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中 またやり直したい

「検査、何ともなかったみたいでよかったわ。急に泣き出したり謝りだしたり、情緒がめちゃくちゃだったから本当に心配したわよ!!」

「うん・・・。」

病院からの帰り道、僕は真理子とベンチに並んで座ってバスを待っていた。


「真理子にはこれまでたくさん助けられたよね・・・。中学の時の生徒会長選挙もそうだし・・・。」

「今度はいったいどうしたのよ?まさか死ぬの?死亡フラグなの?」

真理子は目を見開いて僕の顔をまじまじ見ている。


「あの時、勝ち目がないと思って選挙を降りようとした僕に、真理子が『大局を見ろ』と言って励ましてくれなければ、しかも当選後も副会長として支えてくれなければ、推薦で今の高校に入学することもできなくて、ここにいることもなかったんだなって・・・。」

「ああ、そんなこともあったわね。」


『大局を見ろ』それは、ローザマリアが幾度となく私にかけてくれた言葉でもあった・・・。


★★


この年、枢機卿が亡くなり、新たな枢機卿選挙が行われることになっていた。枢機卿は国の宗教のトップであり王への影響力も大きい。意中の候補を枢機卿に当選させ、恩を売っておけば王位継承戦で有利になることは間違いない。

しかし、私は半ばあきらめていた。枢機卿選挙の大本命であるウォルフバウム司教は第1王子のマテオと蜜月の関係にあり、私などが入り込む余地はなかったからだ。


「あなたは、ヘルムート司教を推すべきよ。」

私の執務室に来たローザマリアが、ソファで横に座り、私の耳にそうささやいた時、私は一笑に付した。


「枢機卿選挙はウォルフバウム司教の勝利で決まりだ。ヘルムート司教に勝ち目はない。」

「だからよ。このままウォルフバウム司教が枢機卿になればマテオ王子の体制は盤石、あなたが王位継承戦に勝つ見込みはなくなる・・・。」

「しかし、私が支持してもヘルムート司教に勝ち目はない。負ければマテオとウォルフバウム司教に敵とみなされて立場が悪くなるだけだ。」

私が肩をすくめると、ローザマリアは口の端だけで笑った。

「でも、第2王子であるフィリップ王子をヘルムート司教陣営に引き込めばどうかしら?フィリップにとってもウォルフバウム司教が当選すれば王位継承戦は不利になる。きっと乗ってくるわよ。」

たしかにフィリップを引き込めれば勝ち目が出るかもしれない・・・しかし・・・。


「だめだ!絶対だめだ!そうすると、もしヘルムート司教が枢機卿選に勝ったとしても、全部フィリップの手柄になってしまう。あの高慢で狷介なフィリップに手柄を立てさせるなんて嫌だ。ましてフィリップが王になるなんて我慢できない。それならばマテオの方がまだましだ・・・。」

私は吐き捨てるように言った。

権高で性格の悪いフィリップは、幼少の頃からことあるごとに私を見下し、陰に日向に様々な嫌がらせをしてきた。あんな奴の下風に立ったら、それこそ身の終わりだ。


しかし、ローザマリアはそんな私をたしなめるように、私の膝に手を置いた。


「大局を見なさい。あの高慢なフィリップ王子のことよ。きっと自分のおかげでヘルムート司教が枢機卿になれたと恩を着せがましく振舞うはずよ。そして、あのプライドの高いヘルムート司教がそれを甘んじて受け入れるかしら?一方で、もしあなたが献身的に勝利に貢献しながら、謙虚な姿勢を見せ続ければ、どちらに心は傾くかしら・・・。」

「むう・・・。」

「手柄などフィリップにくれてやりなさい。あなたは最後に勝てばいい。」


私はローザマリアの献言を採用し、誰よりも早くヘルムート司教への支持を表明し、屈辱に耐えながらフィリップを説得して陣営に引き入れた。

その後、ローザマリアの獅子奮迅の働きもあり、私たちはウォルフバウム司教陣営を切り崩し、ヘルムート司教を枢機卿に当選させることに成功した。


しかも、ローザマリアの予想通り、枢機卿となったヘルムート司教は、ほどなくして増長したフィリップ王子と仲違いし、私の支持に傾いた。思えばこれが王位継承戦のターニングポイントだった・・・。


