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7 遺跡の精神体的なアレ


 オオグライ――人喰い(マーダー)ダンジョンという魔物が人間の間で恐れられているのは、その性質が狡猾だからだ。

 人間には、ぱっと見ただけでは、ただのダンジョンとオオグライの区別はつかない。

 だから「お宝が眠っている」なんて噂を聞けば、欲に駆られて足を踏み入れてしまう。それが自分達を喰らう罠だとも知らずにだ。

 とは言え一度入ってしまったら生きて帰れないというわけでもない。

 言葉通りそこはダンジョン。入り口が閉じる事もないし、内部構造が簡単に変化するわけでもない。

 人喰いダンジョンが仕掛けた罠を掻い潜り、襲って来る魔物を蹴散らして、脱出すれば良いのである。




 ☆




「ああ、でも、オオグライって個体名じゃないのよね。うーん、そうね。そうね……ああ、そうだわ。ローズ。ローズって呼んで」

 

 ローズと名乗った半透明の少女は、ドレスの薔薇にそっと指を這わせてそう名乗った。

 服から名前を選んだのかとイルゼは思ったが、彼女がその薔薇に向けた眼差しは少々熱っぽい。

 何かしらの思い入れがあるのかもしれないと思いながら、


「人喰い遺跡……? あなたが?」


 とりあえず、もう一度確認しなければならない事を聞く。

 するとローズはクスクスと微笑みながら「ええ、そうよ」と頷いた。

 あくまで自称であるため、確定するまではそのような扱いにしておこう、とイルゼは頭の中でメモをする。


「……団長、知っています?」

「……妙な記録は読んだ事があるな」


 こそこそとフェルトが聞くとルグランはそう答えた。

 どうやら目の前の少女は初出の情報というわけでもないらしい。

 しかしルグランの様子から察するに、彼自身は初めて目撃したという感じだろう。

 ふーむ、とイルゼが思っていると、


「あなた達にとってはゴーストの方がイメージしやすいかしら? まぁ、似たようなものよ」


 ローズはふわふわと宙に浮かびながら楽しそうにそう言った。

 なるほど、ゴースト。自分を無害な“幽霊”ではなく、魔物の“ゴースト”と自称したのならば、彼女は敵だ。

 ひとまずそれだけ分かれば良い。

 敵と判断したとたん、ルグランとフェルトがスッと戦闘態勢に入った。


「団長、たぶん物理は効きませんね」

「ああ。今の口振りだと、対ゴーストの手段も効くか分からんな。”核”も見当たらないし……」


 相手との距離を保ちながら、騎士二人はじりじりと戦いやすい位置へ移動する。

 この辺りの思考の切り替えの早さは見習いたい。

 さすがだなぁと感心しながら、イルゼは彼らの数歩後ろで周囲の様子を観察する。

 ローズは得体の知れない相手だ。ルグランとフェルトが先鋒で出てくれると言うのならば、自分は違う役割をしよう。

 そう思ってローズを見ていると、


(……うん?)


 彼女の周囲――比較的近い場所にあるゼリー壁が薄くなっている事に気が付いた。

 見間違いかと思い、目を凝らして見つめる。


(やっぱり、薄い)


 アロイスが出て行った方向でもないので、風の魔法で切り裂かれた箇所ではない。かと言って通路でもないため、火の魔法で削られたものでもない。

 ただ薄くなっている。凹んでいるとも言えるだろう。


(そう言えば彼女……アロイス殿下が飛び出して行った時ではなく、私達がゼリー壁を除去したタイミングで出てきましたね)


 正確にはイルゼが研究用にとゼリー壁の一部を採取した時だ。

 先ほどゼリー壁が内臓のようなものではないかと考えたが、あながち間違ってはいないかもしれない。ローズの姿から考えると臓器的なものではなく、魔力的な意味合いが強いものかもしれないが。

 ゼリー壁を魔力だと仮定すると、ああして姿を現すために必要な魔力をあそこから使ったとも考えられる。それなりに重要な部分だから、破壊されるのはまだ良いとしても持って帰って調べられるのは困る――と言う事だろうか。


(もしかしたら、こちらの方でダメージを与えられるのかも)


