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第204話:軍制改革

フランス軍事顧問団の指導のもと、五稜郭ではこれまでの常識を覆す国民皆兵の軍制改革が進められていた。

身分を問わず集められた兵士たちが、最新式の装備と戦術で鍛え上げられていく。

 箱館の春は遅い。

 だが、五稜郭の練兵場には、季節の寒さを吹き飛ばすほどの熱気が渦巻いていた。

「アン、ドゥ、トロワ! 足並みを揃えろ!」

 フランス軍事顧問団のジュール・ブリュネ大尉の怒号が響く。通訳を介して伝えられるその言葉に、兵士たちは必死に食らいついていた。

 彼らの装備は、和装に洋式の革帯、そして肩には最新式のシャスポー銃。

 新国軍の名のもとに集結したは良いが、結局は諸藩の寄り合い所帯に過ぎなかった、かつての幕府軍の雑多な装備とは一線を画す、統一された軍隊の姿がそこにあった。


 俺は、土方と共にその様子を眺めていた。

「どうだ、新八。様になってきただろう」

 土方は、満足げに目を細めた。その視線の先には、整然と隊列を組んで行進する兵士たちの姿がある。

「ああ。正直、ここまで変わるとは思わなかった。……だが、土方さん。本当にこれで良かったのか?」

「何がだ?」

「国民皆兵だ。身分に関係なく、百姓や町人まで兵にする。……武士の世は、本当に終わるんだな」

 俺の言葉に、土方はふっと笑った。

「なんだ新八、お前らしくもない。俺たちはとっくに、武士なんて枠組みからはみ出しちまってるじゃねぇか」

 土方は、腰の和泉守兼定を軽く叩いた。

「俺たちが目指すのは、身分を守ることじゃねぇ。この国を守ることだ。そのためなら、猫の手だって借りる。……いや、猫よりは百姓の方が役に立つか」

 土方の冗談に、俺も苦笑する。

 北海道共和国では、フランスの指導の下、画期的な軍制改革が行われていた。

 その柱となるのが、国民皆兵制度である。

 これまでの身分制度を撤廃し、能力のある者は誰でも軍に参加できる。逆に言えば、すべての国民に国を守る義務を課すという、革命的なシステムだ。

 最初は反発もあった。特に、特権を奪われると感じた旧幕臣たちの中には、不満を漏らす者もいた。

 だが、土方はそれを力ずくでねじ伏せたわけではない。

「実力を見せればいい」

 そう言って、彼は新選組を使った模擬戦を行ったのだ。

 結果は、新選組の圧勝。

 身分など関係なく、鍛え上げられた集団がいかに強いか。それを目の当たりにした旧幕臣たちは、黙るしかなかった。


「それに、ただの洋式軍隊を作るつもりはねぇ」

 土方は、鋭い眼光で練兵場を見つめた。

「ブリュネの戦術は確かに合理的だ。だが、それだけじゃ薩長には勝てん。奴らもまた、英国から最新の戦術を学んでいるからな」

「じゃあ、どうするんだ?」

「混ぜるんだよ。洋式の火力と、俺たちの剣を」

 土方は、ニヤリと笑った。

「名付けて、『遊撃隊』構想だ」


 その日の午後、俺たちは特別な訓練を行っていた。

 場所は、五稜郭の裏手にある雑木林。

 集められたのは、新選組の生き残りたちと、選抜された精鋭兵士たちだ。

「いいか、野郎ども! よく聞け!」

 原田左之助が、槍を地面に突き立てて大声を張り上げる。

「ブリュネ先生の教えじゃ、敵を見つけたらまず撃ち合えってことになってる。だが、俺たちのやり方は違う!」

 原田は、自身の腹をポンと叩いた。

「撃ち合いなんざ、挨拶代わりだ! 隙を見て距離を詰めろ! 懐に入っちまえば、こっちのもんだ!」

「その通りだ」

 斎藤一が、静かに進み出る。その手には、愛刀・鬼神丸国重が握られている。

「銃は弾切れがある。装填にも時間がかかる。だが、剣に弾切れはない。……至近距離なら、剣の方が速い」

 斎藤は、瞬きする間もなく抜刀し、近くにあった藁人形を袈裟懸けに斬り捨てた。

 そのあまりの速さに、新兵たちは息を呑む。

「すげぇ……」

「これぞ、新選組流・近接戦闘術、シー・キュー・シーだ!」

 松原忠司が、得意げに胸を張る。

 彼は、柔術の達人であり、この新しい戦術の考案者の一人でもあった。

「銃剣術だけでは足りん。取っ組み合いになった時、どう相手を制圧するか。関節を極める、投げ飛ばす、目潰しを入れる……。生き残るためなら何でもありだ」

 松原は、実演として大柄な兵士を指名し、あっという間に投げ飛ばして見せた。

「ぐわっ!」

 地面に叩きつけられた兵士が呻く。

「見たか! これが『誠』の柔術だ!」

 松原の熱血指導に、俺は思わず吹き出しそうになった。

 CQC(Close-Quarters Combat)なんて横文字、どこで覚えたんだか。おそらく、ブリュネあたりから聞きかじったのだろうが、松原が言うと妙に説得力がある。


