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第228話:夜明け

決戦を待つ北海道軍の将兵たち。

北の大地へ逃れた旧幕府軍は、精強な近代軍隊として帝都奪還の目前に迫っていた。

新八と土方が激動の日々を振り返る中、大統領・徳川家茂が全軍の前に立ち、新しい日本を創る最後の戦いへ向けて静かに語りかける。

 江戸の空は、まだ深い闇に包まれていた。

 肌を刺すような冷たい夜風が、陣幕を揺らし、篝火かがりびの炎を不規則に躍らせている。その炎に照らし出されるのは、息を潜め、ただじっとその時を待つ無数の将兵たちの姿だった。


 北海道共和国軍。

 北の大地で生まれ変わり、再び日ノ本を一つにまとめ上げようとする彼らの姿を見て、いつしか人々は自然と敬意を込めてこう呼ぶようになっていた。通称「大和軍」と。

 かつて鳥羽・伏見の戦いで敗れ、偽帝を戴いた薩長軍からは朝敵の汚名すら着せられて北の大地へと逃れた旧幕府軍は、今や最新鋭の装備と強固な意志を持つ近代軍隊として生まれ変わり、再びこの関東の地へと帰還を果たしていた。

 彼らの目的は一つ。薩長を中心とする賊軍「新政府軍」から帝都・江戸を解放し、真の日本の夜明けを告げることである。


 俺は、刀の柄を静かに握りしめた。

 手のひらに伝わる冷たい感触が、昂ぶる神経を少しだけ鎮めてくれる。

 京の都で新選組として剣を振るっていた頃から、幾度となく死線を潜り抜けてきた。池田屋の激闘、禁門の変、そしてあの絶望的だった鳥羽・伏見の退き口。

 だが、今日これからの戦いは、これまで経験してきたどの戦いとも違う。

 生き延びるための戦いでも、誰かを斬るための戦いでもない。新しい時代を創るための、産声を上げるための戦いだ。


「……いよいよだな、新八」


 背後から声をかけられ、俺は振り返った。

 そこには、漆黒の洋装軍服に身を包んだ土方歳三が立っていた。腰には和泉守兼定が佩かれ、その鋭い眼光は闇夜の中でもギラギラと光を放っている。かつての「鬼の副長」は、今や北海道軍を率いる陸軍の要として、その威烈をさらに増していた。


「ええ。長かったような、あっという間だったような……不思議な気分です」

「違いねぇ。北の果てに追いやられた時は、まさかこんなに早く江戸へ戻ってこられるとは思わなかったぜ。お前が色々と無茶苦茶な策を練ってくれたおかげだがな」


 土方はニヤリと笑い、俺の肩を軽く叩いた。

 俺は史実の知識を総動員し、この世界線の歴史を大きく捻じ曲げてきた。本来なら命を落とすはずだった仲間たちを救い、北海道という新天地で国力を蓄え、そして今、こうして江戸城の目の前まで迫っている。


「俺一人の力じゃありませんよ。土方さんや近藤さん、それに皆が信じてついてきてくれたからです。……それに、あの方の存在が何より大きい」


 俺の視線の先には、本営の中心に設えられた天幕があった。

 そこには、北海道共和国の大統領であり、俺たちが命を懸けて守り抜いてきた主君、徳川家茂閣下がいる。


「ああ。上様……いや、大統領閣下は、本当に強くなられた。かつての病弱だった将軍の面影は、もうどこにもねぇ。今のあの方なら、間違いなくこの国を一つにまとめ上げることができる」


 土方の言葉には、深い敬意と信頼が込められていた。


 その時、天幕の入り口が開き、一人の青年が姿を現した。

 家茂閣下である。

 豪奢な装飾が施された軍服を纏い、腰には徳川家伝来の宝剣を帯びている。その足取りは力強く、迷いがない。

 周囲に控えていた将校や兵士たちが、一斉に姿勢を正し、敬礼を送る。俺と土方も直立不動の姿勢をとった。


「皆、大儀である」


 家茂閣下の凛とした声が、夜気の中に響き渡った。

 決して声を荒らげているわけではないが、その声は不思議と陣の隅々にまで届き、兵士たちの心を震わせた。


「夜明けが近い。泣いても笑っても、これが最後の戦いとなる。余は、長きにわたり諸国を二分し、同胞同士が血を流し合うこの悲しい争いに、今日、終止符を打つ」


 家茂閣下は、ゆっくりと歩みを進め、最前線に立つ俺たちの前までやってきた。

 その瞳には、決戦を前にした悲壮感はなく、ただ静かなる決意の炎が灯っていた。


「薩長軍の背後には、異国の影が見え隠れしている。彼らは我が国の混乱に乗じ、この美しい日ノ本を食い物にしようと企んでいるのだ。我々がここで敗れれば、日本は列強の植民地へと成り下がるだろう。だが、余は、いや私は断じてそれを許さない」