★★


「真理子はずっと僕を助けてくれた・・・。これからも僕を助けてほしい。」

「なによ急に。また生徒会長選でも出馬するつもりなの?またあんな大変なことをさせようって?」

真理子は唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。

「いやそうじゃない。これからもずっと僕のそばにいて、一緒に歩んで欲しいって意味だよ。」

「なにそれプロポーズみたいじゃ・・・えっ?」

真理子は笑いながら僕の肩を叩こうとしたが、僕の真剣な表情を見て手を止めた。


「えっ?本気なの?どういう風の吹き回し?これまでわたしのことなんて見向きもしなかったのに・・・。」

「僕が馬鹿だった。これまでずっと真理子の大切さに気付いてなかった。真理子が僕にとってかけがえのない存在だってやっとわかった。」

「そっか・・・。」

真理子は目を伏せ、膝の上で手を組み、しばらく人差し指を動かしていた。しかし、その指がピタリと止まった。


「・・・・って、ちょっと待って!市之瀬は三条さんと付き合ってるじゃん!ダメだってこんな話!はいこの話はここまで!」

そのまま真理子は僕に背中を向けてしまった。


「じゃあ、もし紗良と別れたら・・・。紗良との関係を円満に解消できたらどうかな?」

「・・・・さあどうだろうね・・・。」


僕が背中越しに掛けた言葉に、真理子はこちらを向かず肩をすくめて小さくつぶやいた。


僕は気づいていた。これが初陣であるフライデンブルグ戦役に参謀として付いてきて欲しいと頼んだ際のローザマリアの反応と全く同じであったことを・・・。


★★


「お兄ちゃん!すごくかわいい子が迎えに来てるよ!早く行ってあげなよ!」

さきほど部活の朝練に行くため元気よく玄関から飛び出して行ったはずの妹が、すぐに戻ってきて急報を告げてきた。


「あっ!理人先輩、おはようございま~す。昨日会えなくて寂しかったから、家まで迎えに来ちゃいました~。エヘヘッ♡」

玄関先で待っていたのは紗良だった。僕は急いでカバンを持ち、並んで一緒に登校することになった。

「昨日、一緒に帰ろうと教室に行ったらもう帰ったって聞いて、すごく寂しかったです。でも、今日は一緒に登校できてうれしいな♡」

そう言いながら紗良は腕を絡めてきた。僕はそれを横目で見ながら、どう切り出そうかと考えていた。


「そういえば、今日は付き合って1か月記念日ですよ!覚えてました?も~、忘れないでくださいよ~。」

そう。まだ付き合って1か月にすぎない。しかも、その間もせいぜい一緒に登下校するか、映画や買い物に行ったことがあるくらいの関係だ。今ならまだ傷は浅くて済む。


「1 か月記念日どうします?どこかへ出かけます?あっ?何か作りましょうか?実は最近、料理に凝ってて・・・自分用のキッチンナイフも買ったんですよ〜。」

「・・・・あのさ・・・。今日で付き合うの・・・やめない?」

そう言った瞬間。紗良は足をピタリと止めた。


「は?どういうことですか?」

普段よりも二オクターブは低い声だった。しかもいつものかわいい上目遣いではなく、下から睨むような視線を向けられた。


「別れて欲しいと言う意味で・・・。」

「なんでですか?理由を説明してください。」

一段と声が低くなった。しかもさっきから僕の二の腕を爪を立てて強く握ってくる。


「・・・・好きな子がいる・・・。」

「は?その女の名前を教えてください。」

さっきから紗良はずっと真顔のままだ。目も据わっている。

「いや・・・。言えない。」

「なんでですか?教えてください。わたしがその女と話してきます。邪魔するな、さっさとあきらめろって!」

「いや・・・ちょっと言えない。」

この紗良の剣幕を思うと、もし名前を教えたら真理子にどんな危害を加えるかわからない。

「好きな女って実在するんですよね。じゃあ名前もあるはずじゃないですか!教えてください。」

「いや・・・言えない。」

なんとかあきらめてくれ、そう念じたのが通じたのか急に紗良の顔が笑顔に戻った。


「そっか、そっかそっか!本当はそんな子いないんですね!もう~、わたしに焼きもちを焼かせるためにわざとそんなこと言ったんですね、びっくりした~!もう冗談やめてくださいよ~。そういえば今日はお弁当を作ってきたんですよ、お昼に一緒に食べましょ!」


それから紗良はそれから学校までの道のりをずっとしゃべり続けた。まるで僕に一言も発させまいとするかのように・・・。


学校に着いてそれぞれの教室に別れたが、一時間目が終わるとわずか10分の休みしかないのに紗良は僕の教室にやって来た。二時間目の後も、三時間目の後もやって来た。お昼休みには僕を中庭に連れ出してチャイムが鳴る直前まで放してくれなかった。五時間目の後の休み時間もそう。ずっと僕の席に来て話していた。


「理人せんぱ~い。一緒に帰りましょ~。」

六時間目が終わり、下校の時間になると紗良はすぐに僕の教室にやってきた。

「ごめん、今日は委員会があるんだ。」

「じゃあ、委員会が終わるまで委員会の教室の前で待ってますね!」

「いや、さすがに悪いから先に帰ってよ。」

僕がそう言うと紗良が急に真顔になった。

「委員会でその女と会うんですか・・・?わたしが待ってちゃ邪魔なんですか・・・?」

朝の登校時に聞いたのと同じ低い声だった。


僕は委員会が終わるまで待ってて欲しいと言うしかなかった。


「ウフフッ・・・今日こそ、理人先輩のおうちにお邪魔してもいいですよね~!」

紗良が腕を絡ませながら、笑顔で上目遣いをして聞いてくる。

ただ、もはや僕はその姿をかわいいとは思えなかった・・・。


「今日は両親が遅くまで帰って来ないし、妹もいないだろうからまた今度・・・。」

「え~、ご家族いないんですか~。ドキドキしちゃうな~。え~、じゃあおうちで何します?先輩のしたいこと、なんでも聞きますよ?」

じゃあ帰って欲しいなんて言えるわけもなく、紗良を家にあげるしかなかった。


「あっ、おにい、おかえり~。」

よかった。妹がいた・・・。助かった。

「チッ!!」

後ろで舌打ちの音が聞こえた気がしたが、今は振り返りたくない。


この日は妹も一緒にずっとリビングで3人で話をした。妹は兄の彼女というものに興味があるようで、紗良を質問攻めにしてくれて助かった。


結局、両親が帰って来たところで、この日はもう遅いからと説得して帰ってもらったが、その後すぐに通話の着信があった。

「まだまだ話し足りないことがあったんで、電話しちゃいました~。」

そうは言っていたが、話の内容は昼に話していた内容とほとんど同じだった。


「理人先輩の心の隙間を全部わたしで埋めれば、きっと他の女が入る余地なんかなくなりますよ♡」

僕が寝落ちする直前に紗良が言った言葉がやけに耳に残った。


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