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第219話:流山、再び

新選組にとって因縁の地、流山。

かつて絶体絶命の包囲網の中、一人の男が近藤の身代わりとなって命を散らした場所だ。

そして今、新八たちは再びこの地に立っていた。

 下総国、流山。

 江戸川のほとりに位置するこの静かな町は、新選組にとって忘れることのできない因縁の地である。

 鳥羽・伏見の敗戦から江戸へ撤退し、再起を図るべくこの地に陣を敷いた近藤たちは、新政府軍の圧倒的な包囲網の中にあった。

 あの日、近藤は自ら投降し、隊士たちを逃がそうとした。だが、それを遮った男がいた。

 芹沢鴨である。

 かつて水戸派の筆頭として近藤たちと対立し新選組を出奔、歴史の舞台から消えたはずの男。しかし彼は生きており、影から新選組を見守り続けていた。そして最後の最後で、彼は近藤の羽織を奪い、「我こそは、新選組局長、近藤勇だ」と笑って、敵陣へと歩み去ったのだ。

 本物の近藤勇を生かすために、偽物の近藤勇として死んでいった男。

 その犠牲の上に、今の北海道共和国がある。

 あれから一年余り。

 季節は再び巡り、春の陽気が漂い始めていたが、流山を包む空気は、かつてとは全く異なる緊張感に満ちていた。


 ◇


「……皮肉なもんだな」


 小高い丘の上から眼下の町を見下ろし、土方さんが低い声で呟いた。

 彼の視線の先には、かつて本陣を置いた長岡屋がある。そしてその周囲には、和宮・静寛天皇の「錦の御旗」と共に、目新しい二種類の旗が林立していた。

 一つは、青地に北極星と北斗七星を配した「北辰旗」。これは、北海道共和国の国旗であり、蝦夷地の開拓と北の守りを象徴するものである。

 そしてもう一つは、鮮やかな赤地に白く「誠」の一文字を染め抜いた「誠旗」。これは、新選組を中核とする共和国陸軍の軍旗である。

 かつての「誠」の旗は、浅葱色に山形のダンダラ模様であったが、共和国軍として再編された際に、より力強く、そして血の犠牲を忘れないという意味を込めて、このデザインに改められたのだ


 今、流山を包囲しているのは、薩長軍ではない。

 蘇った新選組を中核とする北海道共和国軍である。


「あの時は、わずか二百の手勢で、敵の大軍に怯えていた。だが今は違う」


 土方さんの隣で、近藤さんが感慨深げに頷く。

 彼の身を包むのは、黒の軍服にマント。腰には愛刀・虎徹。その姿は、かつての「敗軍の将」の面影など微塵もなく、堂々たる一軍の指揮官そのものであった。


「ああ。今日は、あの日の借りを返させてもらう」


 土方さんは、軍帽の鍔を指で押し上げ、鋭い眼光を敵陣へと向けた。

 流山に駐屯しているのは、新政府軍の補給部隊と、それを護衛する一隊である。彼らは、北から迫る北海道軍の進撃速度を見誤り、逃げ遅れてこの地に孤立していた。


「新八、降伏勧告の期限は?」

「あと刻限まで半刻(約一時間)だ」


 俺は懐中時計を確認しながら答えた。

 俺たちは、この戦いの意味を誰よりも深く理解しているつもりだった。これは単なる戦略上の拠点攻略ではない。新選組という組織が抱えるトラウマを克服し、過去と決別するための儀式なのだ。


「敵将は、抵抗の構えを見せているそうです。『官軍が賊軍に降るなどありえん』と」


 偵察から戻った斎藤一が、淡々と報告する。

 その言葉に、土方さんの口元が冷酷に歪んだ。


「そうか。ならば、望み通りにしてやるまでだ」


 土方さんが右手を高く掲げる。

 その合図と共に、周囲に展開していた砲兵隊が、一斉に砲門を開く。


 ドォォォォォン!!