 今見えている半透明なローズにダメージを与える事は難しかもしれないが、こちらならば。

 そう考えたイルゼは顔はローズに向けたまま、一番近場のゼリー壁に向かって移動した。

 そして双剣を持ち直し、切っ先をゼリー壁に向ける。


「…………!」


 するとフェルト達を注視していたローズの顔がこちらを向く。

 そしてイルゼが構えている武器を見て、大きく目を見開いた。


「あなたっ!」


 ビンゴ、とイルゼは呟いた。

 あれが演技がどうかはイルゼには分からない。けれども何かしらの反応を示したのならば、無意味な事でもないだろう。

 ローズが険しい顔になるのと、イルゼが双剣をゼリー壁に突き立てるのは同時だった。

 ぐにゃり、と嫌な感触がして刃がゼリー壁に沈む。

 とたんにローズの身体がぐにゃりと歪む。そのまま「痛い痛い!」と悲鳴を上げて、自分の身体を抱きしめて蹲った。


「ルグラン団長、フェルト様! 壁が弱点です!」

「承知した!」

「りょーかいです!」


 イルゼの言葉と共にルグランとフェルトがそれぞれゼリー壁に向かって走る。

 それを見て、ひ、とローズの顔が歪んだ。


「やめて、やめて、やめて! 痛いのはやだぁっ!!」


 ローズがそう叫んだ瞬間、遺跡が振動を始める。

 そしてゼリー壁がぶわっと部屋中に広がった。壁だけではなく、床にも、天井にも。


「っ!」

「やだやだやだ! どうしてそんなにひどい事が出来るの!? ひどいひどい! ひどいから!」


 ――だから、とローズの口元が不気味に弧を描く。


「お 仕 置 き し て あ げ る」 


 ゾッとする声だった。

 そのとたんにゼリー壁がイルゼ達に覆いかかってきて、そして。

 ――視界が青色一色に染まった。




 ☆




 次に気が付いた時には、イルゼは雪原の真ん中にぽつんと倒れていた。

 今まで遺跡の中だったのにどうして雪原なんて場所にいるのだろう。

 ぼんやりと考えながらイルゼは身体を起こす。ぱらぱらと身体についた雪が落ちた。


「フェルト様? ルグラン団長?」


 名前を呼びかけながら周囲を見回す。しかしそこにイルゼのパーティメンバーの二人はいなかった。

 どうやら分断させられたようだ。


(あの時は確か……)


 ふむ、と思いながら、意外と冷静な頭でイルゼは先ほどの事を思い出す。

 ローズがゼリー壁を動かして自分達に襲い掛からせた――はず。となるとあれでどこかへと転移させられたのだろうか。

 そんな事を考えながらイルゼは立ち上がって一歩歩いてみた。さく、と、靴越しに雪を踏んだ時の独特の感触がある。


「…………」


 雪。たぶん、雪。

 もう一歩足を進める。さく、と音がする。

 音と感触は雪だ。しかし何と言うか疑問は残る。


「この雪、どうやってここに積もったんでしょう?」


 そう言いながらイルゼは空を見上げる。

 雪は雲から降るものだ。目で見た情報から考えると、今いるような雪原であれば在り得る。

 在り得るが、果たしてここは本当に外なのだろうか?

 遺跡のあるヴァーゲの王城近辺の季節は春。そこそこ温暖な気候の国のため、冬以外で雪がここまで積もるのは異常だ。

 この時期で雪が積もるのはもっと北の国。けれども、いくら転移させられたとしても、そこまで飛ぶような事はさすがに在り得ない。

 転移魔法は距離により魔力の消費量が変わる。長距離ならばその分膨大な魔力が必要になるのだ。人喰い遺跡(ローズ)にどれだけの魔力があるかは知らないが、その距離を転移させる魔力を保有しているとはとても思えない。


 で、あれば、ここはどこなのか。

 そう考えてイルゼはもう一度しゃがんで、足元の雪を手で触れてみた。

 さらさらとして、ふわっとして、手が触れた場所は湿っぽい。

 ――だが、冷たくない。


「あ、そうか。寒くないんだ」


 同時にこの場所の気温が、先ほどと何も変わっていない事にイルゼは気が付いた。

 となると恐らく今見えているこれは夢が幻覚。雪を持った感触があるから、先ほどのゼリー壁の類に触れている可能性がある。

 つまりここら一帯の雪が全部あの青色透明なゼリー。


「…………」


 何か嫌だなと思ったのでイルゼはいったん考える事を止めた。

 とりあえず重要なのは現状の打破である。

 夢や幻覚から解放される方法として有効な手段は、まず痛み。よく夢が現実かを判断する時に頬をつねるアレだ。

 ためしにイルゼは自分の頬を摘まんで、ぐに、と引っ張ってみる。

 痛い。しかし周りの景色に変化はない。今度はもう少し強くつねってみる。とても痛い。

 すると、ジジッ、と僅かに周囲の景色がぶれた(・・・)


「うーん」


 このくらいの強さで、この程度ならば。完全に解くにはもう少し強めの衝撃が必要なようだ。

 しかし痛みを感じる以上、あまり強すぎると自分が気絶するか最悪の場合は死んでしまう。

 どうしたものかな……なんてイルゼが考えていると、


「……あれ? イルゼ様?」


 さく、と足音と共に、きょとんとした顔のフェルトが姿を現した。


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