表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/81

第40話:静かなる終焉

主人公が仕掛けた「孤立の策」は、芹沢派の結束を着実に蝕んでいきました。

金と暴力で繋がっていた関係は、疑心暗鬼という見えざる刃によって崩れ去ります。

支援者は離れ、腹心さえも距離を置き始めました。

かつての権勢を失い、孤立していく芹沢の姿は、彼の時代の終わりが近いことを静かに物語ります。

 俺の放った「孤立の策」は、予想以上の効果を発揮した。まるで、乾いた草原に放たれた火のように、疑心暗鬼の炎は芹沢派の隅々にまで燃え広がり、彼らの結束を灰燼に帰せしめたのだ。


 もはや、芹沢鴨の周りには、誰もいなかった。


 あれほど羽振りの良かった商家からの付け届けは、ぴたりと止んだ。それどころか、街で顔を合わせても、蜘蛛の子を散らすように逃げていく始末だ。金の切れ目が、縁の切れ目。実に分かりやすい構図だった。


 屯所内での孤立は、さらに深刻だった。


「おい、平山! 平間! 今宵も島原に繰り出すぞ! 付き合え!」


 ある日の昼下がり、いつものように芹沢が酒臭い息を吐きながら、取り巻きたちに声をかけた。だが、かつてであれば、喜んで尻尾を振ってついてきたはずの平山五郎と平間重助は、気まずそうに顔を見合わせるだけだ。


「……先生、申し訳ありません。今日は、ちょっと野暮用が……」

「なんだと? この俺の誘いを断るというのか!」


 芹沢が目を剥いて凄んでも、二人の態度は煮え切らない。彼らの心は、すでに芹沢から離れていた。匿名の手紙に書かれていた、会津藩からの厳しい沙汰。その恐怖が、芹沢への忠誠心をいとも簡単に上回ったのだ。


「新見はどうした! あの男はどこにいる!」


 苛立ちを隠せない芹沢が、もう一人の腹心の名を叫ぶ。だが、当の新見錦は、数日前から屯所に姿を見せていなかった。聞けば、「病気療養」と称して、どこぞに身を隠しているらしい。彼もまた、己の保身のために、早々に沈みゆく船から逃げ出したのだ。


「……おのれ、おのれぇぇぇっ!」


 誰もが自分を避けていく。その紛れもない事実に、芹沢は獣のような咆哮を上げた。自慢の鉄扇を抜き放ち、怒りのままに縁側の大黒柱に叩きつける。だが、その破壊行為に、もはや誰も眉をひそめはしなかった。ただ、遠巻きに、冷ややかな視線を送るだけだ。


 それは、まるで檻の中で吠える、一匹の猛獣を見ているかのようだった。かつて、その牙と爪で、京の街を、そして壬生浪士組を恐怖で支配した男の、あまりにも哀れな末路だった。


 その光景を、俺は土方さんと共に、少し離れた場所から静かに眺めていた。


「……永倉。お前の策は、完璧に功を奏したな」


 土方さんが、どこか複雑な表情で呟いた。彼の視線の先には、なおも一人で荒れ狂う芹沢の姿がある。


「刀を抜かずして、敵をここまで追い詰めるとは……。正直、俺は、お前のことが少し怖くなったぞ」

「……」


 俺は、何も答えなかった。怖い、と言われても仕方がない。俺がやったことは、武士の風上にも置けない、卑劣な謀略だ。正々堂々、剣で決着をつけることを是とする土方さんからすれば、到底受け入れがたいやり方だろう。


 だが、俺は、この方法しか知らなかった。


 血を流せば、憎しみが生まれる。憎しみは、新たな争いの火種となる。史実では、芹沢鴨は土方さんたちによって暗殺された。その結果、壬生浪士組は「新選組」として生まれ変わるが、同時に、芹沢派の残党という火種を抱え込むことになった。


