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下 地獄の果てまで供をする

「理人先輩、おはようございま~す。迎えに来ました〜。」

次の日の朝も、紗良は家まで僕を迎えに来た。


「理人先輩、ちょっとスマホ見せてもらえますか?」

そう言うと返事を待たず僕の手からスマホを奪い取り、着信とメッセのやり取りを素早くチェックした。


「このリカコって誰ですか?」

また紗良の声が低くなった。

「これは妹だって。昨日会っただろ?」

今朝、真理子とのトークルームを非表示にしておいてよかった・・・。

「あ~、そっか~そうですよね~。あっ、SNSのDMもチェックしないと・・・。」


その日も休み時間はずっと僕の教室に来て、お昼休みには中庭に連れ出し、一緒に僕の家までやって来て遅くまで帰らず、その後も寝落ちするまで通話を続けた。


休みの日は、朝から家に迎えに来て、そのまま連れ出されて夜遅くまで帰してもらえず、やっと家に着いた後もすぐに通話の着信があった。


同じような日々がずっと続いた。


「ねえ、憔悴してるけど大丈夫なの?」

授業中が唯一紗良から解放される時間である。そのわずかな時間に隣の席の真理子が小声で話しかけてきた。

思えば真理子と話ができるのもいつぶりだろう。


「もう意識が朦朧としてる・・・。」

「いいかげん、ちゃんと話したら?」

「いや、毎日話してる。だけど、好きな子の名前を教えないと信じられない、別れないの一点張りで・・・。」

「・・・・・・。」

真理子は何か考え込むような表情をしている。

「もう・・・わたしの名前を使っていいよ。」

「だめだよ!そんなことしたら真理子にどんな危害を加えるか・・・。」

「でもこのままじゃ見てられない。理人が衰弱死しちゃう。わたしなら大丈夫だから・・・。」

真理子が机の下でこっそりと握ってくれた手はカサカサしていたが温かかった。


★★


「じゃあ、今日も先輩のおうちにおじゃましますね~。妹さんいるかな~。」

妹は必ずいるはずだ。だって、そうするようにずっと頼み込んでいるから・・・。


しかし、この日、玄関の扉を開けると、いつもあるはずの妹の靴がなかった・・・。


「あ~、今日は妹さん、お出かけかな~。じゃあ、先輩と二人きりだ~!わあ、緊張しちゃう!フフッ・・・。」

そう言いながら紗良は玄関の鍵を閉め、チェーンロックをかけて奥へ入って行った。


僕は紗良が向こうを向いた隙に、鍵とチェーンロックをこっそり開けて、すばやく『たすけて、はやくきて』とメッセを送った。


「せんぱ~い。ふたりきりですね~。」

リビングに入るや否や、急に腰のあたりに抱きつかれた。

「いや、ちょっと待って!いきなり・・・。」

紗良をやんわりと引きはがそうとしたが小柄の女子とは思えない強い力でホールドされ、しかもそのまま押し倒された。

「理人先輩は紗良のことを好きですよね~。」

そう言いながら馬乗りになって左手を僕の首の上に置いて体重をかけてきた。右手では僕のシャツのボタンを外してくる。

「グッ・・・いや、待って・・・。」

「紗良のことだけを好きですよね?なんで答えないんですか?」

また急に声が低くなった。首の上に置いた手にも力がこもっている。

「グッ・・・ほかに・・・好きな人がいる・・・だから・・・。」

「何度も言ってますよね!!!その人の名前を教えてくださいよ!!!!そんな人、いないんでしょ?紗良しかいないんでしょ?」

目が据わって瞳孔が完全に開いている。たすけて!

「・・・・ローザマリア・・・。」

「は?なんて?」


その時だった。リビングの入口に真理子が唖然としながら立っている姿が見えた。


「えっ?これどういう状況?」

真理子は事態をつかみきれていないようだ。


「ローザマリア!!!」

紗良が金切声で叫んだ。


「いや、だから誰よそれ?」

真理子は2,3歩ほど後ずさりながら、紗良と僕を交互に見た。僕は真理子に目で助けを求め、真理子はそれを見てうなずいた。

「・・・好きな人は、この人です・・・。」

「えっ?」

一瞬、僕の首にかかった左手の力が弱まったので、僕は必死に体をよじって抜け出すことができた。


「僕が好きなのはこの花本真理子さんです!!だから、別れてください!!」

僕は立ち上がり、あらん限りの大声で叫んだ。


しかし、紗良は僕の方をまったく見ることなく、怒りに燃えた目を真理子の方に向けていた。

「ローザマリア・・・。またお前がわたしたちを邪魔するのね・・・。」


この瞬間、僕は思い出した!! 

