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第215話:東北の蜂起

青森に上陸した新八たちの進撃は、圧政に苦しむ東北諸藩に希望の光をもたらす。

掲げられた錦の御旗の下、盛岡や米沢が次々と決起する。

雪解けの大地が芽吹くように、反薩長の機運は一気に高まっていく。

 青森の地を踏みしめた俺たちの足音は、瞬く間に東北全土へと響き渡った。

 それは、長く厳しい冬に耐え忍んできた大地が、雪解けと共に一気に芽吹くような、爆発的なエネルギーを伴っていた。

 薩長を中心とした新政府軍の圧政に苦しめられてきた東北諸藩にとって、北海道軍の到来は、まさに「天の助け」以外の何物でもなかったのだ。


 進軍する俺たちの元には、連日のように早馬が駆け込んでくる。

「盛岡藩、蜂起! 駐留していた薩摩軍を追放しました!」

「米沢藩、上杉家も決起! 全軍を挙げて合流するとのことです!」

 報告を聞くたびに、土方歳三の顔がほころぶ。

「へっ、どいつもこいつも、腹の底じゃ薩長に煮え湯を飲まされてたってわけか。ざまぁねぇな」

「ああ。だが、それだけじゃない。俺たちが掲げた『大義』が、彼らの背中を押したんだ」

 俺は、はためく「北辰旗」を見上げた。

 その旗の下には、もう一つの旗が掲げられている。

 菊の御紋。

 静寛の帝こと和宮様から託された、錦の御旗である。

「我らは、天子様の官軍である!」

 この言葉が持つ力は絶大だった。

 これまで「朝敵」の汚名を着せられ、肩身の狭い思いをしてきた東北の武士たちにとって、自分たちこそが正当な「官軍」であるという事実は、何よりも欲していた誇りそのものだったのだ。


 俺たちは、解放された村々を巡りながら南下を続けた。

 そこで目にしたのは、薩長の苛烈な搾取によって疲弊しきった民衆の姿だった。

 痩せこけた子供たち、生気を失った老人たち。彼らは、俺たちの姿を見ると、怯えたように物陰に隠れようとする。

「怖がることはねぇ! 俺たちは、お前らを助けに来たんだ!」

 原田左之助が、大きな声で呼びかけるが、民衆の反応は鈍い。無理もない。彼らにとって、武士とは「奪う者」でしかなかったのだから。

「……仕方ねぇな」

 俺は、輸送隊に合図を送った。

 荷車から降ろされたのは、北海道で収穫されたジャガイモや小麦、そして干し肉などの食料だ。

「新しい政府は、民を飢えさせない。これは、大統領閣下からの贈り物だ!」

 俺は、自らジャガイモを手に取り、近くにいた子供に差し出した。

 子供は、恐る恐る手を伸ばし、それを受け取ると、夢中でかぶりついた。

「うまい……!」

 その一言が、せきを切ったように周囲の空気を変えた。

「食い物だ! 本当にくれるのか!?」

「ありがてぇ、ありがてぇ!」

 民衆が、涙を流しながら集まってくる。

 俺たちは、持参した食料を惜しみなく配った。軍の補給物資を民に配るなど、常識では考えられないことかもしれない。だが、家茂公は言った。「民なくして国なし」と。

「これは『馬鈴薯ばれいしょ』といってな、北の大地でもよく育つんだ」

 俺は、不思議そうに芋を見つめる村の長老に説明した。

「北海道じゃ、品種改良に成功してな。寒さに強くて、栄養もたっぷりだ。これさえあれば、飢饉なんて怖くねぇ」

 実際、北海道での開拓当初は苦難の連続だった。だが、榎本さんや大鳥さんたちが西洋の農業技術を積極的に導入し、このジャガイモの栽培を奨励したおかげで、僅かな期間で食料事情は劇的に改善したのだ。

 今や、北海道は広大な食糧基地となりつつある。その成果が、こうして東北の民を救っているのだと思うと、胸が熱くなった。

「へぇ、北の国から来た芋ですか……。ありがたい、本当にありがたい」

 長老は、土にまみれた手で何度も拝んだ。


 その噂は、風のように広まった。

 行く先々で、俺たちは「解放軍」として熱烈な歓迎を受けるようになった。

「永倉様! これを!」

 老婆が、なけなしの漬物を差し出してくる。

「お侍様、頑張ってくだせぇ!」

 若者たちが、自ら荷運びを手伝おうと志願してくる。

 民の心が、確実に俺たちの方へと向いている。それを肌で感じることができた。


 そんな中、一人の大名が家茂公の元へ馳せ参じた。

 宇和島藩主にして、かつての四賢侯の一人、伊達宗城むねなり公である。

 彼は、本来なら四国の大名だが、薩長の専横に愛想を尽かし、密かに東北へと渡ってきていたのだ。

「上様……! お待ちしておりました!」

 仮の本陣が置かれた古寺で、宗城公は家茂公の前に平伏し、男泣きに泣いた。

「宗城、面を上げよ。久しいな」

 家茂公は、優しく声をかけた。

「はっ……。薩長のやり口は、あまりに酷うございます。私利私欲のために国を食い物にする……。もはや、彼らに大義などありませぬ!」

 宗城公は、震える声で訴えた。

 彼は、開明的な思想の持ち主であり、当初は新政府にもある程度は期待を寄せていただろう。その彼をして、ここまで言わしめるとは。薩長の腐敗は、俺たちの想像以上に進んでいるようだった。

