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第97話:すれ違う友

陸援隊への武器手配。その代償は、あまりにも大きなものでした。

ついに土方歳三が新八の不審な動きに気付き、問い詰めます。

 陸援隊に最新のミニエー銃を手配してから数日後。俺は、新選組の屯所である西本願寺の一室で、いつになく重苦しい空気に包まれていた。目の前には、鬼の副長、土方歳三が、腕を組み、氷のように冷たい視線で俺を射抜いている。


 その隣には、局長の近藤勇が、困惑と憂いを浮かべた表情で座っている。俺と土方さんの間に漂う不穏な空気を、どうにか和らげようとしているのが見て取れた。だが、今日の土方さんは、近藤さんの仲裁など聞き入れそうにない。


「永倉」


 土方さんの低い声が、静寂を破った。その声には、怒りと、そしてそれ以上に深い疑念の色が滲んでいた。


「てめえ、最近コソコソと何をやってやがる。長崎奉行所から、妙な問い合わせがあったぞ。『新選組の名義で輸入された大量のミニエー銃について、確認したいことがある』とな」


 土方さんは、一枚の書状を畳に叩きつけた。


「記録によれば、先月、グラバー商会から最新式のライフル銃が五十丁、新選組宛てに買い付けられている。だが、俺たちの武器庫には、そんな銃は一丁もねえ。……あの銃は、どこへ消えた?」


 やはり、そこからバレたか。新選組の金には一切手をつけていないとはいえ、「新選組」という看板を利用して輸入許可を通した以上、幕府の役人が動けば足がつくのは時間の問題だった。


「……何のことですか、土方副長。俺は、隊の金には一文たりとも手をつけていませんよ。会計の帳簿を見てもらえばわかるはずです」


 俺は、あくまで金銭的な潔白を主張し、平静を装って答えた。だが、そんな論点のすり替えが、この男に通じるはずもなかった。


「金の話をしてるんじゃねえ!」


 土方さんが、激昂して立ち上がった。その鋭い眼光が、俺を貫く。


「誰の金で買おうが、新選組の名を勝手に使って武器を動かしたことが問題なんだ! しかも、その銃の行方が知れねえ。……いや、見当はついている」


 土方さんは、さらに一歩、俺に詰め寄った。


「お前が、土佐の浪士どもと密会を重ねていることは、掴んでるんだ。坂本龍馬……中岡慎太郎……。奴らは、俺たちの敵じゃねえか。まさか、隊の名義で仕入れた最新の銃を、みすみす敵に渡したんじゃねえだろうな! 新選組を裏切る気か、新八!」


 その言葉は、刃のように俺の胸に突き刺さった。裏切り。俺が、最も恐れていた言葉。だが、俺の行動は、新選組という組織の理屈からすれば、明白な利敵行為に他ならない。


「……裏切りではありません」俺は、静かに、しかし強い意志を込めて答えた。「すべては、より大きな忠義のため」


「大きな忠義だと?」土方さんは、鼻で笑った。「新選組への忠義より、幕府への忠義より、大きな忠義がどこにあるってんだ。てめえの言う忠義は、一体誰に対してのものだ!」


「それは……今は言えません」


 俺は、唇を噛み締めた。孝明天皇との密約。日本の未来を守るため、幕府という枠組みさえも超えて行動せよという勅命。それを明かせば、土方さんも俺の真意を理解してくれるかもしれない。


 だが、それはできない。主上との約束は、絶対に守らなければならない。そして、この計画は、あまりにも壮大で、危険すぎる。土方さんを、そして新選組の仲間たちを、これ以上危険な道に巻き込むわけにはいかなかった。


「言えねえ、だと?」土方さんの声が、さらに低くなった。「新八……。てめえ、本当に変わっちまったな。試衛館の頃のてめえは、もっと真っ直ぐな男だったはずだ。いつから、そんな腹に一物も二物も抱え込むような、食えねえ男になっちまったんだ」


 その言葉は、俺の心の最も柔らかい部分を抉った。そうだ。かつての俺は、ただひたすらに剣の道を求め、仲間との絆を信じ、近藤さんや土方さんと共に、武士として生きることを夢見ていた。


 だが、未来を知ってしまった俺は、もう昔の俺ではいられない。この国が、そして仲間たちが辿る悲劇的な運命を知ってしまった以上、俺は修羅の道を進むしかないのだ。


「……人は、変わるものですよ、土方さん」俺は、自嘲気味に呟いた。「俺も、あんたも、そしてこの国も」


「ふざけるな!」


 土方さんの怒りが、ついに頂点に達した。彼は、腰の和泉守兼定に手をかけた。その鞘走りの音に、部屋の空気が凍りつく。


「待て、トシ!」


 近藤さんが、慌てて二人の間に割って入った。


「早まるな! 話せばわかるはずだ。なあ、永倉。お前も、何か事情があるんだろう? 金だって、お前が自分で才覚を働かせて作ったものだと聞いている。隊に損害を与えたわけじゃない。俺たちに、話してはくれんか。俺たちは、仲間じゃないか」


