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第98話:二つの組織

新選組での謹慎生活を強いられる新八ですが、その心は未来を見据えています。

新八が蒔いた種は、海と陸、二つの巨大な組織として芽吹きます。

 土方さんとの間に、修復しがたいほどの亀裂が生じてから、数日が過ぎた。俺は、新選組屯所である西本願寺の一室で、謹慎という名の蟄居を命じられていた。会計の任は解かれ、隊士たちとの接触も禁じられている。まるで、鳥かごの中に閉じ込められた鳥のようだ。


 だが、俺の心はこの狭い部屋の中にはなかった。俺の思いは、ここから遠く離れた長崎の地へ、そして京の郊外へと飛んでいた。


 今日という日は、俺たちが水面下で進めてきた計画が、ついに形となる日だ。


(頼むぞ、坂本さん、中岡……)


 俺は窓から見える空を見上げながら、心の中で二人の盟友に語りかけた。俺が未来から持ち込んだ知識と、この時代で手に入れた武器。それらを元手に、彼らが歴史の歯車を大きく動かしてくれることを、俺は固く信じていた。


 ◇


 その頃、遥か西の海に開かれた港町、長崎。

 異国の文化と日本の活気が交じり合うこの地で、歴史的な一歩が踏み出されようとしていた。


 出島のほど近く、異人商館が立ち並ぶ一角に、多くの人々が集まっていた。その中心に立つのは、土佐の脱藩浪士、坂本龍馬その人である。彼の周りには、同じく土佐出身の者や、様々な藩から集まった志士たちが、期待と興奮に満ちた表情で彼を見つめていた。

 そして、その背後には、薩摩藩の重臣である五代才助(後の友厚)と、トーマス・グラバーの姿もあった。


「皆の者、よう集まってくれた!」


 龍馬の、太陽のように明るく、力強い声が響き渡った。


「わしらは、生まれも育ちも違う。じゃが、この国を想う心は一つじゃ! これまでの日本は、藩という小さな殻に閉じこもっちょった。じゃが、これからは違う! わしらは、藩という垣根を越え、一つの大きな船となって、世界の海へ漕ぎ出すんじゃ!」


 龍馬が掲げたのは、「亀山社中」と墨痕鮮やかに書かれた大きな看板だった。


「今日この日、この長崎の地に、日本初の商社、亀山社中が誕生した! わしらの目的は、ただ一つ! 貿易と海運を担い、この日本を、世界と対等に渡り合える、豊かで強い国にすることじゃ!」


 おおっ、と地鳴りのような歓声が上がった。集まった者たちの目には、希望の光が宿っている。彼らは、龍馬が語る壮大な夢に、自らの未来を重ねていた。


 亀山社中。それは、利益を追求し、その力で国を動かす、全く新しい組織だ。薩摩藩という強力なスポンサーを得て、グラバーから最新の蒸気船や武器を買い付け、それを他の藩や志士たちに売りさばく。その過程で得た莫大な利益を、さらに新しい事業や、来るべき未来への投資に充てるのだ。


「わしらの船は、ただの荷運び船じゃ終わらん!」

 龍馬はさらに言葉を続けながら、脳裏にある男の顔を思い浮かべていた。


 ――新選組の永倉新八。


 奇妙な縁で結ばれた男。この亀山社中の構想も、元はと言えば彼が龍馬に授けた策だった。『薩摩の力を利用し、いずれは薩長をも凌駕する経済力を持て』と、彼は言ったのだ。


(永倉の言う通りじゃ。わしらは、幕府にも薩長にも属さん、第三の風になる)


 龍馬はニヤリと笑った。


「わしらの船は、ただの荷運び船じゃ終わらん!」龍馬は、さらに言葉を続けた。「いずれは、幕府の海軍にも匹敵する力を持つことになる。だが、わしらの力は、私利私欲のためには使わん。すべては、この日本の未来のためじゃ!」


 その言葉に、五代才助が満足そうに頷いた。薩摩藩としては、亀山社中を隠れ蓑に、討幕のための海軍力を手に入れるという思惑がある。だが、龍馬の狙いは、そのさらに先にあることを、まだ誰も知らない。


 ◇


 そして、奇しくも同じ日。

 帝のおわす都、京の郊外。愛宕山の麓に、百名を超える男たちが集結していた。


 彼らの顔ぶれは様々だ。土佐、長州、水戸……。皆、それぞれの藩を飛び出し、尊王の志を胸に京へ上ってきた者たちだった。だが、これまでの彼らは、統一された指揮系統もなく、ただ熱意だけが空回りする烏合の衆に過ぎなかった。