サラ・ヴァルトゼーミュラーのことを・・・。


★★


この日、私は落ち込み、また怒りに震えてもいた。長い王位継承戦の末、王から王位継承者に指名されたことを祝し、陣営の仲間をねぎらうため盛大な祝宴を開いたのだが、開始早々、席上でローザマリアにこっぴどく非難されたからだ。


「殿下はまだ王ではありません。それにもかかわらず王のように振舞うとは何事ですか!しかも、もし王にならんとするのであれば、現王陛下を見習い臣民に公平に接するべきです。殿下の陣営のみを招待した祝宴を開くなど傲慢の極み!!しかも自らが先頭に立って享楽に溺れるとはこの国も先が思いやられる!!!」


ローザマリアの諫言はもっともではある。私自身も浮かれ過ぎていたと思う。しかし、列席した支持者の前でしかりつけ、私に恥をかかせることはなかったのではないか。私は王位継承者なのだぞ・・・。


私は、鬱々とした思いを抱えながら一人テラスに出ていた・・・。


「あの、殿下。ご一緒してもよろしいでしょうか?」

突然、思わず見惚れるような美貌を持つ栗色の髪の女性に話しかけられた。


「君は誰だ?ローザマリアの侍女だったか・・・?」

「はい。ヴァルトゼーミュラー家の娘、サラでございます。」


普段であれば、婚約者の侍女が私に直接話しかけるような無礼を許すことはない。ましてや二人で話すことなど・・・。

しかし、この日はいたずら心が生じ思わず許してしまった。もしローザマリアが、美貌の侍女と私が親密にしている様子を見たらどう思うだろう。あの鉄面皮も少しは嫉妬の色を見せるかな?そう想像すると少し溜飲が下がった。


しかもサラの言葉は心地よかった。とろんとした目つきで見つめながら、鈴を鳴らすような声で紡ぎ出される私への無条件での礼賛は自尊心を満足させた。いつも険のある眼差しで、低い声で耳に痛いことばかり言うローザマリアとは大違いだ。

サラは私の好きな推理小説の話をよく聞いて興味を示してくれた。ローザマリアはいつも政治や軍略の話を一方的にまくしたてるだけなのに・・・。

いつもローザマリアの悪口で盛り上がった。これまではこんなこと誰にも言えなかったのに・・・。


最初はローザマリアへの当てつけのつもりだったが、少しずつ本当にサラに惹かれていった・・・。

そして初めての恋心に浮かれ、周りが見えなくなった愚かな私は、ローザマリアに婚約破棄を宣言してしまったのだった・・・。


★★


「ローザマリアァ~!!いい加減、わたしと殿下の関係を邪魔するのはやめてちょうだい!あなたのせいで、わたしは殿下と添い遂げることができなかったのよ!!!」

紗良は、怒りに震える指先を、鬼の形相で真理子に対して突き付けている。


「えっと、何がなんだか・・・。」

真理子はまだ事態を掴みきれていないのか、呆然としている。


「待ってくれ、サラ!僕の話を聞いて欲しい!」

「はっ?」

紗良はやっと僕の方を向いてくれた。しかし、その目はつりあがり、僕に対しても憎悪の視線を向けてくる。

「前世で君が僕を尊敬し慕ってくれていたことはよく覚えている。だけど今は、僕はただの高校生で、王子でも王位継承者でもない。今の僕には、君がこだわるような価値なんてない。だから冷静になって欲しい。それだけの美貌があれば、僕にこだわらなくても、僕よりもずっといい人に愛されることだってできるはずだ!」

その言葉を聞くと、紗良は口だけでニヤリと笑った。しかし、その目はまったく笑っていない。


「殿下は勘違いしていらっしゃる。わたしは何もあなたが王子だからとか、王位継承者だからという理由でお慕い申し上げていたのではないのですよ。リヒト殿下その人を、ただただ愛していたのです。ほら、思い出してください。あなたが王位継承権を剥奪されて、司令官の墓場へ送られることになった時もわたしは付いて行ったじゃないですか。死を覚悟して・・・。」


そうだった・・・。あの馬車に一緒に乗っていたのはサラだった・・・・。


「わたしの望みは、ただ一つ。愛する殿下と添い遂げること。だから、司令官の墓場で殿下と二人で死ぬことになっても、わたしにとっては本望でした・・・。」

そう言うと紗良はうっとりとした表情をしたが、その瞳には狂気が宿っている。


「でも、この女が邪魔をした!ようやく婚約者の座から追い出したのに、殿下との死への道中にいきなり現れて!!!えっ?婚約は破棄されたけど、参謀としては解任されてないですって?は~っ?なにその詭弁!そんなこと言って、本当はわたしと殿下が二人で添い遂げるのを邪魔しようとしたんでしょ!」