 腹に響く轟音と共に、流山の空気が震えた。

 かつて、幕府軍が恐れたアームストロング砲の砲撃。今度は、俺たちがそれを敵に浴びせているのだ。

 正確無比な砲撃は、敵の陣地をピンポイントで粉砕していく。民家への被害を最小限に抑えつつ、敵の戦意を挫くための威嚇射撃だ。


「総員、突撃!」


 土方さんの号令が響き渡る。

 喚声と共に、斜面を駆け下りる兵士たち。

 俺は誰よりも早く駆け出した。


「行くぞ、斎藤! 遅れるなよ!」

「無駄口を叩いている暇があったら、剣を振るえ」


 俺たちは、左右から挟み込むようにして敵陣へと切り込んだ。

斎藤が涼しい顔で並走する。彼と肩を並べて走るのも、随分と久しぶりな気がする。

 俺の剣は、世間からは剛剣と呼ばれている。龍が天を翔けるような勢いで、敵の防御ごと吹き飛ばす。

 対する斎藤の剣は、鋭剣。目にも止まらぬ速さで、敵の急所を正確に貫く。


「ひ、ひぃぃ! こいつら、人間じゃねぇ!」

「逃げろ! 殺されるぞ!」


 新政府軍の兵士たちは、パニックに陥った。

 彼らが直面しているのは、近代的な軍事訓練を受けた精鋭部隊であり、同時に、修羅場を潜り抜けてきた歴戦の剣客集団でもある。

 銃撃戦と白兵戦が入り混じる混沌の中で、新選組の強さは際立っていた。


「逃げる者は追うな! 抵抗する者のみ斬れ!」


 俺が叫んだ。

 その声は、戦場全体に響き渡り、無用な殺戮を戒める。

 圧倒的な戦力差を見せつけられた新政府軍は、またたく間に崩壊し、我先にと敗走を始めた。


 ◇


 戦いは、あっけないほど短時間で終わった。

 静寂が戻った流山の町。

 土方と近藤は、馬を降り、ある場所へと向かった。


 そこは、かつて近藤が投降する直前まで身を潜めていた、長岡屋の裏手。

 そして、芹沢鴨が近藤の身代わりとして捕縛された場所でもあった。


「……ここだな」


 近藤が足を止める。

 そこには、誰が供えたのか、一輪の野花が置かれていた。

 おそらく、当時のことを知る地元の住人が、ひっそりと手向けたものだろう。


「芹沢さん……」


 近藤は、その花を見つめ、静かに目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは、あの日の芹沢の背中だ。

 『行け、近藤。お前にはまだ、やるべきことがあるはずだ』

 そう言って、彼は笑って死地へと向かった。


「俺たちは、帰ってきたぞ。あんたが守ってくれた命で、ここまで来たんだ」


 土方が、花の横に、持参していた酒瓶を置いた。

 栓を開け、地面に酒を注ぐ。芳醇な香りが、あたりの血生臭さを消していくようだ。


「見ててくれよ、芹沢さん。俺たちはもう負けない。あんたが夢見た『誠』の国を、必ず作ってみせる」


 二人は並んで手を合わせ、深く頭を垂れた。

 永倉と斎藤も、少し離れた場所からその様子を見守り、静かに黙祷を捧げる。


 風が吹き抜け、置かれた花が小さく揺れた。

 それはまるで、あの豪快な男が、「湿っぽいのは似合わねぇよ」と笑っているかのようだった。


「……よし、行くか」


 やがて、近藤が顔を上げた。その瞳には、もはや迷いはない。

 過去の因縁は、ここで断ち切られた。

 あとは、前へ進むだけだ。


「次は江戸だ!」


 近藤は力強く宣言し、再び馬上の人となった。

 流山の空は、どこまでも高く、青く澄み渡っていた。

 それは、彼らの行く手に待つ、新しい日本の夜明けを予感させるような空だった。


正確な砲撃と新八や斎藤の剣技を前に、新政府軍は瞬く間に崩壊した。

かつてこの地を追われた近藤や土方も、今は堂々たる指揮官として勝利を収める。

戦いを終えた彼らが向かったのは、あの男が身代わりとなった場所だった。

因縁の地・流山に、彼らはついに新たな歴史を刻んだ。

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