 俺もまた、教官として剣術の指導に当たっていた。

「突撃の合図があったら、死ぬ気で走れ!」

 俺は、木刀を持って兵士たちの間を歩き回る。

「弾が怖いか? 当たらなければどうということはない! むしろ、止まっている方が的になるぞ!」

 俺の言葉は、精神論に聞こえるかもしれない。だが、これは実戦で培った真理だ。

 銃撃戦の最中、恐怖で足が止まった者から死んでいく。生き残るには、前に出るしかないのだ。

「永倉先生、質問です!」

 一人の若者が手を挙げた。元は会津藩士だという。

「敵がガトリング砲を持っていたら、どうすればいいんですか?」

 鋭い質問だ。俺は少し考えてから答えた。

「その時は……祈れ」

「えっ?」

「嘘だ。……散開して、遮蔽物を利用しながら近づけ。そして、誰か一人が囮になっている間に、別の誰かが側面から回り込む。犠牲は出るかもしれんが、全滅は避けられる」

 俺の言葉に、若者は真剣な表情で頷いた。

 死を前提とした戦術。だが、彼らの目には恐怖よりも、覚悟の色が宿っていた。


 一方、砲兵隊の訓練場では、武田観柳斎が声を張り上げていた。

「角度よし! 装填よし! ……てぇーっ!」

 ドォォォン!

 轟音と共に、野砲が火を噴く。

 弾丸は放物線を描き、遠く離れた標的に見事に命中した。

「素晴らしい! メルヴェイユ(merveilleux)です!」

 あやしげなフランス語を交えた武田は、扇子を広げて大喜びだ。

「やはり、これからの時代は火力ですよ。剣や槍も結構ですが、遠くからドカンとやるのが一番エレガントです」

 彼は、眼鏡の位置を直しながら、部下たちに指示を飛ばす。

「いいですか、諸君。砲撃は数学です。距離、風向き、火薬の量……すべてを計算し尽くした先に、勝利の方程式があるのです!」

 かつては軍学者として胡散臭がられていた武田だが、この近代戦においては水を得た魚のようだった。

 彼の緻密な計算能力と、新しいもの好きの性格が、砲兵隊の指揮官として見事にハマっていたのだ。

「武田先生、次の標的は?」

「うむ、次はあの丘の上の松の木だ。……あそこには、私の嫌いなカラスが止まっているからね」

 武田の冗談に、砲兵たちも笑いながら次弾を装填する。


 夕暮れ時。

 訓練を終えた俺たちは、五稜郭の土手に座り込み、汗を拭っていた。

 心地よい疲労感が体を包む。

「……強くなったな、あいつら」

 原田が、水筒の水をあおりながら言った。

「ああ。これなら、薩長とも十分に渡り合える」

 斎藤も、珍しく素直に同意する。

 俺たちの目の前には、夕日に染まる函館の街と、その向こうに広がる海が見える。

 かつて、京の街で肩で風を切って歩いていた頃とは、何もかもが違う。

 だが、俺たちの根っこにあるものは変わっていない。

「誠」の旗の下に集い、仲間と共に戦う。

 その魂だけは、どんなに時代が変わっても、どんなに武器が変わっても、不変なのだ。


「土方さん」

 俺は、少し離れた場所に立っていた土方に声をかけた。

「……なんだ」

「この軍隊、最強になるよ」

 土方は振り返り、ニヤリと笑った。

「当たり前だ。俺が鍛えたんだからな」

 その笑顔は、かつて試衛館で竹刀を交わせていた頃の、悪ガキのような無邪気さを帯びていた。

 だが、その瞳の奥には、一国の軍事指導者としての冷徹な計算と、燃えるような野心が潜んでいる。

「新八。……春になったら、動くぞ」

 土方が呟いた。

「ああ。わかってます」

 俺は頷いた。

 雪解けと共に、薩長軍が攻めてくる。それは避けられない未来だ。

 だが、今の俺たちには恐れはない。

 フランスの支援、国民皆兵、そして新選組の魂を受け継いだ「遊撃隊」。

 すべてのピースは揃った。

 あとは、戦うだけだ。


 その夜、俺は夢を見た。

 燃え盛る京の街。逃げ惑う人々。そして、その中で刀を振るう自分自身の姿。

 だが、その夢の中の俺は一人ではなかった。

 隣には近藤さんがいて、総司がいて、左之助や平助がいる。

 そして、背中合わせに土方が立っている。

『行くぞ、新八』

 夢の中の土方が言う。


 目が覚めると、窓の外はまだ暗かった。

 だが、東の空がわずかに白み始めている。

 夜明けは近い。


 翌日、ブリュネによる最終検閲が行われた。

 整列した数千の兵士たち。その一糸乱れぬ挙動に、ブリュネは満足げに頷いた。

「トレビアン(素晴らしい)。……ムッシュ・ヒジカタ、あなたの部隊は、欧州の精鋭にも引けを取りません」

「感謝する、ブリュネ大尉」

 土方は、フランス語で短く答えた。いつの間にか、彼も少しだけ言葉を覚えていたらしい。

「しかし、本当の試験は戦場です。……彼らは、死を恐れずに戦えますか?」

 ブリュネの問いに、土方は即答した。

「死を恐れぬ馬鹿はいない。だが、彼らには守るべきものがある。……家族、故郷、そして誇りだ。そのために死ねる覚悟は、もうできている」

 その言葉を聞いた兵士たちの背筋が、さらに伸びたような気がした。


 新生・北海道共和国軍。

 その牙は、確実に研ぎ澄まされていた。

 来るべき決戦の日に向けて、静かに、しかし熱く、その闘志を燃やしていた。


土方歳三が目指すのは単なる洋式軍隊の模倣ではなかった。

新八たち新選組の剣技と近代戦術を融合させた、新たな戦い方が幕を開ける。

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