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第100話:変革の胎動

読者の皆様の温かい応援のおかげで、本連載もついに第100話を迎えることができました。

心より感謝申し上げます。

さて、未来の知識で新八が蒔いた種は、亀山社中と陸援隊として芽吹きました。

しかし「大政奉還」実現には、幕府内部の協力者が不可欠です。

新八が握りしめる紹介状、そこに記された名は幕末の巨魁・勝海舟でした。

 俺が、未来の知識という、誰にも言えない秘密を抱えながら、この幕末の世で奔走し始めてから、どれほどの時が経っただろうか。京の街は、相変わらず、きな臭い空気に満ちている。だが、水面下では、俺が投じた一石が、確かに波紋を広げ始めていた。


「永倉さん、お届け物です」


 監察方の山崎烝が、一通の書状を手に、俺の部屋を訪れた。差出人の名はない。だが、俺には、誰からのものか、すぐに分かった。長崎にいる、坂本龍馬からだ。


 書状には、簡潔に、しかし、確かな熱量を持って、こう記されていた。


「第一回交易、成功。利益、予測を上回る。船、購入予定。感謝する」


 俺は、思わず口元が緩むのを感じた。坂本さんが率いる亀山社中が、俺が提案した五島列島沖での密貿易を、見事に成功させたのだ。これは、単なる金儲けではない。彼らが、いずれ日本の海運を担い、世界と渡り合うための、大きな一歩だ。


「……そうか。やったか、坂本さん」


 俺は、書状を丁寧に折りたたみ、懐にしまった。


 山崎は、そんな俺の様子を、静かに見守っていた。彼は、俺の秘密の活動を知る、数少ない協力者の一人だ。


「して、陸援隊の様子は?」


 俺が尋ねると、山崎は、待っていましたとばかりに、口を開いた。


「はっ。先日、中岡慎太郎の指揮の下、愛宕山で大規模な演習が行われた模様です。その動きは、もはや、ただの浪士の集まりとは呼べぬ、統率の取れた軍隊そのものであったと、間者が報告しております」


「そうか。ミニエー銃の扱いにも、慣れてきたようだな」


「はい。永倉さんから提供された教練書が、大いに役立っているとのこと。特に、散兵線の形成と、迅速な射撃体勢への移行は、目を見張るものがあると」


 中岡慎太郎率いる陸援隊。彼らは、俺が未来の知識を元に作成した、近代的な軍事教練を取り入れ、着実に力をつけている。彼らの存在は、いずれ、薩長の過激な武力倒幕論に対する、強力な抑止力となるはずだ。


 亀山社中と陸援隊。俺が、未来の日本を創るために、その礎として密かに支援してきた二つの組織。彼らが、順調に育っていることを確認し、俺は安堵のため息をついた。


 だが、同時に、焦りも感じていた。


(これだけでは、足りない……)


 坂本さんや中岡は、倒幕でも佐幕でもない、第三の道を模索している。俺も、その考えに、全面的に賛同している。だが、その道を実現するためには、あまりにも障害が多すぎた。


 薩摩や長州は、虎視眈々と、武力による幕府転覆の機会を窺っている。一方、幕府内にも、会津藩主の松平容保公を筆頭に、あくまで徳川家を中心とした体制を守ろうとする、強硬な勢力が存在する。


 この両者を、どうにかして、話し合いのテーブルに着かせなければならない。そして、日本という国を、内戦という最悪の事態から救い、平和裏に、新しい時代へと移行させなければならない。


 そのための鍵となるのが、「大政奉還」と「議会政治」だ。


 将軍が、政権を朝廷に返す。そして、身分や藩閥にとらわれず、広く人材を集めた議会を設立し、合議によって、国の方針を決めていく。それこそが、俺が思い描く、理想の未来だった。


 だが、この壮大な構想を実現するためには、幕府内部に、強力な協力者が必要不可欠だった。俺や坂本さんたちが、外からどれだけ声を上げても、幕府の中から、その声に呼応する人間がいなければ、大きなうねりを起こすことはできない。


(誰か、いないのか……。この国の未来を、俺たちと共に、真剣に考えてくれる、幕府の人間が……)


