分断
「ここかー」
前にはかなり立派な住宅が建っていた。元刑事だからかなり稼いでいたのだろうか。そんなことを考えながらインターホンを押す。
「はい」
渇いた返事が返ってきた。
「少しお尋ねしたいことがありましてー」
シグレが優しげな口調で言った。
「…はい」
少し間があった。勘づかれたのだろうか。
「よし。尋ねていいなら入っていいよな」
そう言うとシグレはズシズシと敷地内に入り込んだ。
「おい!お前馬鹿なのか!」
俺は鋭い声を放った。
「開けてもらえませんか~。失礼しま~す。おーい、聞こえてますか~?」
改めてシグレの常識の無さを痛感した。
「うるさいぞ」
ガチャというドアが開く音と共に渇いた声が聞こえてきた。
「聞きたいことがあって…」
シグレがそう言うと元刑事は顔をしかめた。
「あの事か?」
「はい!」
シグレは満面の笑みで答える。
「…入れ」
さっきよりも大分間があった。
中に入るとあの記者が言っていた通り和風建築ならではの畳の香りがしてきた。
「久しぶりだな。あの話を聞きに来るやつは」
「前にもいたんですね!」
腐ってもあのビデオテープについて言及しないのは秘密探偵だと思った。
「もう大体は知ってるだろう?」
「まぁ?はい」
「別に隠さなくてもいいんだぞ。秘密探偵?」
(は?)
「なぜ分かる?」
「私はただの刑事ではないからな。人を見る目には長けている」
シグレの表情に少し曇りが見える。
「まぁいい。私は秘密探偵のことは好きだ。見ていて面白いからな」
「面白い?」
シグレの目は鋭い。
「俺は物知りなんだ。ヒノモトデータバンクの秘密、秘密探偵誕生秘話、そしてお前らの目的である西宮団地事件の秘密。ぜーんぶ知ってるのだよ」
「なんでそれらを…」
シグレは息切れしているような声だった。俺もさっきから胸騒ぎが止まらなかった。この男は何かを知っている。
「単刀直入に言おう。ヒノモトデータバンクは人の脳でできている。」
「「は?」」
本日二回目のは?が出た。
「私の寿命も長くはない。話せることは全てはなそう。」
あれはもう三十年?いや、五十年前だな。私がまだ若かった頃だからな。私が刑事なりたての頃に西宮団地事件は起こった。私も最初は初仕事として躍起になったものだったが、ある日突然捜査は打ち切られた。その理由は後程知ったよ。先に言ってしまえば「隠蔽」だな。さっきも言った通りヒノモトデータバンクは人の脳を使って成り立っている代物だ。なぜ人の脳が使われている?そうだな。分かりやすく説明しよう。ヒノモトデータバンク…長いなヒノモトで以後は頼む。ヒノモトはヒト脳のある部位を活性化させることで膨大な量の情報処理が可能になる。ただ、人の脳といっても誰でもいいわけではない。そのある成分…確かタモノニンだったかな?そいつを多量に含んでいる人の脳が適材なんだ。で、西宮団地事件の被害者がそのタモノニンを多く含んでいたってわけ。脳を使うんだから生きてるままではとても難しいというわけで殺してるってことだ。おっと、つい興奮して口調が狂ってしまったな。
少し間が空いて、シグレが話した。
「あなたは何者なんですか?それを聞かねばその話の信憑性に関わります。」
「私はいわば秘密探偵創設に関わった、とでもいえばいいかな?」
俺は相変わらず呆然としていた。あの古びた書店にてそれらしき団地名等々を答えただけなのに。でも俺は聞きたいことがある。
「続きをいいかな?」
ちなみにさっき言った殺害された母子は高校生くらいで妊娠、出産をしていたから周りから比較的隔絶されているものであり、殺害はしやすかったのだろう。その人たちの名前?そんな興奮して聞くことなのか?確か、ウラカゼサトミ?うろ覚えだがそんな名前だった気がする。
「ウラカゼ?本当なのか?」
「あぁ、あの時は資料を読み漁ったから間違いではないと思うぞ。」
「ウラカゼって…」
シグレは何か気付いたように口を開いた。
「俺のお母さんだ!多分、いや、絶対!その団地で殺されて母子家庭だった、俺の母さんだ!」
「なっ…」
元刑事は驚いているようだ。無理もない、自分が必死に捜査していた、死んだと思われていた人が目の前にいるのだから。
「カズキ…すまない今回はまずいかもしれない」
二人の顔は俺の想いと反して青ざめていた。
「どうしたんだよ!二人とも!」
「それはまずいぞ。ウラカゼの血を受け継ぐ者が生きていると知られればお前の命は無いぞ」
シグレはうつむきながら頷く。
「お前がウラカゼの生き残りなら早く話せばならん!良く聞け!」
これから秘密探偵内で分断が起きるだろう。なぜかって?それは今お前がウラカゼの生き残りだと実質言及したようなものだからだ。ヒノモトの力ならばこんなものは容易く拾うだろう。その原理を説明しろ?時間がないのに良く聞いてくるなぁ…良く聞け!タモノニンは原因は不明だが人のタモノニンと繋がり記憶を共有してデータを得ている。その規模は存じている通り世界中だ。話を戻すがなぜ分断するのか、俺がこれまで秘密探偵を見てきた限り人の脳を使ってでも役立てるべきと主張する「鷹派」、そんなものは使うべきでないと主張してくれる心優しい「鳩派」の二極化だ。言いすぎかもしれない?それはないな。シグレ、お前の周りは鳩派となるだろうが他はどうだ?それは分からないだろう?そういうことだ。それでお前たちがやることは一つ!ヒノモト以下のデータバンク技術を破壊するんだ。あれは世界の脳を持つ科学者たちが長年に渡って研究を続け偶然発見、偶然生まれた代物だ。奴らのような天才は今後現れることはないと見ていい。お前が死なないためにはヒノモトの破壊しかないんだ。
「ありがとうございます!また会えたら会いましょう!」
俺は荷物を手に取り急いで立ち上がった。
「あんた、どちらかといえばそっち側だろう?」
「今はそんな時間ではない。また後で話そう。」
「そうだな。」
「あ!」
後ろから元刑事の声が聞こえた。
「鷹派の目星はついてる!アヤナミ、シキナミには気を付け…」」」
ドサッという重い音がした。
「おい!ジジイ!どうした!」
シグレが元刑事を大きく揺さぶるも返事がない。
「ここはどこだ?」
不意に起きた元刑事から発せられた言葉は衝撃的だった。
「こいつ…まさか!」
「やられたのか?」
「あぁ、恐らく元々西宮団地事件の重要関係者だったからな。マークされていたんだろう。にしても、良くしゃべってくれた。これは無駄には出来ない。こいつのためにも、お前のためにもな。」
なんだかシグレは男らしかった。しかし、世界はそんな想いに浸かる時間もないほどに目まぐるしく動いているようだった。




