5 遺跡の血管
「ちょっと数が多すぎませんかね!」
「いやぁ団体様ですねぇ」
人喰い遺跡・四層。
攻略を進めるイルゼ達だが、振動が起きてから魔物の数が一気に増えた。
例えば今まで魔物が同時に二匹出ていたところが五、六匹が普通になっている。
アロイスが戦った跡も残っているが、それにしてはやけに多い。
(大勢が出て来たというか、増やして出したみたいな)
戦いながらイルゼはそう思った。
襲い掛かって来る敵は相変わらずスケルトン系が多く、それ以外の種はほとんど遭遇していない。
スケルトンとは骨で出来た魔物の事だ。形自体は人型、獣型と、その種類はそれなりに多く種類は方法だ。
――しかし、今、イルゼ達が対峙しているスケルトンは少々違っていた。
骨の身体に石や岩が混ざってしているのだ。関節部分には接着剤のような青色の液体のようなものがついている。まるで継ぎ接ぎされているように見えた。
ガキン、と岩の部分に剣が当たり、フェルトがほんのちょっと顔を顰める。
「これスケルトンっていうか、ゴーレムを相手にしているような気にだんだんなりますね~」
「あ、それです、フェルト様。そんな感じそんな感じ!」
上手く言語化が出来ないなと思っていたところに、フェルトの言葉がスッと入って来てイルゼは笑顔になった。
何なら「すっきりした~」みたいな雰囲気まで出ている。
「大量のスケルトン相手に、本当に大した精神力の強さだ」
称賛半分呆れ半分にルグランは言う。
ふふん、とイルゼは胸を張った。
「ポミエ家の人間ですからね!」
「団長、ポミエ家の方って大体こんな感じなんです?」
「まぁ……大体……」
ルグランはそっと目を逸らしながら頷いた。
ポミエ家の人間は基本的には大らかでお人好しだ。図太いとも言える。
けれどもヴァーゲの食糧庫と呼ばれる国にとって食糧面で重要な領地を治めるには、ただ穏やかなだけでは無理だ。
ポミエ家は一定のラインを越えた人間に対して容赦をしない一面がある。
例えばイルゼが生まれるよりずっと前の事。
その頃とある魔物の乱獲が各領地で問題になっていた。
ブラックラビットという名前の兎と似た姿をした、おとなしい気質を持つ草食の魔物だ。ブラックラビットの毛皮は、夜空のように落ち着いた黒色をしていて、触り心地も良いため富裕層の間で大人気となり、欲にかられた者達によって絶滅寸前まで乱獲されたのだ。
その魔物の生息地の一つがポミエ領だ。ポミエ領とブラックラビットは共存関係にあった。
ブラックラビットは毒を持つ植物も関係なく餌としていた。彼らがそれらを食べてくれていたおかげでポミエ領では毒草を誤って食べてしまうという被害がとても少なかったのだ。
しかしポミエ領のブラックラビットに目を付けた者達によって乱獲された結果、絶滅寸前まで数が減り。そのせいで毒草も広がって、食物以外にポミエ領の領民や家畜まで被害が広がってしまった。
当時のポミエ家の人間達はぶちギレた。それはもう相当な怒りっぷりだったと当時の記録に記されている。
ポミエ家の人間達はブラックラビットを狩りに来た人間達を、片っぱしから叩きのめして捕まえて、国に突き出したのである。
しかしその時の各領地の反応は「そこまでしなくても……」だった。その発言をしたのはブラックラビットの毛皮で儲けていた領地や、ポミエ領を下に見ていた領地だ。
考えが足りないとしか言いようがない。そんな事を言えばポミエ家の怒りに火を注ぐ結果となるのは明白だったからだ。
共存していたブラックラビットが絶滅寸前まで追いやられ、領民や家畜にも被害が出ているのに、黙っているほどポミエ家の人間はのほほんとしていない。
最終手段として取ってある「食糧をおたくに直接納品しませんので、他所の領地を通して買ってくださいね」を使ったくらいだ。
その結果、該当する領地で食糧品の物価がとんでもなく値上がりし、国が間に入って仲裁する事態になったらしい。
ちなみにこの事件はスケルトンクッキングの一例として辞書に載っている。
(あれで舐められなくなったとらしいですねぇ)
まぁ、怒らせると怖い、とも言えるが。
その事件が起きた時もポミエ家は慌てふためく事はなく、冷静に対応をしていたそうだ。
イルゼや家族はご先祖様よりはもう少し緩いが、今のような反応をする事が多い。
なのでフェルトが言ってルグランが肯定した「大体こんな感じ」は合っているのである。
「でもゴーレム系になるとちょっと困りますね。さすがに正面から相手に出来ませんし」
「そうですね。ゴーレムが出て来たら私が担当しますが、それでも限度があります」
「アロイス殿下の魔法、こういう時に欲しいですよねぇ」
「そうですねぇ。欲し……」
そこで三人ははたと止まった。
もしかして、アロイスが倒し過ぎたから遺跡が本気を出して来た、なんて事は?