 俺は、その未来を知っている。だからこそ、血を流さずに、芹沢鴨という「問題」を解決する必要があったのだ。


「……土方さん。俺は、ただ、浪士組を、もっと強く、もっと大きな組織にしたいだけなんです。そのためには、内輪で争っている暇はないはずです」


 俺の言葉に、土方さんは何も言わず、ただじっと俺の目を見つめていた。その深い瞳の奥に、どんな感情が渦巻いているのか、俺には窺い知ることはできない。


 その時だった。


「永倉! 土方君! 少し良いか!」


 屯所の奥から、近藤さんが姿を現した。その表情は、いつになく晴れやかだった。彼の後ろには、会津藩の公用人と思われる武士が数名控えている。


「今、会津藩の公用方より、正式な達しがあった! これより、我ら壬生浪士組は、会津藩お預かりの正式な組織として、京の治安維持を担うことになった!」


 近藤さんの言葉に、試衛館派の隊士たちから、どっと歓声が上がった。これまで日陰者として扱われてきた彼らが、ようやく日の目を見ることを許された瞬間だった。


「そして!」と近藤さんは、一度言葉を切り、組の全員を見渡した。「組織の名称も、正式に『新選組』と改める! それに伴い、改めて組の体制を発表する!」


 皆が固唾を飲んで見守る中、近藤さんは高らかに宣言した。


「局長は、この近藤勇! そして、副長は土方歳三と山南敬助!」


 そこまでは、誰もが予想していたことだった。だが、近藤さんは、芹沢派の残党たちが集まる方角に、そして俺に向かって、真っ直ぐな視線を送った。


「芹沢局長、新見副長は、本日をもってその任を解く! そして、副長助勤には、これまで通り、永倉新八、お主がその任に当たる! 今回の一件、お主の働きなくしては、こうも穏便には済まなかった。これからも、その知恵で新選組を支えてくれ!」


 それは、単なる役職の再確認ではなかった。この芹沢失脚劇の真の立役者が誰であるかを、そして、これからの新選組が「力」だけでなく「知恵」を以て進んでいくのだということを、内外に示すための、力強い宣言だった。


 俺は、皆の前で深く、深く頭を下げた。


「……副長助勤として、誠心誠意、新選組に尽くす所存です」


 その言葉を口にした瞬間、俺の脳裏に、霞が関の薄暗いオフィスで、分厚い資料の山に埋もれていた前世の記憶が蘇った。国を動かす官僚になることを夢見ながら、志半ばで命を落とした、あの無念の日。


 だが、今、俺は、この幕末の京で、再び、国を、歴史を動かす立場に立っている。それは、剣の腕前だけではない。前世で培った知識と経験、すなわち「知恵」によって、自ら掴み取った地位だった。


 俺は、ゆっくりと顔を上げた。視線の先には、歓喜に沸く隊士たちの姿と、その輪から外れ、一人寂しく酒を煽る、芹沢鴨の姿があった。


 物理的な戦闘は、一切なかった。一滴の血も、流れてはいない。


 だが、芹沢鴨は、確かに「死んだ」のだ。壬生浪士組の筆頭局長としての彼が、今日、この瞬間、静かに、そして完全に、終焉を迎えたのだ。


 この一件により、俺の「血を流さずに敵を制する」参謀としての地位は、新選組内部で、確固たるものとなった。


 だが、俺は知っている。これは、まだ序章に過ぎない。これから先、新選組には、そして俺には、さらに過酷な運命が待ち受けていることを。


 俺は、固く拳を握りしめた。史実を知るがゆえの苦悩。誰を救い、誰を見捨てるかという、神のような視点。その重い十字架を背負いながらも、俺は前に進むしかない。


 薩長を出し抜き、徳川幕府を史上最強の近代国家に魔改造する。その途方もない野望を、この手で実現させるために。




無血革命で鴨さんを失脚させ、主人公は参謀としての地位を確立しました。

しかし、まだまだこれは新選組の序章に過ぎません。

史実を知る新八は、これからの行く手に待ち受ける更なる困難を知っています。

新八の本当の戦いはまだ始まったばかりです。

歴史の奔流の中で、仲間たちを守りきり、理想を成し遂げることができるのでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
史実を知らずとも取捨選択は世の中で当然に行われてるものなので神のような視点ってのは寧ろ驕りなのでは? 罪悪感を感じすぎな気もします。善良な者を利のために切り捨てた訳でもなしに。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