「安心せよ、宗城。私が戻ったからには、もう好き勝手はさせぬ。共に、日本を洗濯しようぞ」

「ははっ! この老骨、粉骨砕身お仕えいたします!」

 宗城公の合流は、政治的にも大きな意味を持っていた。

 彼の人脈を通じて、まだ態度を決めかねている諸藩への働きかけが可能になるからだ。


 一方で、軍事面での引き締めも忘れてはいない。

 急激に膨れ上がった軍勢は、ともすれば規律を乱し、烏合の衆となりかねない。

 そこで睨みを利かせているのが、新選組だ。

 俺たちは、治安維持部隊として、軍内だけでなく、解放した地域の警備も担当していた。

「おい、そこのお前! 何をしている!」

 町外れで、農家の鶏を盗もうとしていた兵士を、武田観柳斎が見咎みとがめた。

 兵士は、東北の小藩の足軽だった。

「へ、へへっ……腹が減ったもんで、つい……」

「つい、ではありません! 民からの略奪は、厳禁と通達されているはずです!」

 武田は、眼鏡の奥の目を光らせ、冷徹に言い放った。

「軍律違反は、切腹ですよ」

「ひ、ひぃぃッ! お許しを! 二度としません!」

 足軽は腰を抜かし、地面に額を擦り付けて謝罪した。

 武田は、扇子でピシャリと手のひらを叩いた。

「今回は、盗む前に見つかったので未遂とします。ですが、次は容赦しませんよ。……ほら、さっさと持ち場に戻りなさい!」

「は、はいぃぃッ!」

 逃げ去る足軽を見送りながら、武田は「やれやれ」と肩をすくめた。

「全まったく、数が増えれば質の悪いのも混ざる。頭の痛いことですなぁ、永倉先生」

「ああ。だが、そこを締めるのが俺たちの役目だ。頼むぞ、武田さん」

「お任せを。甲州流軍学の粋を集めて、鉄の規律を叩き込んでみせますよ」

 武田は、ニヤリと笑った。

 かつては、媚びへつらうような態度が鼻につくこともあった男だが、北の大地での苦労を経て、彼もまた変わった。その粘着質な性格は、今や軍監として、これ以上ない適性を見せている。

「誠」の旗の下、新選組は軍の規律の守護者として、その存在感を示していた。


 進軍は続く。

 雪解け水でぬかるんだ街道を、数万の軍勢が南へと向かう。

 その先頭には、常に「誠」の旗と「北辰旗」が翻っている。

 沿道の民衆は、手を合わせ、涙ながらに俺たちを見送ってくれる。

「頼んだぞ! 官軍様!」

「日本を、頼みます!」

 その声援が、俺たちの背中を押す。

 重い責任と、それ以上の使命感が、胸の奥で熱く燃え上がっていた。


 ある日の夕暮れ。

 野営地で焚き火を囲んでいると、土方が酒瓶を持ってやってきた。

「どうだ、新八。調子は」

「悪くない。……ただ、正直なところ、少し怖いな」

「怖い?」

 土方は、意外そうに眉を上げた。

「ああ。民の期待が、あまりにも大きすぎて。もし負けたら……と思うと、足がすくみそうになる」

 俺は、正直な気持ちを吐露した。

 これまで、俺たちは自分たちの生き残りをかけて戦ってきた。だが今は違う。何万、何十万という人々の希望を背負っているのだ。その重圧は、並大抵のものではない。

 土方は、焚き火に薪をくべながら、静かに言った。

「……俺もだ」

「え?」

「俺だって怖いさ。だがな、新八。その怖さを知っている奴だけが、本物の強さを持てるんだと俺は思う」

 土方は、燃え盛る炎を見つめながら続けた。

「近藤さんも、きっと同じ思いだったはずだ。あの人は、いつも笑っていたが、その裏でどれだけの重圧に耐えていたか……今なら、少しわかる気がする」

 俺は、ハッとした。

 そうだ。近藤勇という男は、常に矢面に立ち、全ての責任を一人で背負い込んでいた。

 俺たちは、その背中に守られていたのだ。

「だからこそ、今度は俺たちが支える番だ。家茂公を、そしてこの国をな」

 土方は、俺に酒を注いだ。

「飲もうぜ。明日のために」

「ああ。……乾杯……」

 粗末な猪口ちょこをぶつけ合う。

 酒は安物だったが、その味はどんな高級酒よりも深く、心に染み渡った。


 翌日、俺たちは仙台藩領に入った。

 そこには、さらなる大軍勢が待ち構えていた。

 だが、それは敵ではない。

 仙台藩主・伊達慶邦よしくに率いる、東北諸藩の連合軍である。

「来たか……!」

 丘の上からその光景を見た時、俺は身震いした。

 谷を埋め尽くすほどの兵士たち。その数、およそ五万。

 彼らは皆、俺たちの到着を待ちわび、共に戦うことを誓った同志たちだ。

「壮観だな」

 隣で馬を並べる家茂公が、感嘆の声を漏らした。

「はい。これで、薩長と互角以上に渡り合えます」

「うむ。……行こうか、永倉。皆が待っている」

 家茂公は、馬腹を蹴った。

 俺たちもそれに続く。

 大歓声が沸き起こる。

 それは、地鳴りのように響き渡り、遠く関東の空まで届くかのようだった。


 東北は燃えている。

 怒りと、希望と、そして新しい時代への渇望によって。

 その炎は、やがて日本全土を焼き尽くし、腐敗した旧弊を一掃するだろう。


「民なくして国なし」。

家茂の信念に基づき、新八たちは食料を配り、民心を掴んでいく。

さらに四賢侯の一人、伊達宗城も合流し、政治的基盤も盤石となる。

だが、急拡大する軍の規律維持という新たな課題も浮上する。

新選組の眼光が、乱れを許さない。

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