 家茂閣下は、江戸城の方角へと視線を向けた。

 暗闇の中に、巨大な城のシルエットがぼんやりと浮かび上がっている。かつて徳川家が二百六十年にわたり天下を治めてきた、その象徴たる場所だ。


「我らは、古き良き日本の魂を守り抜く。義理と人情、忠義と誠。先人たちが築き上げてきた美しき精神を後世へと残す。しかし、同時に古き因習を打ち破り、身分や生まれにとらわれない新しい時代を切り開かねばならない。それが、北の大地で我々が学んだことだ」


 その言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。

 武士も、農民も、商人もない。皆が等しく手を取り合い、一つの国を創り上げる。北海道共和国で実現したその理想を、今度は日本全土へと広げるのだ。


「永倉新八」

「はっ!」


 不意に名を呼ばれ、俺は一歩前に出た。


「そなたには、幾度となく救われた。そなたが示してくれた未来への道標があったからこそ、余はここまで来ることができた。……今日、その未来を、共に掴み取ろうぞ」

「もったいないお言葉にございます。この命に代えましても、閣下の御前を切り開いてみせます」


 俺が深く頭を下げると、家茂閣下は優しく微笑み、そして土方の方を向いた。


「土方歳三。新選組、並びに陸軍の指揮は頼んだぞ。江戸の町を、そして民を、これ以上戦火で泣かせるな。我々は破壊者ではない。新しい時代を創る者なのだから」

「御意。大統領閣下のご期待に、必ずや応えてみせます。我ら新選組の『誠』の旗、江戸の空に再び翻らせてみせましょう」


 土方が力強く答えると、家茂閣下は満足げに頷き、本営へと戻っていった。


 時計の針が、刻一刻と進んでいく。

 東の空が、ほんのわずかに白み始めていた。

 夜と朝の境界線。深い藍色から薄紫色へと変わりゆく空のあわいが、信じられないほど美しい。

 風が凪いだ。

 一瞬の、完全な静寂。

 世界が息を止めているかのような、張り詰めた空気が辺りを支配する。


 そして――。


 ヒュルルルルルル……!


 後方の陣地から、一本の火矢が空高く打ち上げられた。

 それは、夜明けの空に赤い尾を引きながら上昇し、頂点に達したところで、パーン! と甲高い音を立てて弾けた。

 攻撃開始の合図となる、狼煙のろしだ。


 その音を合図に、静寂は完全に破られた。

 地響きのようなときの声が、大和軍の陣地全体から湧き上がった。数万の将兵が発する雄叫びは、まるで巨大な竜が咆哮を上げたかのごとく、江戸の町全体を震わせた。


「行くぞ!」


 土方歳三が、和泉守兼定を抜き放ち、天高く掲げた。

 その鋭い刃が、朝日に反射して白刃の輝きを放つ。


「全軍、前進! 江戸城を奪還せよ!」


 土方の号令が響き渡る。

 「おおおおおっ!!」

 新選組の隊士たちが、軍装の上から羽織った浅葱色の羽織を翻しながら一斉に駆け出した。彼らの先頭には、一番隊組長・沖田総司、三番隊組長・斎藤一、十番隊組長・原田左之助といった、歴戦の猛者たちの姿がある。

 それに続くように、洋装の近代装備に身を固めた北海道軍の歩兵部隊が、地鳴りのような足音を立てて進軍を開始する。


 俺もまた、刀を抜き放ち、前線へと飛び出した。

 冷たい風が頬を切り裂くが、体の中は熱く燃えたぎっていた。

 視界の先には、徐々にその巨大な姿を現しつつある江戸城の城壁が見える。あそこには、最新鋭の兵器で武装した薩長軍が待ち構えているはずだ。だが、恐れは全くない。


 俺たちの背後には、北海道で共に汗を流した仲間たちがいる。

 そして、この江戸の町には、俺の帰りを待ってくれている佐那がいる。

 守るべきものがある。帰るべき場所がある。

 それが、どれほど人に力を与えてくれるか、俺は身をもって知っていた。


「新選組二番隊、俺に続けぇっ!」


 俺の叫びに、隊士たちが力強い声で応える。

 空は急速に明るさを増し、太陽が地平線の向こうから顔を出そうとしていた。

 黄金色の光が、江戸の町を、そして進軍する俺たちを照らし出す。


 日本の未来を決める、最後の戦いが始まった。

 旧き良き精神を守りつつ、新しい時代を切り開くための、大和創生戦争の最終局面。

 長く苦しかった夜が終わり、ついに、本当の夜明けが訪れようとしていた。


かつての病弱な将軍の面影は消え、家茂は列強から日本を守り、身分にとらわれない新しい国を創る力強い指導者へと成長していた。

新八が切り開いた未来の道標が、今確かな形となって結実しようとしている。

家茂の言葉に鼓舞された新八たちは、いよいよ江戸城へ進軍を開始する。

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