「…………」
「…………」
「…………」
三人は無言で頷き合い、周りのスケルトン達をなぎ倒す。
そしてとどめを刺しながら、
「ある程度スルーして進みましょう。私達が死にます」
「そうですね。そこだけは避けたいです。僕、イルゼ様の護衛騎士ですから。正直アロイス殿下よりイルゼ様の方が優先度が高いです」
「ぶっちゃけない方が良いがその通りだ。私もポミエ家の方から預かったお嬢さんを無事に責任がある」
「あら、VIP待遇ですね! 初めて!」
そんな話をして、数の減ったスケルトン達の間をすり抜けて通路を走る。
後ろをスケルトン達が追いかけて来るが、身体の重さに慣れていないのか足取りが重い。
もともとそれほど素早い魔物でもないのが幸いだ。
(帰りの事を想定して、完全に無視してというわけにもいかないのですけども)
アロイスが戦える程度に余力が残っていれば、帰り道も何とかなるだろう。
それに魔法で転移した王族が避難部屋でただ救援を待っているだけとも考えにくい。
「ルグラン団長。王族の避難部屋から地上へ出る別ルートはありますか?」
「ええ、あります。そこに王族しか開けられない扉があるんですよ」
「なるほど。となるとアロイス殿下が無事でしたら、来た道を戻らなくても済みそうですね」
アロイスを見つけるまでに、どれくらい体力を消耗するか分からない。
魔物と戦わずに戻れるルートがあるならば、気にせず戦えてありがたいなとイルゼは思った。
☆
そのまま第四層の探索を続けていると、イルゼはある事に気が付いた。
恐らくアロイスの魔法によって砕かれた壁に青白く光る線が見えるのだ。
見た目だけで言うなら植物の根、とでも言えるだろうか。
「これ何ですかねぇ」
イルゼは双剣の片割れで、ちょんちょん、と根のようなものをつつく。
それを見て覗き込んだフェルトが、
「あ、僕、知っていますよ。遺跡の血管みたいな奴ですよね」
と言った。
「血管?」
「そうです、そうです。遺跡全体に魔力を行き渡らせる奴らしいですよ」
「ああ、その通りだ。胃で吸収した栄養が、これで運ばれる」
「なるほど……つまり胃の辺りに結構たくさん集まる感じで?」
「そういう事です」
ルグランはしっかりと頷いた。なるほどとイルゼは軽く頷く。
となると、たまに壁を剥げば地図が無くても、現在地の把握も何となく出来るかもしれない。
通路は印をつけなければ同じ見た目だが、大部屋の数は無限ではないから。
(お二人と逸れるつもりはないですが、万が一の時に覚えておこう)
よほど腕に自身のある者でなければ単独での探索は危険である。
イルゼもダンジョン探索はたまに行くが、その辺りは家族からこれでもかというくらい注意を受けている。
ダンジョンで「このくらいなら大丈夫そう」は大体が死に直結する。
実際にイルゼも死ぬんじゃないかと思った事が一度だけあった。
あれはイルゼが十二歳の頃だ。怪我をした兄のために良く効く薬草を取ってこようと、イルゼは一人でこっそりダンジョンに向かった。何度か入っているダンジョンだったから油断もあり、気が付いたらイルゼは魔物に囲まれていたのだ。
その場は命からがら逃げ出したが、ダンジョンの内で迷ってしまい、魔物と死の恐怖に怯えながら隠れていたところを父親によって救助されたのである。
あの時イルゼは家族全員から「心配したんだぞ」と泣かれてしまった。そして誰一人イルゼを叱らない。怒らない。ただただイルゼを心配して、無事で安堵して、皆が泣いていた。
……正直に言うと、この方がイルゼには効いた。
その事件以降、イルゼは「これくらいなら」という考えで判断する事を改めた。
これくらいでも、危険な事になる。これくらいでも、人は死ぬ。
アロイスの現状に対しても、何だかんだ言ってもイルゼはそう思っていた。
アロイスは魔法を連発し過ぎている。このままでは魔力が尽きて、彼は魔物に襲われて死ぬ。
これまでも直接的な言葉ではないが、暗にそう示す事をイルゼは言っている。それは決して茶化しているわけではなく、状況を頭で理解するため言葉にしている。
言わなければ分からない。それは自分自身に対してもそうだから。
「それにしてもアロイス殿下、見当たりませんね。戦っている音すら聞こえない」
「そうだな。魔法の痕跡に多少の熱が残っている事を考えると、それほど時間は経っていないとは思うが」
ルグランは壁の焼けた跡を手で触れてそう言う。彼は痕跡を見つける度にそうしていた。
時間とアロイスの位置を把握するためだろう。通路をこのまま先へ進んでも、火の魔法による痕跡が一つ前の痕跡より冷えていたら、そちらの方がアロイスに近いという事になる。
今のところはそれがなさそうなので、ひとまずはアロイスの後をちゃんと追えているはずだ。
「一度、アロイス殿下に呼びかけてみましょうか? 魔物を呼び寄せてしまいますけれど、声が届けばこちらへ来てくれるかも」
「そうですね。それじゃあ僕と団長でやりますか? イルゼ様が呼ぶと逃げてしまいそうですし」
「そうですねぇ。魔力を使い過ぎたアロイス殿下の状態を考えると、女性の声というだけでパニックを起こしてしまうやも」
「ああ……ありそうですね」
イルゼの言葉にルグランは何とも言えない顔で頷いた。
それから彼は「では、やるか」とフェルトに声を掛ける。二人は頷き合うと「せーの」の掛け声で、
「「アロイス殿下ー! ヴァーゲ騎士団の者ですー! いらっしゃいますかー!」」
と大きな声で名前を呼んだ。
びりびりと空気が震える。さすが騎士、なかなかの声量である。
ルグランのハスキーな声に、フェルトの爽やかな声が混ざって、なかなか良いデュエットである。
歌でも歌ったら人気が出そう。イルゼはそんな事を思いながら反応を待つ。
二人の声は遺跡の通路にわんわん響く。
――その時。
「――――!」
何か、声らしきものの反応があった。
イルゼ達はバッと顔を見合わせる。
「行きましょう!」
そして声が聞こえた方向を目掛けて走り出した。