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第126話:国家魔改造計画

政治体制の次は、国の根幹を支える「経済」。

新八が提示する大胆な財政改革案は、幕府の常識を覆すものでした。

若き将軍は、その劇薬をどう受け止めるのか。

 江戸城、奥御殿。

 静寂に包まれた一室で、俺は再び第十四代将軍・徳川家茂と対峙していた。

 今日の講義は、これまでの「思想」や「政治体制」の話から一歩踏み込み、より具体的かつ喫緊の課題である「経済」へと移る。


「……永倉。先日の『立憲君主制』と『内閣制度』の話、実に興味深かった。だが、それらを実現するためには、莫大な金が要るのではないか?」

 家茂が鋭い質問を投げかけてきた。

 さすがは聡明な若君だ。理想を語るだけでなく、その足元にある現実的な問題に気づいている。

「仰る通りです、公方様。新しい国を作るには、新しい『財布』が必要です。本日は、その財布の中身をどう増やすか……すなわち『国家財政と経済政策』についてお話しいたします」


 俺は手元の資料を広げた。

 そこには、俺が現代知識を総動員して書き上げた、幕府財政の再建計画が記されている。

「まず、現状の幕府の財政は『米本位制』に依存しています。年貢として納められた米を換金し、それを財源としている。しかし、これでは豊作・凶作によって収入が乱高下し、安定した国家運営は不可能です」

「うむ。予も常々、天候に左右されるまつりごとには限界を感じていた」


「そこで、第一の改革案です。『地租改正』を行います」

 俺は、土地の所有権を明確にし、その地価に応じた現金を税として徴収する仕組みを説明した。

 これにより、政府は安定した現金収入を得ることができる。

「次に、通貨の統一です。現在、日本国内には幕府が発行する貨幣だけでなく、各藩が独自に発行する『藩札』が流通しています。これを廃止し、幕府……いえ、新政府が発行する統一通貨に切り替えます」

「……各藩の財布を取り上げるということか。反発は必至だな」

「はい。ですが、これを断行せねば、日本は一つの経済圏として機能しません。そして、この統一通貨を管理・発行するための機関として『中央銀行』を設立します」


 中央銀行。

 通貨の発行量を調整し、物価を安定させ、金融政策を行うための司令塔。

 この概念は、当時の日本には存在しない。

 家茂は目を丸くして聞き入っていた。

「……カネの流れを、国が管理するのか」

「はい。そして、ここからが重要です。国家の信用を担保に、資金を調達する仕組み……『国債』の発行です」


 俺は、未来の知識である「国債」の概念を説明した。

 国民や外国から借金をし、それを元手にインフラ整備や産業育成を行う。そして、経済成長によって得られた税収で借金を返す。

 それは、縮小均衡に陥っていた幕府財政を、拡大均衡へと転換させる魔法の杖だ。


「……借金をして、国を富ませるか。商人のような発想だな」

 家茂は苦笑したが、その目には強い関心の色が浮かんでいた。

「しかし、理には適っている。金がないから何もできぬと嘆くより、未来の富を先借りして、今を切り拓く。……実に、予の好むところだ」


 家茂は身を乗り出し、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「永倉。そなたの頭の中には、百年先の日本が見えているようだな」

「……買い被りです。ただ、少しばかり異国の事情に詳しいだけです」

「謙遜するな。そなたの語る言葉には、確かな『道』が見える。……予は、そなたに賭けてみたくなった」


 その言葉に、俺は胸が熱くなった。

 この若き将軍は、俺の突飛な提案を拒絶することなく、その本質を理解しようとしてくれている。

 彼となら、本当に日本を変えられるかもしれない。


「……公方様。この改革は、痛みを伴います。既得権益を持つ者たちからは、激しい抵抗があるでしょう」

「構わぬ。予が泥を被れば済む話だ」

 家茂は力強く言い切った。

「民が豊かになり、国が強くなるなら、予はどんな悪名でも甘んじて受けよう。……それが、徳川の最後の奉公かもしれぬしな」


 その覚悟に、俺は深く頭を下げた。

 講義を終え、退出の挨拶をしようとした時だった。


「……永倉殿」

 御簾の向こうから、涼やかな声が響いた。

 和宮だ。

 彼女は静かに姿を現し、家茂の隣に座った。

「宮、聞いておったのか」

「はい、上様。……少し、永倉殿とお話をさせてくださいませ」


 和宮は、俺に向き直った。

 以前の面会では、政治的な観点から家茂の地位と朝廷の安泰を案じていたが、今日の彼女の表情は少し違っていた。もっと個人的で、切実な色が浮かんでいる。

「永倉殿。先ほど、上様は『泥を被る』と仰いました。……そなたの策を実行すれば、上様は今まで以上に矢面に立つことになりましょう」

「……はい。否定はできません」

「ならば、お聞きします。その泥にまみれた先に……上様が心から笑える日は来るのですか?」


 和宮の声がわずかに震えた。

まつりごとのことは、以前そなたが申した通り、上様とそなたにお任せします。ですが、わらわが案じているのは、上様のお体と、お心です。……これ以上、上様が傷つくのを見たくありませぬ」


 彼女にとって最も重要なのは、国家の繁栄よりも、夫である家茂の命と心なのだ。

 俺は、史実の家茂が、激務と心労の果てに二十一歳の若さでこの世を去ったことを知っている。

 そして、残された和宮の悲しみも。


 俺は平伏し、床に額を擦り付けた。

「……お約束いたします」

 俺は震える声で言った。

「必ずや、上様を激務と重圧から解き放ちます。新しい仕組みは、上様お一人に責任を負わせるものではありません。多くの有能な臣下が、上様の手足となって働きます。そして何より……」

 俺は顔を上げ、和宮の瞳を見つめ返した。

「私が、上様の盾となります。泥も矢も、すべて私が受け止めます。ですから、どうかご安心ください」


 沈黙が流れた。

 やがて、和宮の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「……信じます」

 彼女は、家茂の手をそっと握った。

「上様。この者は、信じられます。……わらわも、覚悟を決めました。上様が泥を被るなら、わらわも共に被りましょう」

「宮……」

 家茂は、愛おしそうに和宮を見つめた。


 その光景を見て、俺は確信した。

 この夫婦は、強い。

 互いを思いやる心こそが、どんな政治理論よりも強固な絆となり、この国を支える柱となるだろう。


「永倉。……礼を言う」

 家茂が静かに言った。

「そなたのおかげで、予は迷いを捨てることができた。……さあ、始めようか。国家魔改造とやらを」


 俺は深く頷いた。

 賽は投げられた。

 もう後戻りはできない。

 俺たちは、未知なる荒野へと足を踏み出す。


 城を出ると、空は既に暗くなっていた。

 だが、俺の心は晴れやかだった。

 家茂と和宮。そして、俺を信じてくれる佐那。

 守るべき人たちがいる。共に戦う仲間がいる。

 それだけで、俺はどこまでも強くなれる気がした。


 ふと、夜空を見上げると、北斗七星が輝いていた。

 その柄の先にある星は、死兆星か、それとも希望の星か。

 どちらであっても構わない。

 俺は、俺の信じる道を突き進むだけだ。




家茂の決断、そして和宮の覚悟。

夫婦の絆が、改革への最強の推進力となります。

新八もまた、彼らを守る盾となることを誓います。

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