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第218話:関東進撃

北海道共和国は真の近代国家建設を目指す「大和創生」作戦を発動した。

新八が立案した三方面からの同時進撃が、ついに火蓋を切る。

かつてない規模の反攻作戦を前に、新政府軍の運命は風前の灯火となっていた。

 慶応五年改め、静寛元年。

 歴史の歯車は、誰も予想しなかった方向へと大きく回転し始めていた。

 北の大地で産声を上げた「北海道共和国」は、単なる亡命政権の枠を超え、強固な軍事力と経済基盤を持つ独立国家として、その存在感を増していた。そして今、彼らは失地回復を目指し、南下を開始したのである。


 作戦名は「大和創生」。

 それは、単に徳川の世を取り戻すための戦いではない。古い因習と身分制度に縛られた日本を解体し、真に自立した近代国家を建設するための、聖なる戦いであった。


 進撃路は三つ。

 土方歳三率いる陸軍本隊が進む、中央ルート「奥州街道」。

 近藤勇率いる遊撃隊と東北諸藩連合軍が駆け抜ける、沿岸ルート「水戸街道」。

 そして、榎本武揚率いる艦隊が制圧する「太平洋沿岸」。


 三方からの同時侵攻は、薩長を中心とする新政府軍にとって、まさに悪夢のような展開であった。


 奥州街道、宇都宮宿。

 かつて戊辰戦争の激戦地となり、新政府軍が制圧したこの北関東の要衝は、今や彼らの前線基地となっていた。

 しかし、その空気は重く、淀んでいる。


「おい、聞いたか? 白河の関が落ちたってよ」

「馬鹿言え。あそこには最新の砲台を築いたはずだぞ。そう簡単に落ちるわけが……」

「それが、あっという間だったらしい。北から見たこともないような装甲列車や、巨大な大砲を持った軍勢が押し寄せてきたって……」


 新政府軍の兵士たちは、焚き火を囲みながら不安げに囁き合っていた。

 彼らに届く情報は、どれも絶望的なものばかりだった。

 白河の関を突破した共和国軍本隊は、破竹の勢いで奥州街道を南下しているという。さらに東の沿岸部からは、近藤勇率いる別働隊が水戸を制圧したという報告も入っていた。


「敵襲ーーっ!!」

 突如、見張り台からの悲鳴のような声が夜気を切り裂いた。

 直後、ドォーン! という腹の底に響くような轟音と共に、宇都宮城の城門付近で巨大な爆発が起きた。


「な、なんだ!?」

「砲撃だ! 北の街道から撃ってきているぞ!」

 兵士たちが慌てて武器を取る中、暗闇の向こうから、地響きを立てて「何か」が近づいてくる音が聞こえた。

 ガシャン、ガシャンという金属音。そして、シュゥゥゥという蒸気の吹き出す音。

 月明かりに照らされて姿を現したのは、馬ではなく、蒸気機関で駆動する鋼鉄の装甲車であった。その上部には、ガトリング砲が据え付けられている。


「撃て! 撃てぇっ!」


 新政府軍の指揮官が叫び、一斉射撃が行われる。

 しかし、鉛の弾は装甲車の分厚い鋼鉄に弾かれ、火花を散らすだけで全く効果がない。


「無駄弾を撃つな! 蹂躙しろ!」


 装甲車の上から、冷徹な声が響いた。

 黒い軍服に身を包み、愛刀を抜き放った男――土方歳三である。

 彼の合図と共に、ガトリング砲が火を噴いた。

 ダダダダダダッ! という連続音が鳴り響き、新政府軍の陣地は瞬く間に蜂の巣にされていく。


「ひぃぃっ! 化け物だ!」

「逃げろ! 勝てるわけがない!」


 圧倒的な火力と、見たこともない新兵器を前に、新政府軍の戦線は完全に崩壊した。

