第99話:帝都の守護者
謹慎が解け、三番隊組長として復帰した新八。
彼が率いる部隊はもはや旧来の新選組ではありませんでした。
それは「帝都の守護者」としての新たな姿です。
数週間後、謹慎が解かれ、俺は新選組三番隊組長としての任に復帰した。土方さんとの間に生まれた溝は、まだ完全には埋まっていない。だが、京の街は、俺たちの個人的な感情で揺らぐほど、甘くはなかった。
「三番隊、出動だ!先斗町で不逞浪士が騒いでいるとの知らせだ!」
俺の号令一下、黒の隊服に身を包んだ隊士たちが、一斉に駆け出す。その動きに一切の無駄はない。俺が現代知識を元に考案した、近接戦闘術と集団戦術を徹底的に叩き込んだ、精鋭中の精鋭たちだ。
「目標は、土佐藩を脱藩した浪士の一団。相手は酒に酔っているが、油断するな。あくまで目的は鎮圧だ。むやみに命を奪うなよ!」
「「「応ッ!!」」」
力強い返事が、屯所の庭に響き渡る。俺たちは、夜の闇に染まる京の街へと繰り出した。
先斗町の狭い路地裏は、酒と血の匂いが入り混じり、異様な熱気に包まれていた。数人の浪士が、刀を振り回し、店や通行人に絡んでいる。典型的な、尊攘思想にかぶれた連中の暴発だ。
「そこまでだ!」
俺が声を張り上げると、浪士たちが一斉にこちらを振り返った。その目は、憎しみと狂信で濁っている。
「出たな、幕府の狗、新選組め!」
「天誅!」
浪士たちが、我先にと斬りかかってくる。だが、俺の隊士たちは、慌てる素振りも見せない。
「第一分隊、前へ!盾で防御!」
指示通り、最前列の隊士たちが、特殊な素材で作らせた軽量の盾を構え、浪士たちの斬撃を受け止める。その隙に、第二分隊が、短い槍で浪士たちの体勢を崩す。
「捕縛!」
俺の合図で、最後尾に控えていた隊士たちが、一斉に飛び出し、体勢を崩した浪士たちを捕縛用の縄で絡め取っていく。ものの数分で、あれだけ息巻いていた浪士たちは、誰一人として命を落とすことなく、無力化されていた。
これが、俺の目指す「帝都の守護者」としての新選組の姿だ。圧倒的な力で、無用な血を流さずに京の治安を守る。それは、俺が未来から来た人間だからこそ、強く意識していることだった。
屯所に戻り、後処理を済ませると、俺は監察方の山崎烝を自室に呼び出した。
「ご苦労さまでした、永倉さん」
「山崎こそ。例の件、どうなっている?」
俺が尋ねたのは、もちろん亀山社中と陸援隊の動向だ。山崎は、俺が最も信頼する監察であり、俺の秘密の活動を知る、数少ない協力者の一人だった。
「はい。亀山社中は、先日、グラバー商会との間で、薩摩藩名義での蒸気船の購入契約を締結。近く、五島列島沖で、初の交易を行う予定とのことです」
「そうか。順調だな。陸援隊の方は?」
「こちらも。永倉さんから提供されたミニエー銃の扱いに、当初は戸惑っていたようですが、中岡慎太郎の指導の下、習熟度は飛躍的に向上している模様です。先日、愛宕山で行われた射撃訓練では、驚くべき命中率を記録したとか」
山崎の報告に、俺は満足げに頷いた。俺が蒔いた種は、着実に芽吹き、育ち始めている。
だが、問題は、これらの情報を、どうやって土方さんたちに伝えるかだ。下手に隠せば、俺への疑念を深めるだけだろう。かといって、正直に全てを話すわけにもいかない。
「山崎。亀山社中については、『薩摩が、幕府に対抗しうる海軍力を手に入れようとしている』という形で、少し大袈裟に報告してくれ。坂本龍馬の名は出すな。あくまで、薩摩の動きとして、だ」
「承知いたしました。陸援隊については?」
「『各地の脱藩浪士が、中岡慎太郎という男の下に集結し、不穏な動きを見せている』とだけ伝えろ。」
「よろしいのですか?それでは、永倉さんの手腕が疑われることにもなりかねませんが」
山崎が、心配そうな顔で俺を見る。
「構わん。俺の評判よりも、今は彼らの活動を軌道に乗せることが最優先だ。新選組の目が、彼らの本質に向かないようにすることが、俺の役目だ」
俺は、山崎にそう念を押した。これは、綱渡りのような情報操作だ。一つ間違えれば、俺だけでなく、坂本さんや中岡、そして彼らに関わる全ての人々を、危険に晒すことになる。
(だが、やるしかない)
