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第96話:未来の武器

新八の警告により、中岡慎太郎は死の淵から生還しました。

しかし、志だけでは国は守れません。

新八が次に打つ手は如何に?

 俺が中岡慎太郎に警告を送ってから、十日ほどが過ぎた。京の町は、表面上は穏やかな時間が流れている。だが、水面下では、俺が投じた一石が着実に波紋を広げていた。


 その知らせは、坂本龍馬からもたらされた。


「永倉さん、あんた、とんでもないことしてくれたのう!」


 いつものようにひょっこりと俺の前に現れた龍馬は、開口一番、にやにやと笑いながらそう言った。場所は、京の町外れにある、とある料亭の一室。もちろん、俺が新選組の永倉新八としてではなく、ただの「杉村義衛」として借りている部屋だ。


「……何のことだか、さっぱりだな」


 俺は素知らぬ顔で盃を傾ける。龍馬は、そんな俺の態度を楽しんでいるかのように、さらに続けた。


「とぼけるなや。中岡のことじゃ。あいつ、あんたの知らせのおかげで、危ないところを助かったらしいぜよ。長州の連中が、あいつが泊まっとった宿を嗅ぎつけて夜討ちをかけようとしとったらしいが、あんたの警告で事前に察知して、まんまと空振りに終わらせた、とな」


「……そうか。それは何よりだ」


 俺は、内心で安堵の息をついた。俺の警告が、確かに彼の命を救った。そして、俺の賭けは成功したのだ。


「『永倉殿は、真の志士じゃ。あの人は、新選組という狭い枠に収まる器ではない。わしは、あの人を信じる』。中岡は、そう言うとったぜ」


 龍馬の言葉に、俺の胸は熱くなった。伝わった。俺の真意が、確かに彼に届いたのだ。敵対する組織に身を置きながらも、俺が日本の未来を憂う一人の人間であることを、彼は理解してくれた。


「それでな、永倉さん」龍馬は身を乗り出し、声を潜めた。「中岡からの伝言じゃ。『永倉殿の志、しかと受け止めた。陸援隊の件、具体的に進めたい。ついては、永倉殿のお力添えを願いたい』、とな」


「……力添え、か」


「ああ。あいつは本気じゃ。あんたを、陸援隊のもう一人の創設者と見定めとる」


 その言葉は、俺が待ち望んでいたものだった。中岡慎太郎という男を完全に味方につけること。それが、俺の計画の第二段階だった。


「わかった」俺は頷いた。「だが、ただ志だけでは、事は成せん。特に、陸援隊のような軍事組織を立ち上げるには、何よりもまず『力』が必要だ」


「力……?」


「ああ。最新の武器だ。今の時代、戦の勝敗を決めるのは、剣の腕でも、精神力でもない。銃の性能と数だ」

 俺の言葉に、龍馬は目を見開いた。彼の脳裏には、おそらく下関戦争で長州藩が欧米列強の艦隊に惨敗した光景が浮かんでいるのだろう。


「ミニエー銃……。あんた、それをどこで」

「あんたが教えてくれたんだろう、龍馬。長崎に行けば、面白いものが手に入ると」

 俺は不敵に笑ってみせた。未来の知識を持つ俺にとって、この時代の最新兵器の情報など、掌を見るより明らかだ。

「フランス製のライフル銃。従来のゲベール銃とは比較にならない射程と精度。これを装備すれば、戦況は一変する」


「まさか、永倉さん……。あんた、それを新選組に?」

 龍馬の顔が、わずかに曇る。新選組がミニエー銃で武装する。それは、彼らにとっても脅威以外の何物でもない。

「まさか」

 俺は、彼の懸念を一笑に付した。

「新選組には、まだ早い。それに、これは俺個人の『投資』だ」

「……どういう意味じゃ?」

「この銃は、すべて陸援隊に回す」


 俺の言葉に、今度こそ龍馬は絶句した。彼の大きな目が、信じられないというように、さらに大きく見開かれる。

「……正気か、永倉さん。幕府側の人間が、浪士たちに最新の武器を与えるじゃと? それに、そんな大量の武器を買う金、どこにある? 新選組の財布は、あの『鬼の副長』が握っとるんじゃろ? 一文たりとも誤魔化せるとは思えんが」


 さすがは龍馬、鋭い。俺はニヤリと笑い、懐から一枚の紙を取り出した。

「その通りだ。土方さんの目は誤魔化せない。だから、新選組の金には一切手をつけていない」

「なんじゃと?」

「『生糸』だ。欧州で蚕の病気が流行って、日本産の生糸が高騰することを知っていたんでな。だから、懇意にしている商人に助言して、相場を張らせたんだ。その利益の一部を、俺の裏口座に預けてある」

 俺の説明に、龍馬は呆気にとられたような顔をした後、腹を抱えて笑い出した。

「はっはっは! 傑作じゃ! 新選組の幹部が、相場師の真似事をして軍資金を作るとはのう!」

「あぁ。おかげさまで、軍資金はできた。だが、金があっても流通経路がない。幕府の役人が目を光らせる中、大量の武器を仕入れるには、裏の流通網が必要だ」


 俺は計画書を彼の前に押し出した。

「長崎のグラバー商会。そこに、トーマス・グラバーという男がいる。あんたの亀山社中の経路を使って、この男から買い付けてほしい。金は俺が出す。名義は……そうだな、『長州征伐への備え』として新選組の名を使えば、輸入の許可は下りやすい。だが、現物は決して屯所には運ばず、そのまま中岡の元へ流す」