紗良は真理子の方を振り向き、狂気が宿ったままの瞳で睨みつけながら吐き捨てた。


「しかも、あまりに勝手なことばかりを言うから思わず突き飛ばしたら、殿下の腕を掴んで二人で崖下に!どさくさにまぎれて殿下を横取りして、強引に添い遂げるってどういうことよ!!!!ローザマリアァァ~!!!」

「・・・・・・・。」

紗良のあまりの剣幕と、おそらく真理子にとってはわけのわからない話に、真理子は絶句するしかないようだ。

「その後、すぐに短剣で胸を突いて後を追ったけど、前世では殿下と添い遂げる夢は叶わなかった・・・。だから今生では必ず殿下と添い遂げたい・・・。それがわたしの唯一の望み・・・。」

そう言うと紗良はカバンに手を伸ばし、何か布にくるまれた棒のようなものを取り出した。


「下がって!」

僕は危険を察知し真理子の方に駆け寄り、前に立ちふさがった。


「あらあら勘違いしてるわね。真理子さんだっけ?あなたに危害は加えません。ただ、見届けてもらいます。ここでわたしと殿下が添い遂げるところを・・・。」

紗良が布を外すと、そこにはキラキラ光るキッチンナイフがあった。紗良はそれを両手で持ち、刃を僕の方へ向けて腰のあたりで構えている。


その瞬間、真理子が冷静な声でぴしゃりと言った。

「あなたこそ勘違いしないで。わたしはあなたから理人を盗る気なんてないから。理人のことなんか好きでも何でもないし。二人が一緒にいたいのなら祝福するわよ。」

「えっ・・・?」

虚を衝かれたのか、紗良が少し戸惑った。


「ちょっと待っ・・・」

僕は真意を確認しようと振り向こうとしたが、真理子は僕の肩を押さえて制し、そのまま僕にこっそり耳打ちした。


「なにをこそこそ話してるのよ!!」

また紗良の表情が険しくなった。


真理子は無言で僕の背中をポンッと軽く叩いた。

その瞬間、僕の肚は固まった。


「ごめん・・・紗良。思わず君のことを試してしまったけど、本当に好きなのは紗良だけなんだ。」

「えっ?」

「紗良が僕と添い遂げたいって言ってくれたことすごくうれしい。僕も同じ気持ちだ。だけど、僕は紗良ともっと長く、ずっと一緒にいたい。年を取って、おじいちゃん、おばあちゃんになるまで一緒にいて、それで添い遂げたい。」

「そ、そんなこと言って、わたしを騙すつもりでしょ!」

言葉は厳しいままだったが、紗良のつりあがった目が少し下がった気がする。

「神に誓ってもいい。これから先、ずっと紗良と一緒にいて、結婚して、子どももつくって、それで添い遂げるまでずっと一緒にいる。前世の分までずっと一緒にいよう!」

「ほ、ほんと・・・?」

紗良のキッチンナイフを持つ手が一瞬下がった・・・。今だ。

僕は紗良に駆け寄り、そのまま紗良を抱きしめた。

「ごめん・・・不安な思いをさせて。もうこんな思いをさせないと誓うよ。」

「ウ、ウッ、ウェ~ン・・・。理人先輩、ごめんなさ~い・・・。」

そのまま紗良は僕の胸の中で嗚咽を漏らした。


「お~、お~!じゃあお幸せにね。わたしは邪魔ものだから帰るわ。もう理人には一切近づかないって約束するよ。」

背中の方から真理子の声が聞こえたが振り返ることはできなかった。


「あ~、ごめんね。おにい。ちょっと学校で先生に引き止められちゃって・・・って、えっ?これどういう状況?」

真理子が帰ってから、妹が帰ってくるまで僕は、キッチンナイフを持ったまま泣き続ける紗良を抱きしめていた。


その後、僕と紗良は順調に交際を続け、紗良が大学を卒業した年に結婚した。たまに僕の愛情表現が足りないと豹変することはあったが、おおむね落ち着いた関係が続いている。

真理子は、その後、学校でも僕と一切話さず、距離を置くようになり一気に疎遠になった。高校卒業後は他県の大学に進学した。おそらくもう生涯会うことはないだろう。


僕は、この生涯を賭けて紗良を愛し続け、彼女が未練を残さず添い遂げられるようにすると固く誓っている。


それは、あの日、真理子がこっそり僕に耳打ちしてくれた言葉を心の支えにしているからだ。


「大局を見なさい。前世があるということは来世もあるはずよ。だったら今世はあの子の望みのためにくれてやればいい。来世では『地獄の果てまで供をして欲しい』って、あなたとの約束を必ず果たすから。」








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