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第209話:女帝即位

孝明天皇の遺詔を受け、共和国は乾坤一擲の賭けに出る。

五稜郭に各国の外交官が集い、新八ら新選組が近衛師団として警護にあたる中、歴史的儀式が始まる。

和宮が悲劇の皇女という殻を破り、国の命運を背負い、今まさに立ち上がろうとしていた。

 北の大地に、新たな歴史の幕が開かれようとしていた。

 孝明天皇の遺詔が公開され、薩長政府の正統性が根底から揺らぐ中、北海道共和国政府は次なる一手、いや、国家の命運をかけた棋戦の最後の局面・必至とも言える決断を下した。

 それは、和宮親子内親王の皇位継承であった。


 五稜郭の中央広場には、急ピッチで設営された巨大な祭壇がそびえ立っていた。

 本来ならば、京都御所の紫宸殿で行われるべき即位の礼。

 だが、今は非常時であり、ここが「正統な日本」の中心であるという強い意志を示すため、あえてこの要塞の中で、可能な限り伝統に忠実に執り行われることとなったのだ。

 祭壇の周囲には、五色の幕が張り巡らされ、庭上には「萬歳ばんざい」と書かれたはたや、日像・月像の幡が風にはためいている。


 俺は、祭壇の下で警備の指揮を執っていた。

 今日の俺は、いつもの洋装の軍服ではなく、近衛師団の正装として採用された浅葱色の羽織を纏っている。

 ただし、そのデザインは少し変わっていた。

 袖口や襟には金糸の刺繍が施され、より儀礼的で、威厳のあるものになっている。

 これは、新選組が単なる治安維持組織から、天皇を守護する「近衛師団」へと昇格した証でもあった。


「……緊張するな」

 隣に立つ土方歳三が、ボソリと言った。

 彼もまた、同じ近衛師団の正装に身を包んでいる。

 その腰には、愛刀・和泉守兼定が差されているが、今日はその鞘も豪奢な漆塗りのものに変えられていた。

「珍しいな、土方さんが緊張するなんて」

「馬鹿言え。戦場の緊張とはわけが違うんだよ。……蟻一匹通すなよ。陛下のハレの舞台だ」

 土方の眼光は鋭く、周囲の気配を絶えず探っていた。

 その視線の先には、招待された各国の外交官たちが並んでいる。

 フランスのロッシュ公使、アメリカのヴァルケンバーグ公使、ロシアの領事……。

 彼らの参列は、俺がこの数ヶ月、必死に駆けずり回って取り付けた成果だった。

 彼らがこの即位式に出席するということは、事実上、和宮政権を「正統な政府」として承認する第一歩となるからだ。


「きれいだね、琴さん。まるで天女様だ」

 少し離れた場所で、沖田総司が空を見上げながら呟いた。

 彼の隣には、中沢琴が寄り添っている。

 総司は病み上がりで、顔色はまだ少し蒼白かったが、その瞳は澄み切っていた。

 琴は、総司の言葉に頷きながら、心配そうに彼の背中をさすっていた。

「総司、無理はしないで。……でも、本当に美しいわ」


 厳かな雅楽の調べが、五稜郭の空に響き渡る。

 しょう篳篥ひちりきの音色が、張り詰めた空気を震わせる。

 参列者たちが一斉に頭を下げる中、祭壇への階段を静かに登る人影があった。


 和宮様だ。

 その姿を見た瞬間、俺は息を呑んだ。

 純白の十二単じゅうにひとえ

 それは、雪のように白く、そして光を放つように輝いていた。

 黒髪は美しく結い上げられ、その顔には薄化粧が施されている。

 かつて「悲劇の皇女」と呼ばれた儚さは消え、そこにあるのは、国を背負う覚悟を決めた「女帝」の威厳だった。

 彼女が一歩一歩進むたびに、衣擦れの音が静寂の中に響く。

 その姿は、まさに神々しいまでに美しく、この世のものとは思えないほどだった。