「……恐ろしい男じゃのう」

 龍馬は、真剣な眼差しで俺を見つめた。

「だが、バレたらタダじゃ済まんぞ。横領ではないにせよ、敵に塩を送る行為じゃ。土方歳三がそれを知れば、あんたの首は胴体とサヨナラじゃぞ」

「覚悟の上だ。……まあ、あの人のことだ。薄々は勘づくかもしれんが、証拠がなければ斬れはしない」


「命知らずにも程があるわ」

 龍馬はため息をつきながらも、その口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。

「だが、一つだけ聞かせや。あんたは、一体何がしたい? 幕府を倒したいのか? それとも、守りたいのか?」


 龍馬の問いは、核心を突いていた。俺は、まっすぐに彼の目を見つめ返して答えた。


「俺がやりたいのは、この国を守ることだ。異国の脅威から、内乱の危機から、この日本という国を守り、世界と渡り合える強い国にすること。そのためなら、俺は幕府だろうが、薩長だろうが、誰とでも手を組む。そして、不要だと判断すれば、誰であろうと切り捨てる」


 俺の言葉に、龍馬はしばらく黙り込んでいた。だが、やがて彼の口元に、いつもの豪快な笑みが浮かんだ。


「……はっはっは!気に入った!永倉さん、あんたは最高じゃ!よっしゃ、その話、乗った!この坂本龍馬が、あんたの計画、手伝ってやるぜよ!」


 こうして、俺の壮大な計画の第二段階は、最も信頼できる協力者を得て、本格的に始動した。


 数週間後、龍馬率いる亀山社中の船が、長崎から大量の木箱を秘密裏に京へと運び込んだ。中身はもちろん、トーマス・グラバーから購入した最新式のミニエー銃と、その弾薬だ。


 俺は、それらを新選組の屯所ではなく、中岡が用意した陸援隊の秘密拠点へと運び込ませた。受け取りに来た中岡は、木箱の中にずらりと並んだ美しい銃を目の当たりにして、言葉を失っていた。


「これが……永倉殿の言っていた『力』……」


「そうだ」俺は、銃を手に取り、その冷たい感触を確かめながら言った。「これがあれば、あんたたちが目指す新しい時代を、その手で切り拓くことができる。だが、忘れるな。この力は、諸刃の剣だ。使い方を誤れば、国を滅ぼすことにもなる」


「肝に銘じます」中岡は、真剣な眼差しで頷いた。「この御恩は、決して忘れませぬ。我ら陸援隊は、永倉殿の志と共にあります」


 俺は、彼の言葉に静かに頷いた。


「国を守るためには、身分や所属に関係なく、志ある者が力を持つべきだ」


 俺が呟いた言葉を、龍馬は隣で聞いていた。彼は、俺の真意を測りかねるように、じっと俺の顔を見ていたが、やがて何かを悟ったように、ふっと笑みを漏らした。


「永倉さん、あんたの描く国は、わしが思うちょる国よりも、ずっとでかくて面白いもんかもしれんな」


 その言葉に、俺は答えなかった。ただ、薄暗い蔵の中で鈍い光を放つミニエー銃の列を見つめていた。


 これは、未来への投資だ。新選組でも、幕府でもない。陸援隊という、まだ生まれぬ新しい力への。


 この銃が火を噴く時、日本の歴史は、俺の描いたシナリオ通りに、大きく動き出すことになるだろう。


 もちろん、その道は平坦ではない。俺のこの行動が、いずれ大きな波紋を呼び、俺自身の立場を危うくすることも、覚悟の上だった。


 特に、あの男が、この事実を知った時、どう動くか……。


 俺の脳裏に、鬼の副長、土方歳三の険しい顔が浮かんだ。彼との対立は、もはや避けられないかもしれない。


 だが、俺はもう、立ち止まることはできなかった。


(わかってくれよ、土方さん。俺は、あんたが守ろうとしているものの、さらにその先を見ているんだ)


 俺は、来るべき嵐を予感しながら、固く拳を握りしめた。



新選組の資金を流用し、敵対勢力である陸援隊に最新鋭の「ミニエー銃」を供与するという、前代未聞の背信行為に出た新八。

この矛盾こそが、新八が描く「国を守る」ための最短距離でした。

グラバー商会から届いたミニエー銃は、陸援隊に強大な力を与えますが、同時に新八自身を破滅へと導く火種にもなりかねません。

新選組内部に激震が走る予感です。

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― 新着の感想 ―
最新武器の横流しって、普通に大罪だよね。 土方が怒って終わりどころの話ではなく、切腹もしくは最悪有無を言わさず斬首でしょ。 龍馬が出てきてから判断力が低下してませんか?
永倉新八は、坂本龍馬に見せたミニエー銃を入手するために、いつ長崎に行ったのか? 突然すぎて、わからない。 ミニエー銃を一丁ならともかく、たくさん買う資金を新選組の資金からねん出したということだが、それ…
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