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第130話:公議政体構想

徳川の世を終わらせる決断を下した家茂。

その先に描く未来とは、どのような形をしているのか。

新八が提示する、史実を超えた国家像は、新たな夜明け前の胎動を感じさせるものです。

 再び江戸城、奥御殿。

 家茂が「徳川幕府を終わらせる」という決断を下した翌日。

 俺は、再び家茂の前に座していた。

 だが、今日の空気は昨日までの重苦しいものではない。

 家茂の瞳には、迷いを断ち切った者だけが持つ、澄んだ光が宿っていた。


「……永倉。昨夜、宮(和宮)とも話した。予の決意は揺るがぬ」

 家茂は、凛とした声で告げた。

「薩長が『大政奉還』を突きつけてくる前に、我々の手で新しい国を作る。……そのための具体的な設計図を、見せてくれ」


「はっ」

 俺は、懐から分厚い書面を取り出した。

 これこそが、俺が未来の知識と、この時代の現実を擦り合わせて練り上げた、国家魔改造の最終プランだ。

 表紙には『公議政体構想』と記されている。


「まず、国家の頂点には、これまで通り天皇陛下を戴きます。これは絶対条件です」

 俺は図面を広げた。

 ピラミッドの頂点に『天皇』。その下に『議会』と『行政府』が並列に描かれている。

「しかし、帝はあくまで『君臨すれども統治せず』。国家の象徴として、国民の統合の中心となっていただきます。実際の政治を行うのは、この『議会』と『行政府』です」


「ふむ。以前聞いた『立憲君主制』だな」

 家茂が頷く。

「問題は、その中身だ。幕府はどうなる?」


「幕府は……解体します」

 俺は、はっきりと言い切った。

 家茂の眉がピクリと動くが、彼は黙って先を促した。

「現在の幕府の機能を行政府、すなわち『内閣』へと移行させます。そして、将軍職も廃止します」


「将軍を、廃止……」

 家茂が言葉を反芻する。

 それは、徳川家にとっての死刑宣告にも等しい言葉だ。

 だが、俺は続けた。


「はい。その代わり、徳川家当主は『内閣総理大臣』として、新政府の領袖に就任します」

「内閣総理大臣?」

「はい。議会の承認を得て、行政の全責任を負う役職です。世襲ではなく、実力と人望によって選ばれる、国の指導者です」


 俺は、図面の『議会』の部分を指差した。

「議会は二院制とします。一つは、全国の諸大名や公家からなる『上院』。もう一つは、士農工商を問わず、選挙によって選ばれた代表からなる『下院』です」


 これは、史実の明治政府が目指し、そして完全には実現できなかった形だ。

 薩長藩閥による専制ではなく、広く国民の声を反映させる仕組み。

 そして、徳川家を排除するのではなく、その行政能力と権威を新体制の中に組み込むこと。

 これこそが、内戦を回避し、かつ近代化を加速させる唯一の道だ。


「上院には、徳川家を筆頭に、薩摩、長州、会津などの有力諸侯が参加します。ここで国策の大枠を議論します。一方、下院では予算や法律を審議します。……つまり、薩長も排除せず、議論の卓に着かせるのです」


「なるほど……」

 家茂は、顎に手を当てて考え込んだ。

「彼らを排除すれば、必ず反乱の火種となる。だが、議会という土俵に引きずり込めば、彼らも武力ではなく、言論で戦わざるを得なくなるわけか」

「その通りです。そして、行政経験の豊富な幕臣たちを実務官僚として登用すれば、新政府はすぐに機能し始めます。朝廷に政権を丸投げする『大政奉還』とは、そこが決定的に違います」


 家茂は、図面を食い入るように見つめていた。

 その表情が、次第に明るくなっていく。

 彼は、この構想の中に、徳川の生き残る道だけでなく、日本という国が一つにまとまる希望を見出したのだ。


「……すごいな、永倉」

 家茂が、感嘆の声を漏らした。

「そなたの頭の中には、未来が見えているのか?」

「いえ、ただの妄想です」

 俺は苦笑して誤魔化した。

 未来の知識があるとは言えない。だが、この構想は、未来の失敗から学んだ教訓の結晶だ。


「だが、一つ問題がある」

 家茂が、鋭い視線を俺に向けた。

「この『内閣総理大臣』とやら……。徳川家当主が就任するとしても、それが予で務まるのか?」

 家茂の声には、不安ではなく、己を試すような響きがあった。


「務まります」

 俺は即答した。

「公方様には、誰よりも優れた資質があります。それは『聞く耳』と『決断力』です。……そして何より、民を思う心です」


 俺は、これまでの家茂との対話を思い返していた。

 彼は、俺のような一介の浪士の言葉にも真摯に耳を傾け、理解し、そして受け入れてくれた。

 その柔軟性と度量の広さは、まさに近代国家のリーダーにふさわしい。

 慶喜のような策士ではないかもしれない。だが、家茂には人を惹きつけるカリスマがある。


一橋慶喜。

 史実の最後の将軍。

 確かに能力は高いが、その変幻自在な態度は、味方からも信用されていない。


「公方様は一橋慶喜公のような策士ではありませんが、新しい時代の領袖に必要なのは、策を弄することではなく、信頼を築くことです。……公方様なら、薩長の猛者たちとも渡り合えます」


「……買い被りすぎだ」

 家茂は照れくさそうに笑ったが、その目には強い意志が宿っていた。

「だが、そなたがそこまで言うのなら、やってみよう。……予は、将軍の座を降り、一人の政治家として、この国を背負う」


 家茂は立ち上がり、窓の外の江戸の町を見下ろした。

「徳川のためではない。日本のために。……予が、その礎となろう」


「公方様……」

 俺は、言葉を失った。

 この若き将軍は、自分の地位も、名誉も、すべてを投げ打って、日本の未来を切り拓こうとしている。

 その覚悟の重さに、俺はただ、頭を垂れるしかなかった。


「……永倉。頼みがある」

 家茂が、俺の肩に手を置いた。

「この構想を実現するために、そなたの力を貸してくれ。……予の、最初の同志として」

「はっ! この命に代えましても!」

 俺は、床に額をこすりつけた。

 涙が、畳に染み込んでいく。

 この人のために。

 この人の描く未来のために、俺は戦う。

 たとえ、歴史を敵に回しても。


 こうして、『公議政体構想』は動き出した。

 それは、徳川幕府を自らの手で解体し、近代国家へと生まれ変わらせる、前代未聞のプロジェクト。

 だが、その先には、薩長の陰謀と、予期せぬ悲劇が待ち受けていた。

 歴史の歯車は、俺たちの予想を超えて、大きく、そして残酷に回り始めていた。


将軍職を廃し、総理大臣として立つ。家茂の覚悟と新八の構想が、ついに一つになりました。

しかし、歴史の修正力は容赦なく彼らに襲いかかります。

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