 ロッシュ公使が、感嘆のあまり小さく十字を切るのが見えた。


 祭壇の最上段に到達した和宮様は、ゆっくりと振り返り、参列者を見渡した。

 その視線は、優しく、しかし力強かった。

 彼女の傍らには、三種の神器の写し(本物は京にあるとされるが、我々はこれこそが正統な神器であると主張している)が安置されている。


 松平容保公が、震える声で宣命せんみょうを読み上げる。

 その内容は、我々が慎重に練り上げた、和宮様即位の正統性を主張するものだった。


「……いにしえヨリ、我ガ国ニハ女帝ノ例、枚挙ニいとまナシ。推古天皇、持統天皇ノ御代ハ言ウニ及バズ、近世ニオイテモ、徳川ノ世ニ二度ノ女帝ガ在ラセラレタリ」


 容保公の声が、朗々と響く。

「一人は、寛永ノ昔、徳川家光公ノ姪ニシテ、後水尾天皇ノ皇女デアッタ明正めいしょう天皇。一人は、百年前、桃園天皇ノ崩御ニ際シ、幼キ皇太子ヲ守ルタメニ即位サレタ後桜町ごさくらまち天皇ナリ」


 参列していた諸藩の代表たちが、納得したように頷くのが見えた。

 「女帝」というと、古代の特別な例だと思われがちだが、実は江戸時代に入ってからも二人の女帝が存在した。

 特に後桜町天皇は、次期天皇が成長するまでの「中継ぎ」として即位し、その聡明さで朝廷を支えた名君として知られている。

 我々は、この「中継ぎとしての女帝」という前例を強調することで、保守的な層の反発を抑え込もうとしたのだ。

 睦仁親王が亡くなり、正統な皇位継承者が不在となった今、孝明天皇の妹宮である和宮様が、国難を救うために立ち上がることは、歴史的にも正当な行為であると。


「……和宮親子内親王、ココニ皇位ヲ継承シ、天下ヲ治メルモノナリ。元号ヲ『静寛せいかん』ト改ム」


 静寛。

 静かに、しかし寛大に世を治める。

 動乱の世を鎮め、民を慈しむ、和宮様の願いが込められた元号だった。


 和宮様――いや、静寛天皇陛下が、静かに口を開いた。

 その声は、現代のマイクなどないにも関わらず、不思議と広場全体に響き渡った。

「朕は、ここに即位し、神々に誓う。……民の安寧を第一とし、争いのない、豊かな国を作ることを。……先帝の御遺志を継ぎ、この国を正しき道へと導かん」


 その言葉が終わると同時に、雲間から太陽の光が差し込み、陛下を照らし出した。

 まるで天が祝福しているかのような奇跡的な光景に、参列者たちからどよめきが起こる。

 涙を流して拝む者もいた。

 それは、演出でも何でもない、彼女自身の持つカリスマ性が引き寄せた奇跡だったのかもしれない。


 式典のクライマックス。

 徳川家茂大統領が、祭壇へと進み出た。

 彼は、洋装の正装に身を包み、腰には将軍家の証である名刀を帯びている。

 彼は、陛下の前で片膝をつき、恭しく頭を垂れた。

 それは、かつての「朝廷と幕府」という対立構造ではなく、新しい国家における「元首と行政長官」、そして何より「夫と妻」の新しい関係を示す儀式でもあった。


「陛下」

 家茂閣下の声は、力強く、そして深い愛情に満ちていた。

「この家茂、大統領として、そして皇配こうはいとして……命に代えても陛下をお守りいたします。陛下の御心が、この国の隅々まで届くよう、粉骨砕身、尽力することをお誓い申し上げます」


 陛下は、ふわりと微笑まれた。

 その笑顔は、先ほどの威厳ある表情とはまた違う、愛する夫に向けられた一人の女性としての柔らかなものだった。

「頼りにしています、将軍……いえ、大統領」

 その言葉に、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 外交官たちも、立ち上がって拍手を送っている。

