラーでフラッシュする過去。
おれは目を反らすので精一杯だ。
立ちあがりレバーを引く。
タンクの中から水が流れてゴッドファーザーが流れていく。フラッシュ。
おれの分身。おれの不要物。
おれが忘れられない記憶はおれが成長する糧たりえるのか。
おれが奴らを赦す事で初めておれは成長するのか。
奴らは覚えちゃいないだろう。
だからおれ奴らの不幸を願い続ける。
死ね死ね死ねと鳴く蝉。
おれはまだ土の中にいる。
布団にくるまってドロドロと溶けている。
死ね死ね死ねと鳴く蝉。
地上に這い出たおれは何かに捕まって登る。
死ね死ね死ねと鳴く蝉。
おれは爪を立てて登る。
違う。
おれが爪を立てられたのだ。
脳味噌は傷だらけになっている。
おれがを立てられたのだ。
背中が痛む。
違う。
おれは爪を立てられなかった。
おれは爪を立てるべきだった。
おれは爪で引き裂くべきだった。
奴らを!
奴らを!
おれは奴らの視力を奪い鼻や耳を引きちぎり喉に突き立てて声を奪うべきだった。
「それは罪だよ」
ゴッドファーザーが答えた。
「わかっているさ」
おれは煙草を灰皿に押し付ける。
8000回転を越えた換気扇が唸る。
クラッチを切る。ギアを蹴り上げる。
クラッチを放す。アクセルを開く。速度が上がる。眠りが遠ざかる。
おれには爪が無かった。
おれには速度があった。
ヘルメットの隙間で風が高い声を上げて鳴く。眠りから遠ざかる。
スピードメーターの下で警告灯が光る。
速度超過。
おれは渋滞の真ん中で苦々しい記憶をすり抜ける。
おれには爪が無い。
おれには速度がある。
「こいつで轢き殺しても罪になるのかい」
おれはゴッドファーザーに訊いた。
ゴッドファーザーが嗤う。
「いや、殺しちゃダメだな。救われてしまう」
おれはゴッドファーザーに続けて訊く。
「生きて苦しんで欲しいんだ、過去を後悔して過去を懺悔して涙を流して苦しんで欲しい」
おれはまくし立てる。
「おれにそれを願う奴がいるなら、おれがそうなる前に奴らをそうしてやる。
おれが後悔して懺悔して涙を流しながら苦しむのはそのあとでいい」
ヘルメットの中で叫ぶ。
ゴッドファーザーは答えない。
心臓発着の主な血流は現在のところ遅れなどは無く全血流平常通りの運転です。
また体内山手線外回り交感神経、内回り副交感神経ともに平常通りの運転です。
脳味噌環状8号線は小学校の頃の思い出、秋山くんが缶蹴りの缶をもう一度さらに遠くまで蹴り飛ばした事を切っ掛けにニューロンが15分の渋滞です。
また脳味噌環状7号線は中学生の頃の思い出、劉くんが覗き込んだ通信簿を先頭に35分の渋滞です。
脳味噌中央道は榎本ICから高橋ICまで55分の渋滞、横山ICから福本峠、福田ICまで約25分の渋滞です。
剣道道は鈴木ICからおよそ15分の渋滞、戸田ICから20分の渋滞です。
カーブを曲がりたくなかったからハンドルから手を放した。