 近藤さんの言葉が、温かく俺の心を包む。そうだ。この人たちは、俺にとってかけがえのない仲間だ。この人たちを守るために、俺は未来を変えようと誓ったのだ。


 だが、だからこそ、言えない。真実を告げることは、彼らをあまりにも危険な渦の中に引きずり込むことになる。


 俺は、近藤さんの優しい眼差しから目をそらし、固く口を閉ざした。その沈黙が、俺の答えだった。


「……もういい、近藤さん」土方さんが、静かに刀から手を離した。「こいつはもう、俺たちの知ってる永倉じゃねえ。自分の目的のためなら、組織の規律さえも踏みにじる男だ」


 その言葉は、決定的な亀裂を、俺たちの間に生んだ。かつて、同じ夢を見て、固い絆で結ばれていたはずの友は、今や、互いに相容れない道を歩み始めていた。


「……永倉」土方さんは、背中を向けたまま、冷たく言い放った。「今後、てめえの独断専行は一切認めん。隊の会計からも外す。しばらく、屯所でおとなしくしてやがれ。次に不審な動きを見せたら、その時は……局中法度に従って、てめえを斬る」


 それは、最後通告だった。新選組の鬼の副長としての、非情な宣告。俺は、何も言い返すことができなかった。


 土方さんが部屋を出ていくと、後には、重苦しい沈黙だけが残された。近藤さんは、悲しそうな顔で俺を見ていたが、やがて深いため息をつくと、ぽんと俺の肩を叩いた。


「……永倉。俺は、お前を信じている。お前が、新選組を裏切るような男ではないと、俺が一番よくわかっているつもりだ。だがな、トシの言うことも、わかるだろう? あいつは、あいつなりに、組織としての新選組を守ろうとしているんだ。不器用な男だからな、ああいう言い方しかできんのだ」


「……わかっております」


「今は、少し時間を置こう。お互いに、頭を冷やす時間が必要だ。俺も、トシを説得してみる。だから、お前も、あまり思い詰めるな」


 近藤さんの優しさが、かえって俺の胸を締め付けた。この人は、いつだってそうだ。俺と土方さんがぶつかるたびに、いつも真ん中に立って、俺たちのことを案じてくれる。


 だが、その優しさに甘えるわけにはいかない。俺の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。


 その夜、俺は一人、自室で月を見上げていた。土方さんに会計の任を解かれ、事実上の謹慎処分となった今、俺が自由に動くことは難しい。


(だが、止まっている時間はない)


 俺の脳裏には、坂本龍馬と中岡慎太郎の顔が浮かんでいた。彼らは今頃、俺が託した未来への投資――あの五十丁のミニエー銃を、着実に形にしようとしているはずだ。


 亀山社中と、陸援隊。


 この二つの組織が、歴史の表舞台に登場する時、俺の計画は、次の段階へと進む。それは、新選組という枠組みを超え、日本という国そのものを動かす、壮大な計画だ。


(すまない、土方さん、近藤さん)


 俺は、心の中で二人の友に詫びた。今は、お二人と道を違えることになっても、いつか必ず、俺の真意を理解してもらえる日が来ると信じている。


 俺が目指すのは、新選組の、そして日本の輝かしい未来。そのためならば、俺はどんな汚名も着よう。友との絆が裂かれる痛みにも、耐えてみせる。


 修復しがたい冷たい溝。土方さんとの間に生まれたそれは、もはや簡単に埋まることはないだろう。だが、俺は進まなければならない。俺だけが知る、未来の悲劇を回避するために。


 俺は、窓の外に広がる京の夜空を見つめながら、固く誓った。


(見てろよ。俺は、俺の信じる「忠義」を、必ず貫き通してみせる)


 遠くで、夜警に回る隊士たちの声が聞こえた。それは、俺が愛した、そして今も愛している新選組の日常の音だった。


 その日常を守るために、俺は、非情の道を歩む。


 友とのすれ違いに胸を痛めながらも、俺の決意は、微塵も揺らぐことはなかった。

近藤勇の仲裁も虚しく、試衛館時代からの絆に亀裂が走ります。

誰よりも新選組を思うがゆえに、仲間を欺き、孤独な道を選ばざるを得ない新八の苦悩が深まります。

会計の任を解かれ、動きを封じられた新八ですが、その瞳から光は消えていません。

孤独な夜、新八の決意はより一層固く研ぎ澄まされていきます。

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― 新着の感想 ―
そりゃ土方からすれば裏切りの利敵行為だからねぇ… 帝との約束が有るとは言え、近藤、土方との間に 名前だけでも間に入れて 距離取っての対応出来る幕府よりの第三者入れて…とか 根回ししないで、個人的に動…
幕府魔改造するキッカケも作れないままに、維新の原動力になったと言う説が司馬史観で広まってる龍馬、中岡と繋がれば、そりゃ土方のみならず倒幕維新を進めてるようにしか見えませんものね。 両者共に倒幕の意識は…
どんどん新撰組から離れていってるな。 やってることが倒幕MOVE、ここからどうやって新撰組を活かすんだろ。
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