俺は、表向きは新選組の忠実な組長として、京の治安維持に全力を尽くす。尊攘派の過激な動きは、徹底的に抑え込む。それは、市民の安全を守るという、新選組本来の使命を果たすためであると同時に、陸援隊や亀山社中が、過激なテロ組織と同一視されるのを防ぐための、布石でもあった。
彼らの目的は、破壊ではない。創造だ。新しい日本を創るための、産みの苦しみ。それを、ただの騒乱として終わらせてはならない。
そんな俺の二重生活を、静かに見つめる目が一つあった。
ある夜、巡察を終えて屯所に戻ると、一人の男が、俺の部屋の前で待っていた。
「斎藤……」
新選組最強の剣士と謳われる、無口な男。斎藤一だった。
「……少し、いいかい」
斎藤さんは、珍しく、彼の方から口を開いた。部屋に入ると、彼は俺の向かいに座り、じっと俺の目を見つめてきた。その、全てを見透かすような瞳に、俺は少しだけ、身構えた。
「最近の永倉さんは、少し、変わった」
「……そう見えるか?」
「ああ。以前のあんたは、もっと猪突猛進だった。だが、今は、まるで、二手三手先を読んでいるかのような動きをする」
斎藤さんの言葉に、俺は心臓が跳ねるのを感じた。
「……考えすぎだ。俺は、俺のやるべきことをやっているだけだ」
「そうか。……先日の、先斗町での一件。見事な手際だった。だが、あれは、以前のあんたの戦い方じゃない」
斎藤さんは、言葉を続ける。
「あんたは、隊士たちに、極力、人を殺させないようにしている。まるで、未来を知っているかのように、無駄な血が流れるのを、恐れているようだ」
その言葉は、俺の心の最も深い部分を、鋭く抉った。
(この男には、敵わないな……)
斎藤一。史実では、新選組の中でも特に謎の多い人物だ。彼の出自や、その後の足取りには、諸説ある。だが、一つだけ確かなことがある。彼は、誰よりも深く、物事の本質を見抜く目を持っていた。
「……斎藤。あんたは、この先、新選組がどうなると思う?」
俺は、問い返すことで、彼の真意を探ろうとした。
「……さあな。だが、このままでは、長くは続かないだろう。時代の大きな流れには、逆らえん」
「もし、その流れを、俺たちが作れるとしたら?」
俺の言葉に、斎藤さんの目が、わずかに見開かれた。
「……どういう意味だ?」
「幕府でもなく、薩長でもない。俺たちが、この国の新しい道を示すんだ。俺は、そのために動いている」
俺は、覚悟を決めて、斎藤さんに告げた。全てを話すことはできない。だが、俺の覚悟だけは、伝えておきたかった。
斎藤さんは、しばらくの間、黙って俺の顔を見つめていた。そして、やがて、ふっと、かすかに口元を緩めた。
「……面白い。あんたが、そこまで言うのなら、俺は、あんたを信じよう」
「斎藤……」
「だが、忘れるな。俺は、新選組の斎藤一だ。あんたが、もし新選組を裏切るようなことがあれば、その時は、俺があんたを斬る」
その言葉は、彼の揺るぎない信念の表れだった。だが、俺には、それが、彼なりの信頼の証のように感じられた。
「ああ。分かっている。その時は、甘んじて、あんたの刃を受けよう」
俺は、まっすぐに斎藤さんの目を見つめ返した。
その夜、俺と斎藤さんの間に、言葉にはできない、確かな絆が生まれた。
表の顔と裏の顔。帝都の守護者としての顔と、未来を創る革命家としての顔。その二つの顔を持つ俺の、唯一の理解者。
斎藤一という存在は、俺にとって、これから先の戦いを乗り越えていく上で、何よりも心強い支えとなるだろう。
俺は、窓の外に広がる京の夜景を見つめながら、決意を新たにした。
(俺の戦いは、まだ始まったばかりだ)
帝都の守護者として、京の平和を守り抜く。そして、その水面下で、新しい時代の礎を築く。
それは、誰にも理解されない、孤独な戦いかもしれない。だが、俺には、信じてくれる仲間がいる。遠い長崎で、京の郊外で、そして、すぐ隣で。
俺は、もう一人ではなかった。
「時代の流れを、俺たちが作る」
新八の言葉に、斎藤一は何を感じ取ったのか。
新選組最強の剣士であり、諜報のプロでもある彼に見抜かれた新八の変化。
しかし、それは敵対ではなく、新たな共鳴を生む予兆かもしれません。
山崎烝を通じた情報操作、そして斎藤との対話。
新八の孤独な戦いに、微かな光が差し込み始めます。




