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第191話:白虎隊の未来

会津若松城下で北行の準備が進む中、白虎隊の少年たちは「殿しんがり」を務めて散ることを望んでいた。

新八は、死を美化する彼らの前に立ちはだかる。

 会津若松城下は、北行の準備でごった返していた。

 荷車が行き交い、人々が慌ただしく立ち働く中、一際異様な集団がいた。

 まだあどけなさの残る少年たち。

 白虎隊である。

 彼らは、大人たちが荷造りをしているのを他所に、刀の手入れをしたり、辞世の句を詠んだりしていた。

 彼らの瞳には、澄んだ、しかし危うい光が宿っていた。

「僕たちは、殿しんがりを務めます」

 隊士の一人、飯沼貞吉が、隊長の日向内記に詰め寄っていた。

「殿のご出立を、命に代えてもお守りするのが我ら白虎隊の務め! 薩長軍を一人でも多く道連れにし、武士らしく散る所存です!」

「そうだ! そうだ!」

 他の隊士たちも口々に叫ぶ。

 日向内記は、困り果てた顔で彼らを見ていた。

「お前たちの気持ちは嬉しいが、殿の命令は『全藩移住』だ。お前たちも一緒に北へ行くのだ」

「嫌です! 逃げるなんて、会津武士の恥です!」

 少年たちの思いは純粋で、それゆえに頑なだった。

 彼らにとって、「死」は恐怖ではなく、忠義の証であり、美学ですらあった。


 その様子を見ていた俺は、彼らの前に進み出た。

「いい加減にしろ!」

 俺の怒声に、少年たちがビクリと肩を震わせる。

「な、なんだお前は!」

「新選組の永倉新八だ」

 俺は、彼らを一人一人睨みつけた。

「死にたいのか? そんなに死にたいなら、勝手に死ねばいい。だがな、それは『犬死に』だ。忠義でもなんでもない」

「なっ……!」

 飯沼貞吉が顔を真っ赤にして掴みかかろうとする。

「取り消せ! 僕たちは、殿のために……!」

「殿のため? 笑わせるな」

 俺は貞吉の手を軽くあしらい、彼を地面に転がした。

「お前たちが死んで、容保公が喜ぶと思うか? 『よく死んでくれた』と褒めてくれるとでも思っているのか? 大間違いだ!」

 俺は、立ち上がろうとする貞吉を見下ろした。

「容保公は、お前たちを生かすために、泥を被る決断をしたんだ。先祖伝来の土地を捨て、逃げるという汚名を着てでも、お前たちの命を守ろうとしたんだ。その主君の心を踏みにじって、何が忠義だ!」

 少年たちは、言葉を失った。

 俺は、口調を和らげ、彼らの目を見て言った。

「死ぬのは簡単だ。刀一本あれば、いつでもできる。だがな、生きて国を作るのは、もっと難しい。泥にまみれ、汗を流し、恥をかきながら、それでも前へ進む。それが生きるということだ」

 俺は、一人の少年の前に立った。

 利発そうな顔立ちをした少年、山川健次郎だ。

「お前、年はいくつだ?」

「……十四です」

「そうか。十四か。……俺が人を斬り始めたのは、もう少し後だったな」

 俺は、彼の腰にある刀に手を置いた。

「この刀で、何ができる? 敵を一人、二人斬って、それで終わりだ。だがな、お前の頭の中にある知恵は、何万人もの人を救えるかもしれない」

 山川は、ハッとして俺を見た。

「知恵……ですか」

「ああ。これからの戦いは、刀や鉄砲だけじゃない。科学、技術、外交……そういうものが国を守る武器になる。お前には、その武器を磨いてほしいんだ」

 俺は、別の少年に視線を移した。伊東健輔だ。

「お前もだ。死んでしまったら、そこで終わりだ。だが、生きていれば、お前の子供や孫が、新しい日本を作るかもしれない。命を繋ぐこと、それもまた、立派な戦いだぞ」

 少年たちの顔から、憑き物が落ちたように険しさが消えていった。

 飯沼貞吉が、涙を流しながら言った。

「でも……僕たちは武士です。戦うために育てられたんです……」

「だからこそだ」

 俺は、貞吉の肩に手を置いた。

「武士の本分は、主君と民を守ることだ。死んでしまっては、誰も守れない。生きて、強くなれ。そして、新しい日本の柱となれ。……それが、お前たちに課せられた、一番難しい任務だ」

 貞吉は、しばらく嗚咽していたが、やがて顔を上げ、涙を拭った。

「……わかりました。その任務、お引き受けします」

 他の少年たちも、次々と頷いた。

「僕たちが、勉強して、強い国を作るんだ」

「刀の代わりに、本を持つんだ」

 彼らの瞳に、新しい光が宿った。

 それは、死への狂信ではなく、未来への希望の光だった。


 日向内記が、深々と頭を下げた。

「永倉殿、感謝する。この子たちの未来を守ってくれて」

「礼には及びません。彼らは、日本の宝ですから」

 俺は笑って答えた。


 翌日。

 白虎隊士たちは、刀を背負うのをやめ、代わりに風呂敷包みを背負っていた。

 中には、書物や測量器具が入っている。

 彼らは、北へ向かう行列の先頭に立ち、胸を張って歩き出した。

 その背中は、昨日よりもずっと大きく、頼もしく見えた。

 山川健次郎は、後に物理学者となり、東京帝国大学の総長を務めることになる。

 彼らが作る未来の日本を、俺はこの目で見てみたいと思った。


 だが、感傷に浸っている暇はない。

 俺には、まだやるべきことがある。

 俺は、馬首を東へ向けた。

 


新八の言葉に心を動かされた白虎隊士たちは、刀を置き、書物を背負って北への旅路につく。

その中には、後の物理学者・山川健次郎らの姿もあった。

彼らが築く未来の日本に思いを馳せながら、新八は次なる戦いの地へと馬首を向ける。

希望の種は、確かに蒔かれたのだ。

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