 彼らは理解したのだ。

 この北の政府が、単なる反乱軍の集まりではなく、確固たる正統性と、近代的な統治機構、そして民衆を惹きつける精神的支柱を持った「国家」であることを。


 式典終了後、五稜郭内の迎賓館で祝賀会が開かれた。

 俺は、グラスを片手に会場の隅で一息ついていた。

 緊張の糸が切れ、どっと疲れが出た気がした。

「お疲れ様です、永倉さん」

 声をかけてきたのは、山南敬助だった。

 彼は、いつもの穏やかな笑みを浮かべているが、その目は鋭く周囲を観察している。

「ああ、山南さん。……どうだ、各国の反応は?」

「上々ですよ。特にフランスとアメリカは、かなり好意的です。ロッシュ公使など、『ジャンヌ・ダルクの再来だ』と興奮していましたよ」

「ジャンヌ・ダルクか……。火あぶりにはさせんぞ」

「ええ、もちろん。……それに、ロシアも興味を示しています。彼らにとって、南下政策の足がかりとして、我々と友好的な関係を築くのはメリットがありますからね」

 山南さんは、手元のメモ帳に何かを書き込みながら言った。

「これで、外交的な足場は固まりました。次は……」

「ああ。国内だな」

 俺は、窓の外、南の空を見つめた。

 遥か彼方、津軽海峡の向こうには、まだ薩長政府が支配する本州がある。


「京では、偽の帝を擁立して、必死に体裁を繕っているそうです」

 土方が、いつの間にか俺たちの後ろに立っていた。

「だが、ボロは出始めている。民衆は馬鹿じゃねえ。どっちが本物か、肌で感じ取ってるはずだ」

「そうですね。……今回の即位式で、流れは完全に変わります」

 俺は、グラスの中の琥珀色の液体を見つめた。

「ああ、今回は長引かせない。一気に決める」


 会場の中央では、家茂閣下と陛下が、各国の外交官たちと談笑している。

 陛下は、通訳を介さずとも、簡単な英語なら理解されているようだった。

 その聡明さに、外交官たちはさらに驚嘆している様子だ。

 家茂閣下も、堂々とした態度で、日本の未来について語っている。

 二人の姿は、まさに理想的な君主と指導者だった。


「……総司、大丈夫か?」

 俺は、壁際で椅子に座っている沖田に声をかけた。

 琴が、甲斐甲斐しく飲み物を運んでいる。

「ええ、大丈夫ですよ、新八さん。……むしろ、力が湧いてくる気がします」

 総司は、陛下の方を見つめながら言った。

「あんなに綺麗な方をお守りできるんですからね。……僕の剣も、まだ役に立ちますよ」

「ああ、頼りにしてるぜ。一番隊組長」

 俺は、総司の肩を軽く叩いた。

 彼の病状は、未来の知識を使った治療薬(マイシン系の精製にはまだ成功していないが、サルファ剤に近い抗菌薬の開発には成功していた)のおかげで、小康状態を保っている。

 完治は難しいかもしれないが、少なくとも、歴史通りの夭折ようせつは回避できているはずだ。


 祝賀会が終わり、夜が更けていく。

 五稜郭の空には、満天の星が輝いていた。


 歴史を変えることの責任。

 多くの血が流れることへの恐怖。

 それらを全て飲み込んで、俺は進むしかない。

 睦仁親王の死という悲劇を乗り越え、和宮様の即位という新たな希望を灯した。

 この灯火を、絶やしてはならない。


「新八」

 背後から、家茂閣下の声がした。

 振り返ると、大統領としての顔ではなく、かつての主君としての顔をした家茂が立っていた。

「……上様。いえ、閣下」

「二人きりの時は、昔のままでいい」

 家茂は、俺の隣に並び、同じように星を見上げた。

「……ありがとう。そなたのおかげで、ここまで来られた」

「いえ。全ては、閣下と和宮様の力です」

「……宮は、強いな。私よりもずっと」

 家茂は、少し寂しげに、しかし誇らしげに笑った。

「あの方を支えるのが、私の生涯の仕事だ。……新八、これからも力を貸してくれ」

「もちろんです。……この命尽きるまで、お供します」


 二人の間に、言葉はいらなかった。

 固い握手を交わし、俺たちは再び前を向いた。

 南の空には、不穏な雲がかかり始めている。

 薩長との最終決戦は、もう目の前に迫っていた。

 「静寛」の世を、真の平和な日本を創るために。

 戦いの準備は、整った。



ついに誕生した女帝・静寛天皇。

その神々しい姿は、参列した諸外国の公使たちをも圧倒した。

江戸時代の女帝という前例を盾に正統性を主張する新政府。

新八たちの悲願である薩長討伐、日本を取り戻す戦いは、女帝の即位により新たな局面を迎える。

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