 土方は、逃げ惑う敵兵を深追いすることなく、装甲車の上から前方を――江戸の方角を睨み据えた。


「新八、被害状況は?」

「皆無に等しいです。敵は完全に浮き足立っています」


 隣に並び立った俺は、周囲の状況を確認しながら答えた。


「よし。このまま一気に宇都宮を制圧し、江戸への道を切り開く。榎本の艦隊も、そろそろ江戸湾に入る頃だろう」

「ええ。江戸の薩長どもは、今頃震え上がっているでしょうね」


 俺たちは、不敵な笑みを交わした。

 かつて、鳥羽伏見で、甲州で、そして宇都宮で敗れ、北へ逃れた日々。

 その雪辱を果たす時が来たのだ。


 ◇


 同じ頃、太平洋上。

 榎本武揚率いる北海道共和国の主力艦隊「開陽丸」「回天丸」をはじめとする最新鋭の蒸気装甲艦の群れが、黒煙を上げながら江戸湾の入り口、浦賀水道へと迫っていた。

「目標、江戸湾。全艦、戦闘態勢を維持したまま突入せよ。我らの海を取り戻すぞ!」

 榎本の号令が、海風に乗って全艦隊に伝達される。


 彼らの目標は、江戸湾の入り口を扼する観音崎砲台である。

 ここを制圧しなければ、海からの江戸攻略は不可能だ。

「距離、三千! 敵砲台、射程に入ります!」

 観測員の報告が響く。

 艦橋に立つ榎本武揚は、望遠鏡で敵陣を確認し、静かに頷いた。

「ようし。……見せてやろう、我らが海軍の力を」

 榎本の手が振り下ろされる。

「全艦、撃ち方始め!」


 ドォォォォォン!!


 開陽丸の主砲が火を噴いた。

 続いて、後続の艦艇からも次々と砲弾が放たれる。

 海面を震わせる轟音と共に、無数の鉄塊が空を裂き、観音崎の砲台へと吸い込まれていく。


 着弾。

 爆炎が上がり、土砂と瓦礫が空高く舞い上がる。

 薩長軍が急造した砲台など、近代化された艦砲射撃の前には無力に等しかった。

「次弾装填! 照準修正、右へ二度!」

 的確な指示が飛び交い、第二射、第三射が叩き込まれる。

 反撃の砲火もいくつか上がったが、射程も精度も桁違いだ。開陽丸の遥か手前で水柱を上げるのが精一杯だった。

「勝負あったな」

 榎本は、黒煙を上げる砲台を見つめ、小さく息を吐いた。

 史実では、この開陽丸を座礁させ、海軍力を失ったことが、旧幕府軍の敗因の一つとなったが、北の大地で、改良を施された開陽丸は、最強の要塞となって海を支配している。


「総裁……いえ、海軍奉行。敵艦隊、出てきませんね」

 副官が残念そうに言う。

 新政府軍も海軍の増強を図っていたはずだが、この圧倒的な火力を前に、港から出る勇気を持つ者はいなかったようだ。

「構わん。我々の目的は制海権の確保だ。これで、補給路は確保された」

 榎本は視線を北へと向けた。

 そこには、陸路を進む土方や近藤たちがいるはずだ。


 陸と海。

 逃げ場のない完璧な包囲網が、新政府の心臓部である江戸へと、確実にその牙を剥き始めていた。

 三つの矢は、確実に江戸の心臓部へと迫っていた。

 史実において、バラバラとなり各個撃破された彼らは、今や一つの巨大な意思となり、歴史を覆そうとしていた。


 関東平野に、「誠」の旗が翻る日は、もう目の前に迫っていた。


奥州街道では、蒸気機関で動く装甲車とガトリング砲という新兵器を前に新政府軍は崩壊した。

土方と共に宇都宮を制圧した新八は、江戸への道を切り開く。

一方、海上では榎本率いる最新鋭艦隊が観音崎砲台を粉砕。

共和国軍の進撃はもはや誰にも止められない。

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