 俺は、思考の海に沈みながら、ふと、懐に入れていた、あるものを思い出した。それは、以前、主上から、密かに託された、一通の紹介状だった。


 俺は、その紹介状を懐から取り出した。上質な和紙に、流麗な筆跡で、ある人物の名が記されている。


「軍艦奉行 勝麟太郎……」


 勝海舟。


 その名を、俺は知っている。いや、未来の日本人で、その名を知らない者はいないだろう。幕末の三舟の一人に数えられ、江戸城無血開城を実現させた、幕府の重臣。そして、坂本龍馬の師としても知られる人物だ。


 史実では、彼は、幕府の人間でありながら、その枠にとらわれない、柔軟な思考の持ち主だった。早くから、海軍の重要性や、議会政治の必要性を説いていたとも言われている。


(この人なら、あるいは……)


 俺の心に、一条の光が差し込んだ。主上が、なぜ、俺にこの紹介状を託したのか。その意味が、今、ようやく分かった気がした。


 主上は、おそらく、俺が、ただの新選組の組長ではないことを見抜いていたのだろう。そして、俺が描く未来と、勝海舟という男が持つ思想の間に、何か通じるものがあると感じたのかもしれない。


(行くしか、ない)


 俺は、固く拳を握りしめた。


「山崎。近藤さんと土方さんに、話がある。すぐに、広間に集まれるよう、手配してくれ」


「はっ。して、どのようなご用件で?」


「……江戸へ行く」


 俺の言葉に、山崎が、息を呑んだ。


 広間に集まった近藤さんと土方さんは、俺の突然の申し出に、案の定、怪訝な顔をした。


「江戸へ?一体、何のためにだ、永倉」


 土方さんが、鋭い視線で、俺を問い詰める。


「……私用だ。少し、会っておきたい人物がいる」


「私用だと?この、京が最も重要な時期に、お前は、新選組の組長としての務めを放棄するというのか!」


 土方さんの声が、荒らげられる。俺と彼の間に生まれた溝は、まだ、完全には埋まっていない。俺の行動が、彼の疑念を、さらに深らせてしまうことは、分かっていた。


 だが、ここで、引き下がるわけにはいかない。


「土方さん。俺は、新選組を辞めるつもりはない。だが、俺には、俺にしかできない戦いがある。それだけは、信じてほしい」


 俺は、まっすぐに、土方さんの目を見つめ返した。その時、それまで黙って話を聞いていた近藤さんが、口を開いた。


「……分かった。行け、新八」


「近藤さん!?」


 土方さんが、驚きの声を上げる。


「いいんだ、トシ。新八の言う通り、あいつには、あいつにしかできないことがあるんだろう。俺は、こいつを信じるよ」


 近藤さんは、穏やかな、しかし、揺るぎない口調で、そう言った。


「……ありがとうございます、近藤さん」


 俺は、深く、頭を下げた。


「ただし、一つだけ、条件がある」


 近藤さんは、続ける。


「お前が江戸へ行っている間、三番隊は、俺が預かる。そして、お前は、必ず、生きて、この京の屯所に帰ってこい。いいな?」


「……はい!」


 俺は、力強く、返事をした。


 俺の心は、期待と不安で、大きく揺れ動いていた。


 勝海舟という男は、本当に、俺の協力者となってくれるだろうか。いや、それ以前に、会ってくれるだろうか。一介の新選組組長に過ぎない俺の話を、真剣に聞いてくれるだろうか。


 だが、俺には、孝明天皇から託された、この紹介状がある。そして、何よりも、未来の知識と、この国を救いたいという、強い意志がある。


(やるしかないんだ)


 俺は、東の空を見据えた。その先には、日本の未来を左右する、重要な出会いが、待っているはずだ。


 これは、倒幕でも、佐幕でもない。新しい日本を創るための、俺の戦いだ。


 変革の胎動は、確かに、始まっていた。



新八の孤独な戦いは、新たな局面へ突入します。

近藤勇の信頼を背に、新八は一路江戸へ。

目指すは軍艦奉行・勝海舟との会談です。

幕府の中枢にありながら柔軟な思考を持つ勝は、果たして新八の味方となるのか?

そして、土方歳三との埋まらぬ溝はどうなるのか?

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