 その彼らをまとめ上げ、一つの組織として生まれ変わらせた男がいた。土佐の脱藩浪士、中岡慎太郎である。


「同志諸君!」


 中岡の、冷静だが熱を帯びた声が、集まった志士たちの心を震わせた。


「我々は、これまで個々に活動してきた。だが、それでは、幕府や新選組といった巨大な組織には対抗できん! 我々が帝をお守りし、この国を正しい道に導くためには、我々自身が、強大な力を持たねばならん!」


 中岡の言葉に、志士たちは固唾を飲んで聞き入った。彼らの目の前には、ずらりと並べられた最新式のミニエー銃が、鈍い光を放っている。


「ここに、我々の新たな力がある!」


 中岡は、一丁のミニエー銃を高く掲げた。


「これは、ある同志が、我々の志に共感し、命がけで用立ててくれたものだ。我々はこの銃で武装し、ただの浪士の集まりではない、一個の実力組織として生まれ変わる!」


 その言葉に、志士たちの間にどよめきが広がった。これほどの数の最新銃を、一体どこから手に入れたのか。誰もが疑問に思ったが、中岡はその問いには答えず、ただ静かに銃身を見つめた。


 この銃を提供したのは誰か。それは、敵であるはずの新選組幹部、永倉新八だ。

 中岡は、あの夜の密談を思い出していた。永倉は言った。『中岡、お前が陸の要になれ。俺が武器を用意する』と。


(永倉君、君の覚悟、確かに受け取った)


 中岡は心の中で盟友に感謝を捧げ、高らかに宣言した。


「本日、我々はここに、帝をお守りするための実力組織、『陸援隊』を結成する! 我々の目的は、天朝の御威光を輝かせ、幕府の奸臣どもを討ち、この国に真の勤王の世を打ち立てることにある!」


 うおおおっ! という雄叫びが、山々にこだました。それは、これまで抑圧されてきた者たちの、反撃の狼煙だった。


 ◇


 西本願寺の屯所。

 俺は、遠くから聞こえてくるような気がする歓声を、肌で感じていた。


 海には、坂本龍馬の「亀山社中」。

 陸には、中岡慎太郎の「陸援隊」。


 この二つの組織は、互いに連携し、情報を共有しながら、それぞれの領域で勢力を拡大していくことになる。亀山社中が経済と物流を握り、陸援隊が武力でそれを支える。それは、未来の日本を動かすための両輪となるはずだ。


 そして、その誕生の影に、新選組の永倉新八がいることを知る者は、まだごくわずかだ。


(それでいい。俺は、影に徹する)


 俺の役目は、歴史の表舞台に立つことではない。新選組という組織の内側から、この二つの組織の活動を支え、障害となるものを排除することだ。時には新選組の情報を流し、時には彼らの動きを意図的に見逃す。それは、古くからの仲間たちを欺く、裏切りの行為にしか見えないだろう。


 土方さんの、失望と怒りに満ちた顔が脳裏をよぎる。近藤さんの、悲しそうな瞳が胸を締め付ける。


 だが、俺はもう立ち止まることはできない。


 俺の謹慎生活は、まだしばらく続くだろう。だが、それは俺にとってむしろ好都合だった。表向きの活動を制限されることで、俺は誰にも怪しまれることなく、水面下で張り巡らせた情報網を駆使し、二つの組織の成長を見守ることができる。


(山崎には、亀山社中と陸援隊の動向を、引き続き注視させよう。そして、その情報が土方さんの耳に、歪んだ形で伝わらないように、うまくコントロールする必要がある)


 俺は自らの頭脳をフル回転させ、これからの計画を練り直した。


 長崎と京。遠く離れた二つの場所で、同時に産声を上げたはずの、新しい時代の担い手たち。彼らの鼓動が、まるで自分のことのように、俺の胸に力強く響いていた。


 それは、俺だけが知る、未来へと続く確かな足音だった。

 友との絆を犠牲にしてまで、俺が成し遂げようとしている、壮大な革命の序曲。


 その日、歴史は確かに新たな一ページをめくったのだ。まだ誰も気づかぬ、静かな、しかし決定的な一歩を。


 俺は、固く拳を握りしめた。


(待ってろよ、未来。俺が、必ずお前を変えてみせる)


 京の空は、どこまでも高く、青く澄み渡っていた。


ついに「亀山社中」と「陸援隊」が誕生しました。史実とは異なり、新八の介入によって最初から強力な連携と武力を持った組織として。

新選組での孤立と引き換えに手に入れたこの二つの力は、やがて幕府も薩長も凌駕する第三極へと成長していきます。

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― 新着の感想 ―
うーん、主人公が現時点で知り得ない光景に、突然主人公視点のモノローグが入るのは、さすがに無理がありますね。 面白いとは思うんですが、一人称がまだこなれてないように感じます。
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