第1話:赤と黒の記憶
はじめまして、作者の双瞳猫です。
数ある作品の中から、本作に目を留めていただき、誠にありがとうございます。
この物語の主人公は、新選組最強の剣士の一人と謳われた男、永倉新八。
……に、転生してしまった、どこにでもいる普通の歴史好きの男です。
新選組といえば、幕末を駆け抜けたヒーローであり、同時に多くの隊士が志半ばで散っていく悲劇の集団でもあります。
近藤勇は斬首、土方歳三は戦死、沖田総司は病死……。
史実の永倉新八は、そんな仲間たちの死を乗り越え、明治の世まで生き抜いた数少ない人物の一人でした。
でも、もし。
もし、その永倉新八が、仲間たちが迎える悲劇的な未来をすべて知っていたとしたら?
もし、その永倉新八が、病を治すための現代知識を持っていたとしたら?
「俺だけが生き残る未来なんて、冗談じゃない!」
これは、未来を知る最強の剣士が、ただ一人の仲間も見捨てることなく、全員で笑って大往生を迎えるという無茶な未来を掴み取るために、歴史という名の運命にケンカを売る物語。
誠の旗の下、仲間と共に笑い、戦い、そして未来を創る。
そんな彼らの「もう一つの青春」を、どうぞお楽しみください。
それでは、本編をどうぞ。
霞が関の無機質な白い天井、鳴り響く内線電話、そして自らのデスクに突っ伏し、冷たくなっていく意識――それが、俺の最後の記憶だったはずだ。
次に目を開けた時、視界に映ったのは、煤けた木の天井だった。
「……っ!」
鋭い痛みが全身を貫き、思わず声が漏れる。特に、竹刀で何度も打ち据えられたかのような両腕と肩の熱がひどい。体を起こそうとして、軋むような痛みと、今まで感じたことのないほどの疲労感に阻まれた。
(どこだ、ここは……病院、ではないのか?)
辺りを見回す。簡素な板張りの部屋。窓から差し込む光が、空気中に舞う無数の埃をきらきらと照らし出している。鼻につくのは、消毒液の匂いではない。汗と、土埃と、そして……微かに、鉄錆のような血の匂い。
自分の手を見る。霞が関でペンと書類ばかりを相手にしていた、白く細い指ではない。節くれ立ち、豆が潰れた跡も生々しい、少年のごつごつとした手。
混乱が脳を揺さぶる。俺は誰だ?
霞が関の中央省庁に勤務し、国家の歯車として身を粉にしてきた三十代のエリート官僚。それが俺だったはずだ。過労で倒れる直前まで、来年度予算の編成に忙殺されていた記憶は鮮明にある。
しかし、同時に、全く別の記憶が濁流のように脳内へ流れ込んでくる。
――神道無念流の道場。師範の怒声。仲間との他愛ない会話。そして、この体の名前が「栄吉」であること。
「栄吉!いつまで寝ている!」
突然、荒々しい声と共に戸が乱暴に開け放たれ、屈強な男が顔を覗かせた。その顔に見覚えがある、と脳が告げている。この道場の兄弟子だ。
「……っ、はい!」
俺の意思とは関係なく、体は弾かれたように跳ね起き、声を発していた。体に染みついた反射。この「栄吉」という少年のものだ。
「ぼさっとするな!すぐに稽古だ!」
男はそう言い捨てて去っていく。残された俺は、いや、「栄吉」の体に宿った俺は、激しく脈打つ心臓を抑えながら、現状を理解しようと必死に頭を働かせた。
(死んだはずの俺が、なぜ……? これは夢か? それとも――)
いわゆる、転生というやつか。フィクションの世界でしか知らなかった非現実的な現象が、我が身に起きたというのか。
流れ込んでくる「栄吉」の記憶は、まだ断片的で整理がつかない。だが、この体が置かれた状況は明確だった。道場に住み込み、朝から晩まで剣の稽古に明け暮れる毎日。生きるためには、強くなるしかない。それだけが、この世界の理であるらしい。
(……考えるのは後だ)
官僚として培った思考能力が、警鐘を鳴らす。現状把握と情報収集が最優先。そのためには、まずこの場を「生き延びる」必要がある。
俺は、痛む体を引きずりながら立ち上がった。官僚としての冷静な思考と、栄吉という少年の荒々しい魂。二つの人格が奇妙に混じり合い、軋みを上げている。
今はただ、生きるために。目の前の厳しい稽古に、食らいついていくだけだ。
道場へ向かう足取りは重い。しかし、その一歩一歩が、赤(血)と黒(泥)にまみれたこの幕末という時代で、俺が生きるための最初の闘いだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
無事、永倉新八として(?)の第一歩を踏み出すことができました。
これから彼がどうやって仲間たちの「死亡フラグ」を叩き折っていくのか。
まずは一番に救いたい、あの天才剣士の病から……?
立ちはだかるのは、病魔だけではありません。池田屋、鳥羽伏見、甲州勝沼……新選組を待ち受ける数々の苦難に、未来知識というチートを使ってどう立ち向かっていくのか。
「全員生存」というハッピーエンドを目指して、我武者羅に突き進む永倉新八と新選組の仲間たちを、どうか応援してやってください。
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それでは、また次回お会いしましょう。




